2017秋のスタツア感想文③~池永さんの場合(経営者・広島)

二度目のインド
4年振りのインド。こんなひどい国、2 度と来ないと思っていた。

が、石川さんとの出会いがあり、石川さんの活力と活動に興味があり、そして 4 年前に写真に 撮ったホームレスの 3 人家族がどうなっているか気になって来たインド。

やはりひどい国。汚い、ゴミ捨て放題、牛、犬の糞そこらじゅう。

自動車の運転マナーは世界で最低部類。人との間、50cm空けずに80km/h くらいでぶっと ばす。フォーンなりっぱなし、逆走あり、信号は守るものではない一応の目安。

街中がゴミ箱。と思って、そこら中にゴミを放り投げても罪悪感がしない。なんせそこはゴミ箱なのだから。すぐそこにポイ捨てすれば楽。
秩序、きれいさ、整理整頓、生産性の高さは「すぐ捨てれて楽。」の反対側にある。我々日本人 は、ちょっと我慢して、ごみ箱まで捨てに行く自制心が必要。が、インドの人はそんな思考、習慣でない。

ニューデリーはおそらく10年後も住みにくいままだろう。 車も歩行者との50cmの間隔しかとらず走っていく。しかも60~70km/h で。 とにかく人が多すぎる。デリー、ニューデリー、これだけの人がこの街のどこかに住んでいる。

多くの大人の庶民に希望の表情は見出しにくかった。

ずっと神経を張り詰めて暮らしていかなければならない街。 人工多すぎ。
4年前のシティ・マーク・グルガオンホテルに行ってみた。 あの3人家族はもうここにはいない。周辺を点々としているとのこと。 写真を写した場所も見つかった。大きな道を隔てた通りだった。

行き帰りのタクシーの中、1 回ぶつけ、2回ぶつけられて、口で文句を言うだけで、賠償する までにはならなかった。お互い様のよう。

この人達、昔は川の水が飲め、食べ物も畑や山にあっただろうに。

ほこりっぽい。で、よく路上にツバを吐く。
祭りの時には、police バリケードを張って歩行者道路としている。 ねりものの、トラック舞台では衣装を着て乗ってるだけで、踊りがある訳ではなかった。

ホームレス、物乞いをしてくる人は圧倒的に減った。ホームレスの人のために最低限住む場所は行政が用意している模様。
物乞いは「自己認識」がない4~6歳まではできても、それ以降はアイデンティティが邪魔し て、恥ずかしくなり、悪いことと思ってできないのではないか?

たか子さんが言ってた、「日本に帰ってから、インド臭い」と周りの人から言われる。ほこり、 臭いがついている。

インドでの食事のとき、ハエや虫がよく食べ物に飛んでくる。

このハエや虫、食べ物に飛んでくる前に道の牛の糞にとまっていたはず。この言葉は聴きたくなかった。

ダライラマ14世が最高の広告塔になっている、インドの抑圧されたチベット人という印象。
チベット問題はよく分からない。
独自の民族性を大国によって否定された例は、おそらく世界各地にある。

日本のアイヌ民族、琉球王国もその例。
チベット難民第三世代となり、そんなに悲壮感は伝わってこなかった。 これといって産業は特になく、観光産業に期待しているとのこと。中国と争っている、インド チベット人社会は、世界中の中国嫌い、中国の反民主主義を嫌っている人からの寄付金収入が多いのかも?

チベット人はチベット問答の例もあり、よく考え、よく気づきを得ることが得意。クレバーな人種かも。

最後のミーティングでNさんが言っていました、「私のことをこのツアーチームはフォローし てくれなかった。放ったらかしだった」と。

これもインドらしさのギャップ。 インドはこれだけの人口で生き抜いていかなければならない。 だから、人のことなどそうそうかまってはいられない。自分本位にならざるを得ない。人を蹴落としてまでとは言わないまでも、自分がまず生き抜いていく、進んでいかなければならない。

ツアーメンバーも自分が歩いていく、進んで行く事が精いっぱいで、インド初心者のフォローまで気が回らなかったのでは。
これもインドという環境がさせたことかと。
このように、自分本位で生きていくというやり方、文化もあるのだということを経験させてもらいました。

そして、100人もの奨学生にまで活動を広げられている。継続して年2回、デリー、ダラム サラを訪問されている。継続してやり遂げることの大切さが分かりました。

 

2017秋のスタツア感想文②~ながおっちの場合(東京)

『一緒にインドに行こうよ』

ある日の仕事終わりに先輩からこんな誘いを受けた事がツアー参加のきっかけでした。

レインボーチルドレンの活動や海外旅行の手順、何一つ分からない状態ながらも、当時自分の人生の分岐点に居た事もあり『何か変わるかな』の勢いだけで乗り込んだインド。

…意外と『普通』でした。
慣れたら住めるな、と。

埃っぽい空気や尋常ならぬ交通事情など、安全性が高い日本と比較すると多少の驚きは在るものの、訪問先の人々が見せる感情や日常風景は日本と何ら変わりませんでした。

『たまたまそこに生まれたから、生きるために生活を
している』

その手段が物乞いだったとしても彼等にとってはそれが普通なのです。

恐らく幼い子供などは自身の環境が『他とは少し違う事』にはまだ気づいていないでしょう。

貧困問題や人種問題については私個人はあまり良く分かりませんが、

彼等が成長過程で外の世界を知り、
もっと生きやすく出来る手段がある』と知った時に動きたい人が少しでも活動しやすくする基礎を作る事はとても意味のある事だと
思います。

豊かと言われる日本で自分の日常に戻った今、決して上から目線ではなく、何かできる事があるか、ゆっくりと考えてみたいと思います。

ありがとうございました。

 

2017秋のスタツア感想文①~まりもの場合(元金融機関・東京)

 

貧困や労働の搾取にされる人々、当たり前の生活と教育を受けられない子供たちに会いたいと思い、このツアーに導かれました。
いざ、インドへ行ってみたら…日本に比べればはるかに耐えがたい環境に身を置く人々がいました。
けれど、そこには未来を悲観し、何もかも搾取された人々がいるわけではありませんせした。
それぞれのコミュニティの中で、毎日を明るくつつましく生きるチベット社会とスラム社会がありました。

たまたま日本に生まれぬくぬく育ってきた私は、グローバル化によって搾取を受ける途上国や貧困層の彼らを助けたい、支援したいと思っていました。
しかし、彼らの日常と問題、そして明るい未来を現地で目の当たりにすると、「途上国」とか「貧困」という枠で彼ら一人一人を、一つ一つのコミュニティ社会をカテゴライズするものではないと思いました。

日本にも明るい未来もあれば、誰かの力を必要としている問題が無数に転がっている。
そして、インドにも無数にあり、まだ見ぬ世界中にも無数に転がっている。
大事なのは、それらの問題とそこで育める未来への希望に対して、抱えている人たちの目を見て、手を触れて、同じ目線で自分にできる一歩を進めることなんだと思いました。

一般的な観光旅行でもスタディーツアーでもなく、レインボーチルドレンの素晴らしい活動に同行した濃密な10日間だったからこそ、気づかせてもらえたんだと思います。感謝の気持ちでいっぱいです。

日本に帰ってテレビをつけると、日本代表とハイチ代表のサッカー国際試合が放映されていました。


国がないチベットは国際試合もオリンピックもない。貧しい国であるハイチでも国があるから国際試合に出場することができる。
国がないという現実をひしひしと感じました。
「Be The Change Project」の日本チベット学生会議がどれだけ意義のあることなのか、改めて感じました。

 

2017春のスタツア感想文⑤~ヒロくんの場合(デザイナー・東京)

 

僕が旅に出た理由は、不確かな未来を変えたいと願ったからでした。

スタディツアーから帰ってインドでの数日を思い返した時、谷川俊太郎の詩、「朝のリレー」を思い出しました。

カムチャッカの若者が
きりんの夢を見ているとき
メキシコの娘は
朝もやの中でバスを待っている
ニューヨークの少女が
ほほえみながら寝がえりをうつとき
ローマの少年は
柱頭を染める朝陽にウインクする
この地球で
いつもどこかで朝がはじまっている

ぼくらは朝をリレーするのだ
経度から経度へと
そうしていわば交替で地球を守る
眠る前のひととき耳をすますと
どこか遠くで目覚時計のベルが鳴ってる
それはあなたの送った朝を
誰かがしっかりと受けとめた証拠なのだ

「教育は世界を変える」という壮大なテーマを掲げたNPOに、二人で始まったスタディツアーも今では共感して参加した人達が100人を越える。
ダラムサラで見た、遥か遠くに見えたヒマラヤの頂も一歩一歩の確かな足取りで前に進み、いつか登頂するように、以前の参加者たちが一つ一つ実績を積んで進んできた場所から今回僕らはスタートし、また一歩前に進んだ。この場所から見た風景も、最初の一歩を踏み出した時に見た風景も、きっと同じ壮大な風景が見えたに違いない。

これからも10年、20年と続く支援活動に参加する人達が、どうか同じ風景が見えますように、壮大なテーマを信じて掲げ続け、歩をあわせて前に進んで、時には自身の確認のためにもまたあの風景を見たいと思います。

ありがとうございました。

オノウエヒロカズ

 

2017春のスタツア感想文④~かおりの場合(幼稚園教諭・東京)

 

2回目のスタディツアー参加。前回が終わった後から「また行きたい」とずっと思っていました。インドというよりも、私の頭の中にあったのはずっと「チベット」でした。

チベット亡命政府教育省とのミーティングの場面

チベットの人たちがもつ教育への思い。そして「教育は国の基盤を作る」という考え方。そこに強く惹かれ、再度その考え方に触れたいとずっと思っていました。このツアーは奨学生はもちろん、首相や教育省の方々などにも直接お会いできる機会があり、今回も自分にとって大変価値のある時間を過ごすことができました。
そして、そういった場で団体としての思いを伝え、笑顔で握手を交わしているこのレインボーチルドレンという存在に出会えたこと、ツアーに参加できたことを嬉しく思っています。

今回、特に印象に残ったのが「リーダー育成」という、ただ金銭支援だけではなく、学ぶ場を提供し、未来のリーダーを育てていきたいというレインボーチルドレンの思いでした。ツアー中、言葉では理解できても、なんとなく理解しきれていない部分がありました。帰国してからゆっくりと日々を思い返し、たくさんの言葉を拾っていくうちに、その思いや未来の姿がとても美しいものになり、自分も見ていきたい未来になりました。

 

デリーの奨学生たちとのワークショップの場面

今回は、その思いに繋がるワークショップというイベントがありました。参加をさせてもらった経験は、大きなものになったと感じています。特にデリーで行ったワークショップでは、内在しているそれぞれの思いを視覚化し、言語化していく作業を間近で覗かせてもらい、興味深かったです。言葉をうまく聞き取ることは難しかったのですが、奨学生たちから聞こえてくる言葉は「freedom」「equality」「education」といった言葉でした。そして「私達は・・」「アメリカは・・」「中国は・・」と自分の立場だけでなく、ほかの国のこと等が自分の言葉で語られている姿に惹きつけられました。日本の学生と一緒にやったらどうなるんだろう、他の国では・・と、たくさんの歴史や環境で生きている人たちがそれぞれ自分の目指す思いを確立しつつ、伝え合えられるような場があったら面白そうだなと、ふと思いました。

またワークを通して「彼らをサポートすることが未来を作っていく」そのことを改めて感じました。彼らの背景にある歴史は私には理解しきれないかもしれない。けれど、その歴史の上で生きてきた彼らの思いを支えることが、私には思いつかなかった方法で未来を明るく照らしていくことに繋がっていくのではないかと感じたのです。

自分がここで出来ることは何なのか、まだはっきりとは見えていませんが、たくさんの思いを抱かせてくれた今回のツアー。またインドに行くことがあるんだろうなと思っています。ありがとうございました。

ダラムサラのペトンスクールの子どもたち

 

 

2017春のスタツア感想文③~かよさんの場合(アーティスト・京都)

 

初めてのインド

ダラムサラでのダライ・ラマ法王に謁見、記念撮影初めてのツアーで何もしていないのにこんなことになって良いのか?と緊張や不安でいっぱいでした

物事は存在があって初めて認識されるけれども、どんな認識も単なる観念にすぎない あらゆる実体は空である
あらゆるマイナスの感情はどれも自分で生み出し、自分でそれを強めそれに苦しめられている
実体にとらわれず、悩みの裏側にある利己的な考えをなくす

というダライ・ラマ法王のティーチングでの内容を思い出し
緊張、不安などと自分で作りあげた観念に改めて気づき、そこから私の旅はスタートした気がします。

チベットの子ども

この旅で度々うちの子ども達の話しをしてきたと思いますが、私はずっと母親目線で見ていたような気がします。

サラ大学の奨学生、ペトンスクールの子ども達、スラムの子ども達
みんな自分が子育てをしている時に見てきた景色。自分の思い通りにはならなかった子育てを懐かしく思い出しました。
環境、文化、国が違っていても子ども達の学校での様子は日本と同じように見えました。

真面目に勉強してる子、話しを聞いてない子、サボっている子 …。
ワークショップの打ち合わせや教育省とのミーティングには体調不良で出席していないので、みなさんの感覚とズレているかもしれませんが、
ワークショップの意図を掴み考えることが出来ている子
わからずに友達に答えさせている子を見ていて
人々を引っ張るようなリーダーになってほしい気持ちはあっても、この中から出てくるのは1人?2人?だろうか

勉強が嫌いな子でも、たくさんの友人から信頼され日常ではみんなを引っ張っているかもしれない
いつ、どんな子がリーダーになるのかは
わからないんだよなぁと
これから先もワークショップなどを続け長い時間をかけて育み、待たなければならないことを感じました

スラムの子ども

スラムでは
学校を出ると、子どもを抱いた母親が
私達に笑顔で手を振ってくれました。
子どもが学校であった楽しかったこと、うれしかったことを話したのかな?子どもの喜びは母親にとっても喜びになる。

お金や夢、希望が持てない環境にいても
その気持ちは世界共通じゃないのかな?

子どもを働き手にしたい、教育なんていらないという母親達にも少しずつわかってもらえたらいいのにと感じました。
伝える方法は難しいことも…。

デリーの中心部の喧騒

いろいろなプロジェクトを通して
たくさんの人と出会い時間を共にして
ボランティアとは、現地の人達と価値観や文化の違いと折り合いをつけながら
少しずつ時間をかけて喜びと希望を共に作り上げていくことなのかな?と思いました。

身体の中をデトックスして
チベットの澄んだ空気、土地のエネルギーをたくさんもらって
デリーで人の生きていく力強いエネルギーを感じ
貴重な体験をたくさんさせて頂きました。
レイチルのみなさん、一緒に参加したみなさんに感謝しています。
ありがとうございました。

 

2017春のスタツア感想文②~つっちーの場合(インターン学生・インド)

 

今回のスタディーツアーでは、ミーティング、新しいworkshop、ダライ・ラマ法王様のteaching、面会など普段とは違う形で、メンバーの一員のように参加させていただき、深く感謝いたします。

私自身のボランティア活動で、学校に何回か訪問させていただいた際に、様々な困難な問題の話を聞いていました。今回のツアーで、『ボランティアは簡単じゃないな』と改めて実感しました。

チベット亡命政府でロブサン・センゲ首相と

【ダラムサラ】
チベットの教育省とミーティングの際に、レイチルが教育省の方々へ、レイチルの支援の仕方の説明・確認と共に、レイチルがどういう団体であるのかを強く伝えていて、いいなと感じました。レイチルの理念と違っていては、ボランティアをしている意味がなくなってしまうと思うので、レイチルの意思を強く主張する事は必要だなと感じました。

【新しいworkshop】
未来のリーダーを育成するにあたって、私たちレイチルもプロジェクトを通して、彼らが考え、モチベーションを上げる機会を作りながら、共にやっていくのがいいなと感じていました。その点にとても役立つのが、祥子さんとたて君のworkshopだと思いました。
奨学生の中には、以前からvisionがしっかりとある子もない子もいると思うんです。そこでこのworkshopを通して、モチベーションをupさせる事ができるのではないかと感じました。明確なvisionを持つに至らない奨学生に考える機会を与え、モチベーションをupさせながら、未来のリーダーになる可能性の奨学生たちを育成するのも良いなと感じます。

祥子さんとたて君のworkshopは、今の忙しい時代の中で、自分の将来(何をするべきなのか)を再確認する・または考える時間を作るのにとても適していました。私自身活動してみて、まだまだ考えが甘い部分があります。成功するには、自分のvisionに沿って計画をたてる事が重要になると思います。計画があってこそ、ぶれずにその道に進めると思うからです。ですので、私も自身のアイディアである、インドにレイチルの募金箱を置く事についても、計画をたて、準備をしてから取り組みたいと思います。

また、奨学生だけでやるのではなく、私たちレイチルもみんなで一緒にやるのも良いかもしれません。そうすれば改めて奨学生との交流が深まるのではないかな?と感じましたし、奨学生たちも私達を知るのに良い機会だと感じました。

【ダライ・ラマ法王様】
ダライ・ラマ法王様のteachingでは自分自身の心の成長に影響をもたらすと思います。以前から仏教には興味を持っていましたが、人生の教典として考え、奨学生と共に、自分自身の向上も図りたいです。

【デリースラムプロジェクト】
まず始めに、デリーのスラムの大きさに驚きました。ならば、アジア最大といわれるムンバイのスラム街は、どれぼど大きいものなのか、きっと想像を絶することでしょう。

デリー最大のスラムにある小さな学校に絵本のプレゼント

今回のツアーに参加して、最も難しい問題は、スラムでのボランティアではないかと感じました。現状を見ると、教室を作り、トイレを作り、学校らしい校舎を作りたいと思うのですが、自分の力ではどうすることもできません。
サンタン君を通して支援をする形となるこのプロジェクトで、私は何ができるのかもサンタン君とコンタクトを図りながら、できることから進めようと思います。

スラムの学校のリーダーであり奨学生のサンタンを囲んで

【まとめ】
ボランティアプロジェクトを通して、自分自身がインターン生として、どうやればより良くなるか、何が必要かも考えさせられました。
まずは知識ですね。インドの知識や社会状況はある程度知っているつもりですが、チベットに対する知識は薄いと感じます。まずはチベットの歴史から触れ、文化、仏教と知る必要があると感じました。奨学生さんたちの基本とする考え方が、チベット仏教に基づいています。自分も仏教に触れたいと感じていますし、そこから奨学生さんたちとの交流する機会が作れるはずだと思います。

今回のプロジェクトを通して、自分がやるべき事をたくさん発見しました。このボランティアを通して、困っている人の話に耳を傾け、奨学生さんたちやスラムの子供たちだけでなく、自分自身も一緒に成長することができたらと思っています。これが1年間の私の目標です。

貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。これからよろしくお願い致します。

インターン 土橋海緒

 

2017春のスタツア感想文①~たてくんの場合(大学院生・大阪)

 

私は、今回のスタディツアーに奨学生を対象にしたワークショップの運営という役割でスタディツアーに参加しました。そのため、もともとインドやチベットに対する強い想いや関心があったわけではありません。しかしながら、現地に足を運び、直接チベットの方と会話ができたこと、五感をフルに活用して感じたからこそチベット難民の方が抱える問題について理解したいという想いが出てきました。ツアー中の空き時間を見つけてはネットの記事や論文を漁り、歴史的な経緯などを知る中で、複雑で簡単には解決できない根強い問題があることを知りました。

サラ大学での奨学生ワークショップの場面

ワークショップでは、奨学生の描きたい社会として「freedom」や「right」というワードが非常に多く出てきました。民主主義社会でほぼ自由が担保されている日本社会ではあまり意識することがない言葉だからこそ強く印象に残りました。彼らが置かれている社会環境や、抱えている悩みや葛藤の一部を垣間見ることができたのは良い経験でした。
チベット問答では、彼らの持つ価値ある伝統文化の一端を知ることができて非常に良い場でした。教えてもらうだけではなく、日本が持つ伝統文化も彼らに伝えるようなワークショップも今後できればと思います。

ワークショップの中でのチベット問答の場面@サラ大学

また、個人的に衝撃的だったのが第1回目のワークショップが終わり、スタツア参加者で振り返りをする中で出てきた「もっと奨学生と交流したかった」という声です。今回のワークショップは”奨学生のための場”という意識が強く、他のスタツア参加者は二の次でワークショップのスタッフというぐらいの認識しか持てていませんでした。しかしながら、スタッフが楽しくワークショップに参加することは、他の奨学生の満足度を高めることに繋がるということ、今後の奨学生との継続的な交流に繋がること。こんな大切なことに意識が回っていなかったことは大きな反省でした。そこで、第2回のワークショップでの個人的な挑戦として「奨学生だけではなくスタツア参加者にも満足してもらう」というのを設定しました。それが上手く作用したのか第2回のワークショップでは奨学生だけではなくスタツア参加者も含めて満足度の高い場所にすることができたと思います。

デリーでの奨学生ワークショップで瞑想のワーク

全体を通して、まだまだ知りたいこと、チベットのためにできることを考えたいという想いが強くなりました。今後も継続的に関わっていければと思います。

 

2016秋のスタツア感想文⑥~ダイキの場合(大学生・千葉)

 

”前回と同じく、今回のスタディツアーも特に思い入れなどなかったです”

とは、言わせません笑

Rainbow Children Japanのインターン生として6ヶ月間、インドで活動させて頂いたダイキです。
今回はインドの二大聖地を巡る旅とも言われていたスタディツアーでしたが、僕にとってインターンを締めくくる大事な節目として過ごした時間でもありました。

それでも尚、ヴァラナシやダラムサラでの過ごした時間は、人々の信仰を垣間みることを通して自分と向き合うことが出来た必要な時間であったと感じています。そして、またアイニイキマス。

写真①《火葬場の”生”》
写真①《火葬場の”生”》

中でも特に印象的だったのは、火葬場と、「生」と「死」が隣り合わせの中で生活しているヴァラナシの人たち。
街では数人で死体を担いで吸い込まれていくように火葬場に向かう人たち。
ガンジス川のすぐ隣で火葬することを仕事にしている人たち。
火葬を見守っている親戚と思われる人たちとただの野次馬と思われる人たち。
沐浴をしている人たち。
神との一体化をするために祈る人たち。

「死」は「生」と表裏一体であることは自明ですが、
それが違和感なく存在しているのがここヴァラナシであり、ヒンドゥー教徒の聖地である。

写真②《ガンジス川と》
写真②《ガンジス川と》
写真③《寄り添う》
写真③《寄り添う》

デリーで、ダラムサラで、そしてスタディツアーでは会えなかったインド各地にいるチベット奨学生には本当に多くのことを学びました。インターンの締めくくりとして、デリーとダラムサラでは感謝を表す言葉でしか表現出来なかったです。ですが、これからは彼ら・彼女らから吸収した一つ一つの出来事をまずは日本にアウトプットしていきたいと思います。

写真④《ヴァラナシの夕焼け》
写真④《ヴァラナシの夕焼け》

p.s.
今思い返すと、インドへの入り口はRainbow Children のインターンが最初ではなく、
高校生の時に聴いていた映画Little BuddhaのOSTでもある坂本龍一さんの”faraway song”で、
まさか自分がインドに行くなんて微塵も思ってもみなかったです。やはり自分も”呼ばれて”いたのでしょうか。これを聞くと何故か心が落ち着くのは僕だけでしょうか。是非、聴いてみてください。

それではまた。

 

2016秋のスタツア感想文⑤~はるかの場合(ヨガインストラクター・東京)

 

私はヨガをインドで修行しているので、インドには頻繁に行っていますが、デリーのスラムに行ったりチベットの首相や学生と交流することは、今までのインドとはきっと違った体験ができると思い参加しました。

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ツアーは思った以上の詰め詰めなスケジュールでハードでしたが、石川代表が2週間で1ヶ月くらいの濃い体験をするでしょうという、始めの予言めいた発言が耳に残りました。

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始めて行くバラナシはとても印象的な街でした。不浄の地とされる反対岸にあるマザースクールにも訪問しました。真剣な眼差しで勉強する子ども達とボランティアで学校の運営されている人々の姿が清々しく美しいと思いました。

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次の予定はデリーのスラム訪問です。正直言ってインドのスラム、どんな汚さ?カオス?想像を絶するものになるだろうと予想していましたが、実際はその逆で、そこには普通の人々の暮らしがありました。学校へ訪問し感じた事、それはここの子ども達も純粋さでした。そこには希望と喜びがありました。

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次の日にはダラムサラへ移動し、ペトンスクールを見学に行き、環境問題、コンピュータ、各授業のレベルの高さに驚きました。

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サラ大学の学生達にいつかチベットに帰りたい?と聞くと皆即答、「absolutely!ぜったいに!」と声を揃えて目を輝かせていたのが印象的でした。チベットからついこないだの冬に亡命してきた学生もいて、彼らのバックに雄大なチベットの大地が見えたような気がしました。

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センゲ首相もチベットの若い世代の教育を最優先に考えているとおっしゃっていました。高い水準の教育により、各分野に強いリーダーを育て、言語の保存をすること、アイデンティティを確立することが、チベットの存続に繋がり、いつの日か独立へ、という思いは首相から学生達へ思いが完全に一致していて、揺るぎない可能性を感じました。

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未来のリーダーを育てることがチベットの未来へ繋がる、レイチルの奨学生支援やその他の活動の重要性を知り、新しい視点を得る事が出来た旅となりました。

Haruka Tara

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