奨学生FILE. Tenzin Dasel(6期生)

 

Tenzin Dasel さんはJNUの修士2年生です。今まではデリー大学の学生ばっかりでしたが、今回はJNUの学生です。JNUはJawaharlal Nehru Universityの略で、インドの初代首相Jawaharlal Nehruさんの名前をつけた大学です。

Tenzin Daselさん。とJNさんの銅像

 

今回は大学構内で話を聞けました。僕も協力隊時代にタンザニアの大学で講師をしていたので、大学には興味があるんです(笑)。

JNUは非常に大きい大学で、入り口から講義棟まで行こうとすると、20分くらいかかりそうでした。大学内は緑が多く、静かで、まるでデリーにいる気がしない、大学外部の喧騒が嘘のように静かで良いところでした!大学内に学生の寮や職員の社宅もあります。さらに食堂や食料品・日用品のマーケット、理髪店も何でも揃っていて、大学内で生きていけると感じました。

 

Tenzin Daselさんも「食料もここで買えるので大学外部に行くのは稀です。」と言っていました。こんな静かで落ち着ける処なら、外部には中々行かないなーと思います。ほとんどはインド人の学生ですが、外国人留学生もいるそうです。ヨーロッパの人や韓国人、中国人が多いそうです。確かに大学内を歩いている時に、東アジアの顔の人をたくさん見ました。日本人も少しいるそうです。

 

Tenzin Daselさんの専攻は韓国語です。linguistic、literature、韓国の文化、歴史の授業があります。授業では、記事を翻訳したり、韓国の歴史、文化について、学生同士で議論したり、レポートを書いたりしています。次のセメスターでは卒業課題があり、自分でテーマを決めて、それについてレポートを書きます。今考えているトピックは韓国とチベットで似た語り歌のスタイルがあるらしく(1人が太鼓を叩いて、もう1人ストーリーテリングする?)この語り歌の共通点と差異について調べようと考えているそうです。「毎月テストがあるし、期末も試験があり大変です。」と言ってました。

またE-classというのがあり、韓国にいる教授が遠隔でリアルタイムで授業をしてくれるそうです!!コーセラとかは聞きますが、遠隔でリアルタイムで授業受けれる、、そんなシステムがあるなんて凄いと思いました。

学部もJNUで韓国語を専攻し、その頃は韓国語のWriting, Reading, listening, speakingを勉強していました。



「授業後はジョギングをしています。あと宿題をします。料理が好きで、夕食は自分でチベット料理を作って、週末はインド料理なんかも作っています。食料品は大学内のマーケットで買います。」

 

JNUでチベット人のユニオンがあり、年2回交流会?みたいなものがあるそうです。チベット料理を作って、チベットの伝統の服を着て、チベットの楽器を演奏するそうです。

他にもインド全土からチベット人が集まり、インド人、チベット人の有名な人から、現在の法律、政治体制を話しを聞き、今チベット人がぶつかっている課題を共有して、解決策を議論する会議やワークショップをJNUで開催してるそうです。Daselさんはその会議のオーガナイザーの1人だそうです。

こういったチベット人同士が交流するためのイベントがあるのは凄いと思いました。難民としてインドにいるからこそ、こういったイベントを開催し、自分達の文化を確認したり、チベットの人々の状況を改善していく活動をみんながしているだなと、、思います。

Daselさんは卒業後、韓国かインド系企業で韓国語の翻訳、通訳家として働くつもりです。DaselさんはIC(インド政府からチベット難民に発行される身分証)を持っていて、これがあれば、インドの民間企業で働けるし、一部の外国にも行けるそうです。その後はチベット仏教の修道院でチベット仏教について勉強し、最終的にはチベット仏教の僧侶達の言葉を正しく韓国の人々に伝えられる翻訳・通訳家になりたいそうです。

「ダラムシャーラにいた時、多くの韓国人が寺院を訪問し、話を聞いている場面を見ました。でも単に通訳できている人はいても、双方の文化、考え方を理解して正しく通訳できている人はいないのではないかと感じました。私はチベットと韓国文化を深く理解して、正しくチベット仏教を韓国の人々に伝えられる存在になりたいと思っています、こうすることでチベット文化に貢献したいと思っています。」

 

Daselさんは、8歳の時にチベットからインドへ亡命してきました。Daselさんがより良く勉強、生活ができるよう、家族が送りだしたそうです。家族はみんなチベットでDaselさんだけがインドに来ました。こちら(インド)に親戚もなく、亡命してからはTCV(チベット子供村:チベット人学校のひとつ) Gopalpurでずっと生活をしてきました。「私がTCV Gopalpurへ通っていた時は同じような境遇の人がたくさんTCVにいました。最近はチベットからインドへ亡命してくる人はほぼ皆無で、元々インドで生まれたチベット人(二世三世)がTCV Gopalpurに多く通っています。」

 

「亡命してくる時も苦難なくこっちに来れましたし、小さい頃はTCVで友達と一緒に楽しく生活してたので、何の問題もなかったです。大きくなるに連れて、自分の状況の大変さを理解してきましたが。。。」

「両親とは大学1年生の頃、初めて話をできるようになりました。それまでは携帯がなかったので、連絡が取れなかった。今は毎週土曜日が家族と話しをする日です。」

「できるだけ早く、チベットを訪れ、両親に会いたいなと思ってます。将来に何があるかわからないので。」

 

Daselさんには、チャイとサモサをご馳走になりました。「ここの食堂のチャイはとても美味しいんです!」とめっちゃ薦めてくれました。JNUの中も案内してくれました。

帰りは入り口まで送ってくれました。そこにたどり着く道中もJNUの施設について、いっぱいガイドしてくれました。ありがたかったです。。

頼れる家族がインドにいなくて、会えない中で、言語のエキスパートになるべく、勉強を頑張ってる。さらに自分がチベット文化に貢献できることを考えながら、頑張っている。

ホント、頭が下がります。スゴイ人でした!

 

話しを聞かしてくれて、ホントありがとうございました。僕も頑張ろうと思いました!!

 

 

奨学生FILE. Tenzin Dhondup(6期生)

 

今回話を聞いたのはTenzin Dhondup君です。デリー大学のRamjas Collegeで歴史を専攻しています。

「歴史の中でも恐竜時代のことが好きです。旅行も好きなので、様々な場所で化石を発見できたらいいと思います。将来は歴史の先生か講師として、歴史に携われる仕事をしたいと思ってます。」

 

Dhondup君はTenzin Lhundup君の親戚です。

またLhundup君、Tenzin Passangさん、Tenzin Wangden君と高校の同級生。

そして、Delek Wangyal君と同じ大学です!!

、、、と以前に話を聞いた学生達と色々繋がりがありました!!

なので僕と会った時、「Lhundupから話を聞いてます」と言ってて僕のことは知ってました(笑)。

 

Tenzin Lhundup君と同じく日本のマンガ、アニメが好きで、ナルト、ワンピース、刃牙、黒子のバスケ等を見ています。

 

「Lhundupは音楽屋で、僕はスポーツマンです!サッカーとバスケットボールをしています。さっきまでジムに行って体を鍛えていました。サプリメントも取っています」

Lhundup君もやってましたが、体を鍛えるのはどこの国の人も好きなんだなーと思いました。タンザニアの人も筋トレをやっていたのを思い出しました。Dhondup君、、、確かにガタイが良いです。

 

「休日はサッカーやバスケをしたりTVゲームをします。TVゲームはサッカーゲームをやっています。」

「小学校の頃からサッカーをずっとやっています。ポジションはCBです。高校の時はキャプテンやっていました。州の選抜に選ばれたこともあります。今、大学の授業後はサッカーをやっていて、週末は試合です。負けた方がグランド代を支払うルールなので、みんな勝ちに行きます(笑)。あと今年、もしかしたら僕はチベットのサッカー代表に入れるかもしれないです。」

 

―“すごい!!!じゃー、もしかしたら、海外のプロリーグで活躍できるかも”と聞いたら、、、

「僕達はパスポートを持ってないので、プロリーグには参加できないです。インドのプロリーグに出場するにも市民権が必要なので、難しいです。僕達は働きながらサッカーするしかないです。。」

と言われびっくりしました。




「サッカーワールドカップは国を持つ人が参加できる大会です。僕達は国がないのでチベット代表としてワールドカップには出れないです。しかし国を持たない人たちが集まって、大会を開いています。もし代表に選ばれたら、この大会に参加できて、海外に行けるかもしれないです。」

国を持たない人達で開催するワールドカップの話は聞いたことありましたが、、直にその話を聞くとは思わず、、びっくりしました。

 

「地元はBir(Himachal Pradesh州) です。家族は父母、祖父、妹がいます。地元に帰っているときは、ツアーガイドみたいないことしてます。僕の地元Birではパラグライダーが有名です。ぜひ来て下さい!!ガイドします」




サッカーはどんな人にもチャンスを与えるスポーツだと思ってました。南米やアフリカの貧しい人たちがサッカーで成功を手にする話を聞きます。アフリカにいた時、サッカーで成功しているエトー、ドログバは国に関係なく、アフリカの人々の人気者、希望、英雄でした。どんなに貧しくてもサッカーは世界中の人にチャンスを与えてくれるもの、と勝手に思ってました。でもチベットの人はパスポートがない、海外でプロサッカーできない。ワールドカップに参加できない。チベットの人々の困難をあらためて感じました。

でもDhondup君は元気で、ガタイのある(笑)学生で、サッカーを楽しんでいました。是非代表に選ばれて、活躍して欲しいです!!すごい良いガタイをしてたので、良いCBだと思います!!

 

 

「獣医学生がインドの友人のためにスラムに学校を高める建てよう!」をご寄付いただいた皆様へ

 

 黒澤くんのクラウドファンディングへご協力くださった皆さま、本当にありがとうございました。黒澤くんが7月のインド渡航より無事に帰国し、最終レポートとして寄付者へ発信した内容をここに掲載します(トップ画像はサンタンより新しい教室の写真を送ってもらったもの、文中の文章と写真はすべて黒澤くん発信のものです)。

 今後はこの教室と子どもたちの様子や元奨学生サンタンの活動の報告はレインボーチルドレンで引き継いで行っていきます。

 


 先日、インドから帰国し、無事にインドでのプロジェクトが終わり、残りはリターン品を送付するだけになりました。リターン品お待ちの方々、もうしばらくお待ちください。

 まず初めに、プロジェクト自体が全体的に遅く進んでしまい、皆様にご迷惑おかけして申し訳ありません。自分の見通しの甘さが原因でした。今まで、皆様からお金を集めて何かを成し遂げるという経験をしたこともなく、また初挑戦が海外、さらにインドということで様々な問題が生じてしまった結果です。しかし、最後まで温かく見守っていただきありがとうございます。

 もう一つ、謝罪しなければならないことがあり、それはプロジェクト内容の変更です。当初は、動物を飼育する予定でしたが、予算の都合上、飼育スペースが外になり夏の猛暑に耐えられない可能性があること、また内装のホワイトボード等の予算が足りなかったこと、これらを考慮し、動物の飼育は断念し、内装へと予算を回すことにしました。勝手に判断し、申し訳ございません。

 自分自身は、7月5日にインドに到着し、7月14日インドを発ちました。当初の予定では、6月中には、学校が建設終わっており、写真撮影とリターン品の受け取りのための渡航でしたが、現地に赴くと、建物は建っていましたが、塗装等はなされていなく、まだ教室とは言えない状況でした。自分も手伝い、少しずつ進み、インドを発つ前日7月13日に何とか作業が終わり、子供たちに初めての授業を実施することができました。

 今回の渡航で、スラムの子供たちは、みなとても賢く、学習意欲もとても高いと感じました。皆、真剣に授業を受け、吸収しています。英語で簡単なコミュニケーションをとれる子供たちも沢山います。

しかし、彼らはほかの一般家庭のインドの子供たちと比べると教育環境がよくなく、高校以降は進学することが厳しいそうです。また、スラムの子供たちは両親の仕事のお手伝いや、年下の兄弟の世話をしなければならないので、小学校も通えない子たちもいます。

学びたいのに学べない、そしてそのためにまともな職に就けずスラムから抜け出せない。こんな状況を変えたいとサンタンは思い、今回のプロジェクトが始まりました。

 結果、皆様のおかげで56万1千円が集まり、友人の夢のための最初の一歩を手助けすることができました。本当にありがとうございます。2万5千人以上が住む大きなスラムに、小さな小さな学校が建てることができました。

このことが、子供たちの将来にどう影響を及ぼすかわかりません。何も変わらないかもしれないし、何か変わるかもしれない。しかし、真摯に学ぶ姿や子供たちの笑顔を思い出すと、彼らの将来が少しでも選択肢が増え、少しでも幸せな将来を送れることを願わずにはいられません。皆様のご協力、心から感謝いたします。

帯広畜産大学6年黒澤拓斗

 

 

 

奨学生FILE. Tenzing Dechen(6期生)

 

Tenzing Dechenさん。とても流暢な英語で、たくさん語ってくれました。デリー大学のGargi Collegeの2年生で英文学を勉強しています。Gargi Collegeは南デリーにあります。チベット学生寮から通うと遠いので、別のアパートから通ってます。

「英文学ではルネッサンス時代等の古典英文作品を読み、その作品の重要な点、その時代背景などを勉強します。自分で詩を考えて、学内雑誌に投稿するというワークショップもあります。1年時は一般教養として政治学と心理学も取っていました。私はこの英文学をあまり深く考えずに専攻しましたが、実際に専攻すると、英文学は自分で著者の考えることや背景など深く調べていくことが必要だとわかりました。私はこの深く調べる活動が好きで、自分に合っていると感じています。今大学ではストライキが起きてます。講師が講義をボイコットする時があり、講義が一日ない時あります。」

 

「私はMussoorie出身です。家族はみんな元気で、曾祖母は今96歳です。兄弟は弟1人と妹3人います。高校はチベット人学校ではなく、Mussoorieのイングリッシュスクールに通っていました。授業はチベット語でも、ヒンドゥー語でもなく、英語で行います。インド人も私達チベット人も英語を使います。なので、私は英語が上手にしゃべれます。」



「卒業後は修士でジャーナリズムを勉強して、将来はジャーナリストになりたいです。時事問題を扱っていきたいです。インドでは犯罪が多いです。これらの問題について色々と調査していきたいです。」

 

「1年生の時はイベント企画・運営などをするサークルにいましたが、今は忙しくて入っていません。休日は絵を描いたり、本を読んだりして過ごしています。あとたくさん寝ます(笑)」

 

「前回の長期休みではNDTV(インドのテレビ局)でインターンシップとして働いていました。ファッションスタイリストをしてました。テレビ出演者の服を買いにショッピングモールに行っていました。NDTVの人々がどのように仕事をしているかを体験することができました。将来的にこの業界で働きたいので、とてもいい経験になりました。ただ、今は時間がなくできません。データ入力など、家でもできるインターンシップを探しています。あと貧困層の支援をしているNGOでインターンシップをしたいとも思っています。私は時間を大切に使いたいです。なんとなく過ごすのではなく、人を助けるなど、色んな経験をしたいです。」




Tenzing Dechenさん、他の学生とはまた違った雰囲気の人でした。良い意味で学生らしくない、社会人みたいな人でした。イングリッシュスクールやインターンシップなどを経験しているからかなと思いました。

「日本に行きたい」と言ってました!!ウェルカム(笑)!!




今回はMajnu ka tillaのLhasa coffee houseで話を聞きました。ただ、入り口の看板は違う名前だったのでTenzing Dechenさんは迷ってしまってました(笑)。

 

奨学生FILE. Kalsang Dolma(6期生)

 

Kalsang Dolmaさんはデリー大学のZakir Hussain Collegeで英文学を勉強しています。

 

Collegeと高校が以前のレポートで紹介した奨学生Tenzin Bhakdo君と同じです!専攻は違いますが)

英文学の専攻ですが、一般教養で政治学の授業も取っていて、そこでBhakdo君とも会うそうです。

 

英文学では、欧州古典文学、インド古典文学、英国詩劇、Creative writing、グループディスカッションなどを勉強しています。

「私はCreative writingの授業が好きです。この授業は広告、手紙、結婚式の招待状、詩、ドラマ、小説など、様々な媒体の文の書き方を勉強します。課題として自分で広告や招待状作ります。楽しいです。」

「他の授業では、先生から課題用の本が指定されます。その本を読むだけではなく、作者のことや時代背景、作家の他の本等を読んだりして、この本では何が書かれていて、何が大事な部分かを分析します。なので、たくさん本を読みます。調べることも多いです。」

「他には小説の1つシーンについて、グループで議論する授業もあります。例えば殺人事件の場面をみんなで議論します。誰犯人か、なぜ行ったかなど、各々の意見を出します。」

 

「講義は毎日8:40-15:40(or16:40)まで7〜8つあります。先生が休んだりしない限り、昼食の休憩もなく、ずーっと続きます。大変です。学生寮で朝食とって、学校へ行き、それからずーっと授業です。その後寮に戻りますが疲れてるので、少し寝ると、結局昼食はとれないままもう夕食。そしてその後宿題、レポート、あと本もたくさん読まなくていけなくて大変です。」

 

―先生達はちゃんと授業に来る?がタンザニアで先生してた時は講義に来ない先生が結構いたけど。

「うちのCollegeは学長が厳しい人なので、先生達もしっかりしています。他の大学では先生が来ないという話聞くけど、うちの大学はそんことなくちゃんと講義はあります。」

想像以上に大変そうで、びっくりでした!!「日本ではそんなに講義数ないし、もちろん昼食の時間あるよ。」と言ったら驚いてました。すごい。。

 

今回話をしたYIGYAL CAFE。Tibetan Herbal Tea。すっきりして飲みやすいです。

 

 

―なんで英文学を選んだの?

「私は学生の時から英語や本を読むのが好きでした。ビクトリア時代の詩人やロマン主義時代の詩人が好きだったんです。なので、英文学を勉強することにしました」

 

「うちの学科を卒業した人はジャーナリスト、作家、先生、講師になろうとします。私は卒業後、大学で英文学の講師か、母校で英語を教えたいと思います。私が高校の時、先生はすごく親切で、勉強だけでなく、色々なアドバイスくれました私も同じように指導者になって学生を色々サポートしていきたいです。」

は以前、講師してたよ」と言ったら、すぐ「私も将来講師になりたいんです!!」と返ってきました。とても英文学や教えることが好きなんだと感じました!!

 

―勉強以外は?例えば休みの日は何をしてるの?趣味は?

「休みは友達と喋ったり、英語の本や英語の映画を見ます。Meida365ってアプリがってそれで本を読んでます。あと韓国アイドルのコンサートを見ます。YG宝石箱 Team Jにいる日本人のハルトが私のお気に入りです。声がいいです!!」

相当お気に入りな感じで、が「BTSだっけ?」って聞くと「YG宝石箱のTeam Jです!」って即修正されました(笑)

 

「あとチベットのダンスをしています。週1回練習があります。学年対抗で競技会もあります」

 

「長期休みは実家に帰って、母の手伝いをしてます。母はネパールのカトマンズで服を売っています。」

「家族は弟と母です。私はネパールで生まれました。小学生の時からインドに来ています。母はさっき言った通り、ネパールで働いています。弟はチベットの軍隊で働いています。そして、私にお金を送って支援してくれていま

 

―なんで母のいるネパールで学校へ行かなかったの?

「ネパールで学校へ行こうとすると学費がかかります。私の家族は学費が払えなかったです。なので、母が私をTHFに行かせてくれました。私が通っていたTHF Mussorieは日本、欧州、インドなど世界中から支援をもらって運営されているチベット人学校で、学費、寮費、食費、文具、制服などは全て学校負担で私達は通常の服を準備するだけで他は何も負担せず勉強させてもらえます。そして今大学では、レインボーチルドレンから奨学金を頂いています。とても感謝しています。私は支援なしでは勉強できていませんでした。」

 

―今まで何か他に苦労したことは?

「私が2-3才の頃、父は母と私を置いて去って行きました。母と私は生活できず、ネパールの村で物乞いをしてました。私はそのこと覚えてないけど、母が言ってました。その後、新しい父ができて、ちゃんと暮らしてました。最近、父はガンで亡くなってしまったけど、現状、私達はちゃんと生活できています。」

 

大変な経験をしながら、奨学金によって教育を受けれていることにとても感謝しているだからこそ将来、先生になりたいんだろうなと思いました。

 

―デリーではどこに出かけたりするの?休日に買い物行ったり、お茶をしたりしないの?

「あまり出かけません。買い物には行きません。服は私の母がくれます。お茶したりもほとんどしません。お金が無駄にかかってしまいます。私はお金を無駄にはできません。外出はたまにするぐらいです。Majnu ka Tillaも月に一回来るくらいです。」

 

節約して、勉強を頑張っているKalsangさん。恵まれた生活しながら、テキトーな大学生活を送っていたと比較すると、何も言えません。。

 

そして支援の重要性改めて感じました。支援のおかげこうやってようやく勉強できている支援なくしては学校へ行くことができない人々がいること、改めて感じました。

 

彼女らのためにできること、どんどんやっていきたいと思いました!!

 

第4期奨学生が無事卒業を迎えました!

(English below)

日本が平成から令和へ変わる頃、
レインボーチルドレンの第4期奨学生も晴れて大学卒業を迎えました。
ちなみに令和(レイワ)という響きは、チベット語のརེ་བ་(レワ)という言葉に似ていると一部で話題になっていましたが、チベット語では「希望」という意味なんだそうです。
わたし達にとっても、またご縁によって結ばれた彼らにとっても、希望に溢れた新しい一歩になることを祈ります。
今期のサラ大学(ダラムサラ)卒業生の代表2名から届いたメッセージと写真をご紹介します。
彼らを応援してくださっているみなさん、
いつも本当にありがとうございます。
そして卒業生のみんな、心からおめでとう!

🌈第4期卒業生代表メッセージ

目標を書いてくれたまだどこか初々しかった頃。


🎓Tsultrim Jungney 
「レインボーチルドレン奨学金に関わる全てのみなさん、本当にありがとうございます。
4月30日、僕はサラ大学を卒業しました。
今年は、さらに英語の勉強をより追求していこうと考えています。
僕たちの暮らしの背景的に、英語は必須だからです。
卒業式の写真を少し送りますね。
年間を通して、親切にサポートしてくださったことを本当に感謝しています。
そのサポートがなかったら、僕はどこかに取り残されていたかもしれない。
本当にありがとうございました。
PS.僕は、在学中に本を書きました。僕の心情をチベット語でポエムにしたものです。」

Tsultrim Jungney
ほかの奨学生たちと共に。
Tsultrim Jungneyの在学中の成果物です。 チベット語で書き上げた詩集。

🎓Tenzin Kalden
「僕と今期卒業生から、レインボーチルドレン奨学金のスポンサーのすべての皆さまへ、毎年僕たちが目標を達成できるよう支えてくださったこと、心からお礼申し上げます。
僕たちは皆さんへの感謝を一生忘れません。
あらためて、ありがとうございました。
この4年間の学業を終えたあとも、人生において僕たちのベストを尽くしていきたいと思います。
そして、お互いに会うことができるなら、いつでも何度でも、みなさんに再会できる日を心待ちにしています。
僕たちのために心温かく願ってくださりありがとう、その願いと共に僕たちはベストを尽くします。どうぞ皆さまもお元気で!」

2018春 サラ大学にて開催した日本チベット学生会議で 日本人学生たちとワークショップを行いました。

🌈レインボーチルドレンでは、インドのスラムに暮らす子どもたちやチベット難民の学生たちの夢を叶えるお手伝いをしてくださるサポーターを随時募集しています。
詳しくはこちらをご覧ください。

http://rainbowchildren.holy.jp/support-join/monthlysupporter

———————————————–
When new era named Reiwa started in Japan,
the 4th term scholarship students of Rainbow Children graduated from college happily.

By the way,our new era “Reiwa” sounds like རེ་བ་-Rewa-(it means Hope) in Tibetan,and that was in the news in Japan.

We wish for us and graduates to step forward with full of hope.
Here are the messages and photos received from two graduates on behalf of Sarah college (Dharamsala) .
Thank you so much for everyone who are supporting them.
And congratulations to all graduates!

🌈Message on behalf of 4th term graduates of Rainbow Scholarship Students
🎓Tsultrim Jungney 
“Here I would like to say thank you so much for all the members of rainbow sponsorship 
and 30th april I graudated from College for Higher Tibetan Studies, Sarah.
This year I am planning to study english language hence to pursue further study,
We need English language (background is mandatory for us). 
I send you here some of my graduation pictures.
I am so grateful for your kind support through out the year and without your kind support I would have been left somewhere.
Thank you so much.
PS.I wrote one book and it’s all about my feelings and I express it in poem.
It’s written in Tibetan language.”

🎓Tenzin Kalden
“Me any my graduation class batch would like to pay the heartfelt thanks to the entire team of Rainbow Children for supporting us each and every year letting us to achieve our goal, we are grateful for your team and we will never forget the kindness in our entire life.. thank you so much.once again.
We will do our best in our life after completion of our four year courses.
We’ll be eagerly waiting for you guys to see you again and again whenever it’s possible to meet each other.
Thanks a lot for your kind warm wishes, along with your wishes we’ll do our best and you also take care.”

ダライ・ラマ14世が日本の新天皇へ祝辞を述べられました

ダラムサラ:水曜日、ダライ・ラマ法王は、日本の徳仁天皇の即位礼と新しい令和時代の幕開けに際して祝辞を述べられました。

https://tibet.net/2019/05/his-holiness-the-dalai-lama-congratulates-japans-new-emperor-naruhito/?fbclid=IwAR0CM3dMgb1yV-L13mBOaHbMSpPxcRW7lzQn7m-ctzI9TIGLpJ3RiX3wxdI
CTA(中央チベット政権)公式HPより

「上皇である、貴方の尊敬なるお父様が、国の象徴として責任を遂行する間、国民との密なふれあいで思いやり溢れた働きかけを果たされたことを踏まえ、私は陛下の決意を心から賞賛します。」と法王は綴られました。

「私は、第二次世界大戦敗戦後の、日本の人々の回復力や国家再生への道のりに深い尊敬の念を抱いております。
その後に続く時代においても、日本は前例のない数々の自然災害に直面しましたが、勤勉さと精神力の強さによる団結のおかげで回復しました。 2011年の壊滅的な地震と津波で被災した地域を訪れる機会があった時、私は自分自身の目でそれを確かめました。
私はそこで、災害被害に遭われた人々と出会い、その地域で命を落とされた方々のために、共に祈りを捧げました。」

「過去50年ほどに渡り、私は日本を定期的に訪問してきましたが、思いやりや宗教的調和などの基本的な人間の価値を培うよう奨励する中で、さまざまな立場の人々が関心や熱意を示してくださっていることに対し、深く感謝をしております。」

法王は、陛下の治世が安泰であり、人々が幸せになり、そして新しい時代がより平和で、思いやりのある世界へ貢献するようにとの祈りで締めくくられました。

(訳:副代表 三村 優子)

スラムに教室をつくる!

こんにちは、現地ボランティアの三輪です!!

今日はスラムプロジェクト、サンタン君、ジョン君の話です。

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デリーにあるスラムの子供達へ勉強を教えたり、いろいろ支援しているサンタン君、ジョン君。スラムと言うものを知ってもらうために、スラムツアーも開催しています。

http://streettoursindia.com/

(詳しくは↑のウェブサイト)

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以前のブログで書いた、レインボーチルドレンの元ボランティアの黒澤君のクラウドファンディングが成功し、学校(教室)建設が始まりました!!

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今、サンタン達が子供達に勉強を教えている場所です。あるだけましですが、、このような青空の教室なので、雨をしのげない、直射日光を浴びてしまう、夏には50度近くになってしまいます。この状態ではまともに勉強ができないです。

そこでここに屋根を作って、ちゃんとした教室を作るというのが今回のプロジェクトです!!

サンタン、ジョンは教室を作ることを心待ちにしてました。「これは僕たちがずっとやりたかったことなんだ」と何度も言われました。たしかに去年の7月に会ったときから何度も「教室を作りたい」って聞きました。それが今ようやくスタートしました。

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スラムの外でブロック、砂、水、窓、ドアなどを準備して、それをスラムまで運んで、そして砂と水をまぜて、ブロックと泥?を接着しながら敷き詰めていきます。建物を建てる専門の人とスラムの人の協働で教室を建てています。

「スラムの外から、ブロックとか重いものを持ってくるのが大変」「気温が30度超えてるので、大変な作業」「急に教室を建てだしたから警察が来た!」「まともに働かないでお金を要求する人もいる」

、、と大変そうです。

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でも「子供達がものすごく楽しみにしている!!」とサンタン、ジョンが言ってました!!無事に教室できるように願います!!


コルカタでホーリー祭りとマザーハウスのボランテイア

この1,2週間で急激に暑くなって来ました。2週間前はまだ寒くて風邪引いていたのですが、、もう35℃を超えるようになりました。急激な変化にびっくりです。

3/21-3/24と会社が休みでした。なので、今回のインド滞在で初の国内旅行!!コルカタに行ってきました。

コルカタはインドの西部にある大きな町です。ムンバイ、デリーに次ぐ大きな町です。コルカタで友人が働いているので、会いに行ってきました。

そして世間はホーリー休み。コルカタでホーリーも楽しんできました!!

インドには大きいお祭りが二つあって1つがディワリ、もう1つがこのホーリーです。他にも無数にお祭りありますが、この2つが2大お祭りです。会社の同僚や友人とも「Happy Holi」と挨拶したり、下のメッセージを送ります。

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デリー、コルカタの空港でもホーリーをお祝いするモニュメント?が置いてありました。

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ホーリーは色の掛け合いのお祭りです。ホーリー期間になると、写真にある粉があちこちで売ってます。これを直接、もしくは水に溶かして人に掛け合います。

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激しいところだと、水鉄砲(色鉄砲)で掛け合ったり、色風船を投げつけたり、、とめちゃくちゃなカオスになるとこもあるそうですが、、コルカタは少しは優しめで、すれ違う人同士で「Happy Holi」と言いながら、相手の服や顔、手に色をつけたり、ハグして色まみれにする感じでした。それでこうなりました。。(笑)

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メガネは免れましたが、色まみれ。。。これでも優しいほうです(笑)。デリー(北インド)は相当激しいそうです。

色を落とそうとして、顔を洗ったら、、こうなりました(笑)

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アバターと言われました(笑)。

掛けられた粉は中々落ちないです。服は捨てるようの服を着て行った方がいいです!でも色まみれになるのはめっちゃ面白かったです。

コルカタでやったこともう1つ、、

コルカタにはマザーハウスがあります。そこでボランティアをしました。

マザーハウスはノーベル平和賞を受賞しているマザーテレサが作った恵まれない人々で障害や病気を持った人々を助ける施設です。施設は5種類あり、その中から1つ選んでボランティアをすることができます。

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ボランティアしてる人は西洋人からアジアの人たち、日本人も勿論います。年齢は若い人から年配の人まで幅広くいます。期間は1日から数ヶ月でもボランティアできます。僕がいっしょにボランティアをした人達はイタリア人、フランス人、スペイン人、日本人が居て年齢も20代から60台くらいの人まで、そして、ボランティア期間も今日だけの人も居れば、1ヶ月以上の人など様々でした。みんなゲストハウスに滞在しながら、、ボランティアをしてるそうです。

僕が行ったのはPrem dam(障害を持った成人の男女がいる施設)です。

そこでシスターや施設のスタッフと一緒に働きます。先輩ボランティアや施設のスタッフ、シスターが指示をくれることもありますが、必ずが指示があるわけではなく、周りの人がやってることを見て、やれることを見つけていく感じでした。

僕がやった内容は、

・洋服やシーツの洗濯干し

・掃除(床の水洗い、水掃け)

・窓拭き

・休憩(チャイとビスケット、パン)

・食器洗い

・昼食用の食器の準備

・昼食を自分で取りに行けない人達へ運ぶ

・自分で食べられない人にご飯を食べさせる。

・食器洗い。

でした。

8:00-12:30くらいまででしたが、あっという間でした。他には、髭をそってあげてる人もいました。慣れてる人たちは自分達で色々見つけてやってました。

一緒にいった友人達は別の施設で、理学療法士の指示の元、施設の人にマッサージをしてたそうです。施設によってもやることは色々あるのだなと思います。

ボランティア中にホームレスだった人がこの施設に入居してくるところを見ました。。。こうやって人々を助けているのだなと感じました。

正直、ホントに役立つには1日やるだけよりも1ヶ月とかやりたいと感じましたが、、、1日だけでも貴重な体験になります。

みなさんもホーリー祭り楽しみに来て下さい!!マザーハウスでボランティアやってみて下さい!!

【スラムで考えたこと】国際基督教大学4年藤本律沙

私がスラムの学校でボランティアをしようと思ったのは、自分が「貧困」だと思っている現場を自分の目で確かめたかったからです。私は幼い頃から世界平和や貧困、戦争などのトピックに興味があり、大学でも発展途上国の開発支援について勉強してきました。しかし大学在学中、貧困や戦争に苦しむ人たちを助けたいと公言していながら、実際机の上の勉強だけしかして来ずに現状を知らない自分を歯がゆく思い、しかし貧困の現場を目の当たりにすることには怖さを覚えていました。
大学を卒業する前に、貧困の現場を見ることが、自分の将来の方向性を考える上で重要だと考えました。幼い頃にマザーテレサの漫画を読んだことがあり、自分の中で最初に思い浮かぶ貧困の現場がインドだったこと、以前インドを訪れた時に貧困の現場にいくことができなかったこと、今後教育関係の道に進むことから、インドの貧困を教育の視点から見ることのできるこの団体でのボランティアを決意しました。

インドのスラムで2週間ボランティアをしてわかったことは、自分は何もわからないということです。現地のスタッフの話を通して、インドの貧困と一言で言っても、政治的、経済的、社会的、文化的など様々な問題が複雑に絡まっており、その絡まりは簡単には解けないということを知りました。また、スラムは様々な人との関わりがあり、スラムの人々だけがより良く生きることのできる状況になれば良いということではありません。さらに、私が関わったのは、数十人の生徒と、学校のそばで暮らしているわずかな人々だけです。学校の生徒は皆熱心に勉強をしていましたが、学校に来ない子どももたくさん見かけました。スラムを歩いていると多くの人が私に手を振ったり笑いかけてくれましたが、中には笑顔を向けても笑い返してくれない人も少なからずいました。以前、私は貧困の中にある人は可哀そうと思っていましたが、スラムの人たちが一生懸命に生きている現場を見て、経済的な格差だけを見て可哀そうと思うのはただの上から目線な考え方でしかないことを思い知らされ、自分が恥ずかしくなりました。

私は生まれてから日本で何不自由なく過ごし、スラムの人々は生まれてからスラムの中で過ごしてきた。相手に寄り添う、理解する、と言っても、彼らの人生を歩んできていない私は完全に寄り添い理解することは一生不可能であるということを思い知らされました。そのような現状に向き合い続けるには、人生を掛けた覚悟が必要だということ、そして、人生を掛けて向き合い続けようとしているスタッフの姿に胸を打たれました。

この2週間の経験は、私のこれからの歩みに大きな影響を受けました。どのような将来を選択するとしても、自分のすることを自己満足で終わらせず、相手の立場に立って考え続ける謙虚さと忍耐を持って人々と関わっていきたいと思っています。
ボランティア活動を支援してくださった石川さん、美輪さん、三村さん、また、現地のスタッフの方々に、感謝を申し上げたいと思います。貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。