スラムから脱出する機会を作ることができる教育~現地スラムレポート

 

こんにちは!!現地ボランティアの三輪です。

インドに来てもう5ヶ月経ちました。。あっという間に日々が過ぎていきます。

インドのこと、、いろいろと書きたいことがありますが、この前、レインボーチルドレン元奨学生のサンタン君に彼の出身地のスラムを案内してもらいました。なので、今日はスラムと、サンタン君の現在の活動について紹介したいと思います。

右がサンタン君。左はジョン君、いいコンビです(笑)

写真の右側の青年がサンタン君。レインボーチルドレンのホームページにも掲載されている青年です。
サンタン君はデリーのスラムの出身です。


このスラムには田舎で生活できない人が集まって来ています。年々大きくなっているそうです。

スラムにも電気や水はありますが、スラムの人々には料金は支払うことはできないので、違法接続です。

スラム内にもチャイ屋さん、食堂などはありました。スラムの人々向けです。

スラムの食料品売り場。スラム独自の流通ルートがあるそうで、他の場所よりも安い値段で売買されているそうです。

こちらは鶏肉屋のお兄さん。子供の頃、貧しくて田舎では生活できなかったので、親戚を頼ってこのスラムに来ました。学校には行かず8歳の頃から13年間ずーっと働いています。

スラムにも食料品などの生活必需品が買える状況にあることはびっくりしました!!でも衛生状態は良くないし、電気、水は違法接続だし、非正規に住んでいるので、十分な行政サービスは受けられないのだろうなと感じました。病気になったり、豪雨などの災害が来たりしたらたちまち生活が苦しくなる、余裕のない生活をしています。

このスラム出身だったサンタン君、レインボーチルドレンから奨学金を得て大学院に通い、無事卒業。今は自分でStreet Tours Indiaという旅行会社を起こして働きながら、自身の出自であるスラムの支援をしています。

サンタン君達の会社「Street Tours India」のオフィスはメインバザール内にあります。

「Street Tours India」の名刺

サンタン君がしているスラム支援の1つがスラムツアーです。

これはスラムに興味がある人達にスラムを見学してもらうもので、スラムに興味がある人にとっては非常にいい経験になります!!お客さんは日本人、西洋人など色々な国の人が来ているようです。サンタン君はこのスラム出身なので、スラムの人々も好意的で、安全に、詳しく案内してくれます。

今回の写真はこのスラムツアーで撮影しました。サンタン君がいなければ部外者はスラムには入れない、スラムの写真を取れない。とサンタン君は言ってました。

スラム支援しているスラム出身のサンタン君。当たり前ですが、子供達に大人気です。

スラムツアーは毎日やってます。料金はスラムの人々の支援活動資金に当てられています。

http://streettoursindia.com/
詳しくは↑のウェブサイトを見て下さい!!

 

もう1つの支援として、サンタン君はスラムの子供達の教育を支援しています。スラムには学校に通えていない子供達がたくさんいて、その子達のために英語、算数などを教えています。

スラムの子供達。多くの子供達はスラムで生まれ、そのままスラムから抜け出せずに生きていく子が多いそうです。この子達は明るく、元気でしたが、そうでない子もいます。写真は撮ることができなかったですが、死んだ目をして、13-15くらいの年齢の子でクスリをやっている子もいました。スラムにはそういう部分も勿論あります。

サンタン君は自分自身がきちんと教育を受け、大学に通い、仕事を得て、スラムから抜け出せたように、他の子供達にも教育を受けてもらって、スラムから抜けだして欲しいと思ってスラムの子供達の教育を支援しています。

ただ、現状はまだまた課題がいっぱいです。教材、ノート、文具など授業をするための環境が十分ではないです。スラム内には教室もなく、青空の下で授業をしています。

そのため、現在(2018/12/26から)、この教育環境の改善のため、レインボーチルドレンの元ボランティアの黒澤君がクラウドファンディングを始めています。


https://readyfor.jp/projects/18226
もし宜しければ皆様のご支援を頂ければ幸いです。

サンタン君の頑張りにはホントに心を打たれます。奨学金を受け、大学に通い、仕事について、スラムから脱出。そして、自分が育ったスラムのために、様々な行動を起こしているサンタン君。

サンタン君のような人が増えることが理想だと感じました。

スラム出身の人がスラムから脱出する機会を作ることができる教育。

教育の支援は続けていかなくてはならない。と感じます。

 

新しい駐在ボランティアの紹介です!

 

はじめまして、三輪真司と言います。
現地駐在ボランティアとして、2018年9月よりレインボーチルドレンで活動を始めました。
よろしくお願いします。

簡単に自己紹介したいと思います。
今は、グルガオンというデリーから車で30分~1時間の日系企業の多く集まる地域でエンジニアとして働いています。

今までは、
一般企業で勤務⇒タンザニアで学校の先生。⇒ODAのプロジェクトを実施する会社で勤務。
てことをしてました。
ずっと途上国のための活動をしたいと思い、色々やってきています。インド、ネパール、バングラデシュ、タンザニア、ザンビア、スーダン、エリトリアで仕事をしてきました。
エンジニアが、途上国のためにやれることあると思っています、模索している日々です!!

タンザニアで学校の先生をしていた時の写真。遠くに写っているのが自分です(笑)

インドでも途上国のための活動をしたいとしていきたいと思い、レインボーチルドレンの活動にボランティアとして参加することにしました。
教育は発展途上国の人々にとって、貧困から抜け出す可能性が得れる大事なチャンス。そして世界の多くの課題を解決するための全ての基礎だと思っています!!インドとチベットの学生が教育を受ける機会を得れるように活動していきたいと思います!!

インドとの繋がりは、大学生時代に初の海外旅行で訪れた最初の国がインドでした。その時は3週間くらいでコルカタ~デリーを行った黄金ルートでしたが、衝撃を受けまくりました。と同時に2度と行くもんかと思いました(笑)。

2度と行かないと思っていたのですが、その2年後にすぐに行くことになりました(笑)しかもその時は旅行でなく、仕事で1年半程の滞在でした。旅行の時には見れなかった色んな側面からインドを見ることができました。この時にダラムシャーラへ旅行へ行きました。インドでは異質な光景にちょっとびっくりしたのと同時にチベットの人たちに親近感、安心感を感じました。

そして、今またインドです。今回のインドも日々濃くて、インドは飽きさせない国だと感じています!!

これからインド現地からのインドのことと奨学生レポート等、レインボーチルドレンの活動を紹介していきたいと思います。よろしくお願いします!!

 

ダラムサラでチベットの新年を迎えました!

 

ロサルタシデレ!(新年あけましておめでとう)

お久しぶりです!インターン一期生のゆうかです。
現在、ダラムサラに滞在し、レインボーチルドレンの仕事を少し手伝わせてもらいながら、日々チベット語を勉強しています。

先日は、チベットの新年でした。チベット暦2145年目の新年です。
ロサルは2週間ほどにわたってお祝いされるようですが、特に最初の三日間が重要な日として位置づけられています。

チベット人がダラムサラでどんなロサルを過ごしているのか、私の体験から少しご紹介できたらと思います。

ロサルは準備から大忙しです。
大掃除はもちろんのこと、カプセと呼ばれる揚げ菓子を作ったり、祭壇の飾り付けをしたり。町もいつも以上に賑わいます。

ロサルといえばカプセ

大晦日、友人の家に招かれました。
「グトゥク」と呼ばれる年越し雑煮を食べるためです。
チベットの特にアムド地方の遊牧民にとってはグトゥクなしの大晦日は縁起が悪いんだとか。
グトゥクの中には小さな団子があり、自分のお椀に入っていた団子で新しい一年を占います。
団子を開くと「無病息災」「長寿」「富に恵まれる」などの良い言葉や「怠ける傾向にあるからしっかり働きなさい」「嘘をつかず、正直になりなさい」などの戒めの言葉もあったりして、ドキドキしながら団子を開きます。

私は「長寿」と「腹黒い人」という言葉をもらい、みんなに笑われてしまいました。今年は、私欲なく清らかに日々を過ごせるよう精進したいと思います。

そして、ロサル1日目。
朝からチベット伝統衣装チュパを着て、お寺にお祈りに行くのが風習です。色鮮やかなチュパはチベット人に本当に似合っています。そんな彼らを眺めるのが私のロサルの密かな楽しみでもあります。(笑)
私も、チベットで作ったアムドチュパを着ました。

ダラムサラにあるダライ・ラマ法王のお寺(ツクラカン)では、特別な祈祷や伝統舞踏などが行われます。

また一年にこの日だけ見ることのできる特別な護法善神を拝むため、多くの人が早朝から列をなしていました。
そしてお寺にお参りに行ったあとは、家でゆっくりするのが新年初日の過ごし方なんだそうです。

護法善神を一目見ようとならぶ人々

バターでできたオーナメント

2、3日目は、親戚や近所の人たちを家招いたり招かれたり、地域の住民が大勢集まって歌やダンスをして盛り上がるのが風習だそうです。
私は、二日目にはアムド出身の人が集まるアムドロサルに行ってきました。
約400人ものアムドチベット人が一堂に会し、美味しいご飯を食べたり、歌ったり踊ったりして楽しみました。

インドに亡命してきたチベット人だけでなく、今年はチベットからインドに巡礼に来ているアムドチベット人も多く、アムド出身者がみなロサルを楽しく祝えるようにと国外にいるアムドチベット人たちが寄付を募り、特別にアムドロサルが開催されました。
チベット人は生まれた地域への帰属意識が強いですが、アムド出身の人たちは特に同郷意識が他の地域と比べても強く、アムド人同士お互いに助け合っている印象があります。


ロサルはチベット人にとって一年のなかで最も重要な祝日の一つです。
ここダラムサラでチベット人とともにロサルを迎えられたことは、私にとってもとても特別で貴重な体験でした。

 

今週からチベット語の学校がまた始まりましたが、「ロサルどうだった?何したの?」とみんなの話題はロサル一色です。まだまだロサルの余韻は続きそうなダラムサラです。

ご飯のなかにナッツやドライフルーツが入っていて、お祝い事の時にたべます

 

ダラムサラへ到着。そして目の当たりにしたチベット人の現状。。

 

みなさんナマステ!

今日までに色々と起こりましたので以下簡単にまとめます。
・列車に乗ったら「降りろ」と言われ泣きそうになってたら結局違う列車だった
・モロコシ食いのリキシャじじいと言い合いになる、バスのチケットをもらわずにバス乗り場に着き慌てる
→全ては「白キャップ男」のせい
・夜行バスの休憩地でまさかの携帯紛失
→あたふたしてたらレストランのおっちゃんが電話してくれ、おばちゃんが拾ってくれてた

 

さて、無事に(?)ダラムサラに着きました。
今日は雨ときどき曇り。気温は20度。霧が町全体を包んでいます。

少ない晴れ間の瞬間に撮りました

24日までトゥプテンというチベット人のお宅にホームステイさせていただいてます。
家の主であるトゥプテンは日本語ぺらぺら。6年ほど日本に住んでいたそうです。奥さんのパサンと子ども2人の4人家族で、子どもたちは遠く離れたチベット人学校で寮生活をしているため現在は二人暮らし。

しかし、トゥプテンは明日22日にダラムサラを発ちます。
アメリカへ行くためです。仲間5人中、アメリカのビザが出たのはトゥプテン一人だけ。ビザが出て正式に行くことが決まったのが17日。
出発ギリギリまで荷物の準備や挨拶周りのようです。

ビザ申請は彼にとって初めてではありません。これまでにベルギーやフランス、スイス、日本でも申請しましたがビザは下りませんでした。
今回ようやくビザが下りたことで、トゥプテンが先にアメリカで2年ほど暮らし、その間に家族の難民申請を行うとのこと。
よって最低2年間は家族と会えないのです。

お母さんに最後の挨拶。「母は高齢でいくつかの持病を抱えているため、数年後に帰国しても会えるかわからない」とトゥプテンは言う。

 

私はこんなにすぐチベット人の現状を目の当たりにするとは思っていませんでした。
より良い生活を、より安定した身分や権利を得るには、国境をまたぐ方法を模索しなければならないという現実。
加えて、そこに至るには日本人より遥かにハードルの高い現実が待っています。

私は彼らの現状を理解し、彼らの思いにせまれるのだろうか。
これは今回訪問中の私の願いでもあります。

 

 

以下、その他に印象に残ったことを書きます。

・チベット人に対してインド政府が発行する証明書(IC:Identity Certificate)には、出生地(Place of origin)はTIBETと明記。アメリカビザの国籍部分はIndia。
・2人の息子はどちらも6歳からチベット人学校で寮生活を続けている。亡命チベット人にとってこれは特別なことではない。小さい頃から親元を離れて暮らすことに対してどう思っているのか聞いてみると、トゥプテン曰く、もちろん離れることは寂しいが親は子どもたちに近代教育を受けさせる義務があるとのこと。親が子どもに何を伝えていかなければならないかは教師とも話をするそうだ。

 

ブッダガヤ最終日

 

年甲斐もなくドミトリーの子どもたちと川辺でサッカーをしたら、朝起きれんかったとです、五郎です。。
(九州男児感を出すとあの人になってしまう・・)

 

今日がブッダガヤ最終日。

学校の先生やドミトリーの子どもたち、ゲストハウスの人たちにお別れの挨拶をしました。
みんなほんとに優しかった!

 

ブッダガヤでのベストショットをいくつか載せますね!

通りで野菜を売っている女性に、見知らぬ野菜について聞いた後の一コマ。横にいた子どもたちは、レンズを向けると急に恥ずかしがり始めました。

村を歩いているときに出会った兄弟。お兄ちゃんの弟への眼差しがとても優しかったのが印象的でした。

毎朝行われるお祈りの時間。全校生徒が教室の外に集まって熱気むんむん。

列車に乗る前に現地NGOの指揮官と一枚。とても忙しい方ですが、精力的に協力してくださいます。

 

これからデリーへ夜行列車で向かい、その日のうちに夜行バスでダラムサラへ!
自分でもすごいスケジュールだなと思いつつ、初のダラムサラにうきうきしております。これからチベットに関することもどんどん書けるといいです。

 

次回はダラムサラから!
See you soon.

 

インドの給食

 

ヒンディー語を少し話せるのがインド人に浸透してきて、ネイティブ並みの速さのヒンディーを聞き取るのに苦労しています、五郎です!インド人は容赦ありません。。

今日は丸一日、授業を見学しました。授業の邪魔にならないように教室に忍び込みたいのですが、僕を見るを否やみんな立ち上がって挨拶をしてくれます。先生たちにはかなり申し訳ない気持ちです。自分が教員の時に邪魔されたら正直嫌ですね汗

さて、私が関わらせてもらっているのは「ニランジャナパブリックウェルフェアスクール(通称ニランジャナスクール)」という学校で、インドの中でも貧困州の一つであるビハールの「ブッダガヤ」に建てられています。インド人には、「ボードゥガヤー」と言うと通じやすいです。仏教の開祖であるブッダが悟りを開いた地として有名な場所ですね!

ニランジャナスクールは貧困層の子どもたちに質の良い教育を提供するため設立されました。主に日本のNPOからの資金で運営されており、私はそのうちの一つの団体に所属しています。今回は2年前に4~5日訪問した以来の訪問です。

 

今日はランチタイムにも教室にお邪魔しました。
お弁当の入れ物がインドって感じ!チャパティと野菜の入ったカリーの二段が定番です。

インドでは世界最大規模といわれる給食プロジェクト(Midday Meal Scheme)が国全体で実施されてきました。しかし、その対象となる学校は、政府が認可している学校のみにとどまっており、ニランジャナスクールは対象外です。しかし、ここニランジャナスクールでは東京で活動されているTeam Peace Challengerのお陰で、週に2回給食を実施することができています。

今日は水曜日なので給食はありません。ランチタイムになると、家の近い子どもは帰宅し、遠い子どもはお弁当を持ってきます。子どもによってはお弁当を持ってこれず、手持無沙汰にしている姿を見かけます。

給食が食育や学習態度に与える影響は日本でも研究されており、無視できない教育活動の一つです。子どもはもちろん、家庭、さらには村全体に対しても大きなインパクトを与える給食が完全実施できる方法を我々は見つけなくてはならないと考えています。

 

すでに日本食が恋しくて、ゲストハウスでお好み焼きを作った五郎でした!

 

デリーのリトルチベット?!マジュヌカティラでチベット人奨学生に会った

 

ニワトリを抱えて道を猛ダッシュするインド人A

(インド人が道端で走るの珍しいな・・しかもニワトリ抱えて)

しばらくして、その後を猛ダッシュで追いかけるインド人B

(ん?もしや・・・)

インド人B:「捕まえろー!」

(まじかよw)

結局、道の先にいたバスが右折しようとしてインド人Aと接触しそうになり、インド人Aはニワトリを手放すことに。

インド人Aは捕まえられなかったけどニワトリは取り戻せて一安心のインド人Bの図

 

皆さまこんにちは!五郎です。

今日はブッダガヤ2日目。

8月15日はインドの独立記念日でもあります。今日は私が関わっている学校でも、記念行事が行われ、子どもたちがダンスや歌を披露していました。

子どもたちは旗はもちろん、インド国旗を彩ったサンバイザーのようなものを被ったり、リストバンドを身に着けたりしていました。

 

さて、8月13日(日)はチベット人が住むマジュヌカティラという所でレインボーチルドレンの奨学生であるペマに会ってきました!

ペマはJamia Hamdardというイスラム系の大学で看護を学んでいます。看護のコースには20名程のチベット人学生が在籍しており、チベット人の女子学生の間で看護師は人気があるようです。

詳細は第一期インターンのゆうかさんがレポートしていますので是非ご覧ください!(奨学生file.13 Pema Bhuti)

今回はペマにマジュヌカティラを案内してもらい、Tシャツを購入したり一緒にご飯を食べたり、日本のレイチルメンバーとビデオチャットをしたりして楽しみました。

もともと奨学生として一番目に会ったのは、日本から彼女にノートパソコンを渡すように頼まれていたからです。ペマも4回生になり、ゼミの論文作成と発表のためにパソコンが必要でしたが、購入する余裕はありませんでした。

そこでレイチルメンバーが保有していた新古品のパソコンに、Windows英語版OSをインストールしたものを渡すというミッションがあったのです。

この海外でのデバイスリユースというスキームは、途上国に平等な教育機会を創出するNPO法人Class for Everyoneの高濱代表に協力頂いたものだそうです。

短い時間でしたが、とても気さくで優しい印象でした。

10月の奨学生ミーティングでまた会えるのを楽しみにしています!

 

九州男児、インドのスラムでGoro先生になる?!

 

リキシャドライバー「どこに行くんだ」
自分「ブッダガヤ。いくら?」
リキシャドライバー「300ルピー」
自分「無理無理」
リキシャドライバー「ナイスプライスだよ、友達」
自分「無理無理」
リキシャドライバー「何ルピーだ?」
自分「150」
リキシャドライバー「無理無理、君だけにベストプライスだ。200!」
自分「無理無理、他のリキシャに聞いてみる」
リキシャドライバー「オーケー・・・150」

 

みなさんこんにちは!五郎です。
ちなみに列車で話したインド人に事前に相場を聞いてました。だから強気でいけますw

到着予定時刻とほぼ同時刻にガヤ駅に到着しました。
今日のブッダガヤは激しい雨です。2年前に同じ季節に来た時もよく雨が降っていたのを思い出しました。

 

さて今回は、インドに到着した11日から12日までのことをまとめて書こうと思います。

8月11日(金)

深夜の1時過ぎにデリー空港に到着。

中国東方航空の上海経由で来たのですが、なんと日本に住むインド人の友達と一緒の便でした。お陰で初めてのSIMカードを空港で購入。

しかし、迎えに来てくれるはずのサンタン(レイチルの奨学生)が来ず、あきらめてタクシーでデリー市街へ向かいました。やっぱり深夜便は不便ですね。地下鉄が動いている時間に到着できれば、安いしすごく楽なのですが。。

朝4時ごろから昼の12時過ぎまで部屋を借りて休みました。なにはともあれ空室があって助かった!

レインボーチルドレンの奨学生の一人サンタン。スラムから大学院に通う。

その後、サンタンと連絡が取れて合流し、スラムツアーとスラムスクールの見学をしました。
スラムはバルジートナガルという場所にあり、RKクリシュナマーグ駅から地下鉄とリキシャを乗り継いで行きます。

デリー最大35,000人が住むスラム。

  • この地区の中でも開発の進み具合に差がある。
  • スラムに住む人は週に何度か来るトラックから水を買う必要がある。
  • トイレが設置されていないところが多く、公共のトイレを使うにはお金を払わないといけない。
  • 高台に行くほど、貧しい印象。
  • スラムスクールには17歳前後の先生が多く、サンタンが放課後彼らに英語を教えていた。
  • 何か子どもたちに教えてってことで、子どもたちの名前を日本語にしてあげて練習させたり、「幸せなら手をたたこう」を歌ったり、手遊びを教えたりする。

 

8月12日(土)

昼過ぎからスラムへ。

サンタンが所属するWahoe Communeはデリー以外にもスラムスクールを運営し、女性のエンパワーメントも行っています。

スラムの近くにある現地NGO、Wahoe Communeの事務所

今日は13名ほどの女性が集まって、ミシンの練習をするのを見学しました。特に先生がいるわけでもなく、彼女らで教え合いながら練習していました。

途中で、日本の方が3名来られ、女性たちに布たわしを教えたり子どもたちと遊んだりして過ごされていました。子どもたちは「じゃんけん列車」や「なべなべそこぬけ」で盛り上がってました。

校舎は狭いのでちょっとした広場があるといいな。トイレは近くにもうすぐできるって言ってたけどいつになるのかなw

Wahoe Commune Schoolの子どもたち

一旦、スラム見学は終了。

またデリーに帰ってきたら来ようと思います!またねー!

 

初めまして。インターンの五郎です!

 

自分「お腹の調子が悪いんだ」
インド人「何か変なもの食べた?」
自分「いいや、食べてないよ」
インド人「屋台とかで食べてない?」
自分「屋台でチキンロールとかチョウメンとか食べたよ」
インド人「それが原因でしょ・・」

みなさん初めまして。インターンの五郎です!
インドに到着して3日目になりました。今はブッダガヤ行きの列車の中で日記を書いています。
首都デリーからビハール州のブッダガヤまでは約990㎞。夕方の5時に出発して次の日の早朝4時過ぎに到着予定です。寝坊しないかビクビクしてます!

今日は私の簡単な自己紹介と、レインボーチルドレンとのつながりをお話しします。

教員時代に自分が写っている写真ってすごく少ないです

私は33歳で、大阪の大学院生です。
元々は小学校で教員をしていました。自分の好きな「ピアノ」や「人に教えること」が生かせると思ったからです。色々と思うことがあり辞めてしまいましたが、今は自分の好きな国について学ぶことができ、とても幸せに思います。

地元は福岡県の福岡市で、タモリさんや森口博子さん、氷川きよしさんと校区が同じです。海外へは、ライオンズクラブの青少年育成事業でペルーに行かせてもらったり、内閣府の「東南アジア青年の船」で東南アジアの国々を周らせてもらったりしましたが、回数が多いのはやはりインドです。

去年からインドで暮らすチベット難民について調べ始めたことから、自分の興味関心とまさに合致しているレインボーチルドレンにお世話になることにしました。今までのインターンの方と比べて期間が短いのですが、チベット人寄りの顔を生かして頑張りたいと思います。

どうぞよろしくお願いします!

さて、今回で4回目となったインドでも、初めての体験や面白いことがたくさん起こります。

  • 「なんで一人で飲んでるんだ」と横の席のインド人グループに激しく絡まれ、仲良くなる
  • ホテルのベッドで何者かに上半身だけ約60か所噛まれる(ジーンズによって下半身は守られました)
  • よりによってスラムスクールに行った際に下痢のピークが来る(スラムには利用できるトイレがごく僅か)
  • wifi難民と化す(自分が普段どれだけネットに依存しているかに驚く)
  • パハールガンジ(ニューデリー駅前のホテルや店が集まる地区)の通りが2年前と比べかなり広くなっていて驚く(警察が頻繁に来て、許可を得ていない店をどかしてます)
  • 道端でおじちゃんに「どこに行くんだい?」と英語で聞かれて、「モンゴル寺に行きたいけど閉まってるんだ」とヒンディーで返すと口をあんぐりされる。

インド楽しんでます!

これより2か月間、滞在日記や奨学生面談レポートを発信していきます!

 

規模は世界一!? ラダックで祝うダライ・ラマ14世の誕生日

 

毎年、7月6日はチベット仏教を信仰する者にとって重要な日であります。

チベット仏教の最大の指導者であるダライ・ラマ 14世の生まれし日。世界中で多くの人々が集い、法王さまの誕生日を祝います。

 

ここラダックでも同じです。チベット本土で法王さまの誕生日を公式に祝うことが禁止されている今、むしろラダックは世界で最も盛大に祝うといっても過言ではないかもしれません。

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ラダック中から人が集まってきます

今年は、残念ながらチベット本土だけではなく、ネパールでも7月6日の記念式典を公式に祝うことがネパール政府によって禁止されてしまいました。

詳しくはこちら→ 強まるチベット難民への弾圧ーダライ・ラマ生誕記念式典も中止に

 

「Yuka 、7月6日までは絶対ラダックにいてね!」

ラダックでの記念式典は特別なんだそう。ステイ先のお家にもインド各地から親戚が集まってきて、一層にぎやかに!

前日からチベット人学校で法王さまの誕生日を前に、コンサートがあったり、ケーキを焼いたり、当日の飾り付けをしたり大忙し。

そして迎えた当日。

朝からワクワクする気持ちが町中に溢れ出しています。

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屋根のタルチョもこの日に新しくします。

みんなチュパを着て、おめかししてでかけます。私ももちろんチュパを着せてもらいました。

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チョグラムサルには、法王さまがラダックにいらした際にステイされる小さな宮殿があります。そのまわりには大きな広場が広がり、そこにラダックじゅうから人が集まってくるのです。

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法王さまが宿泊される宮殿

親戚や友人、ご近所さんとたくさんの人がテントにやってきてはチャイを飲み、おしゃべりし、法王さまの生誕を祝います。

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広場にはたくさんのテントが並びます。

 

チベット人、ラダック人ともに心からこの日を楽しんで、法王さまを想う姿に、私の心も満たされていました。

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また一つ、チベットにとって大切な日を迎えられたことをとても嬉しく思います。

 

どうか信仰の自由がここインドで守られ続けますように。