規模は世界一!? ラダックで祝うダライ・ラマ14世の誕生日

 

毎年、7月6日はチベット仏教を信仰する者にとって重要な日であります。

チベット仏教の最大の指導者であるダライ・ラマ 14世の生まれし日。世界中で多くの人々が集い、法王さまの誕生日を祝います。

 

ここラダックでも同じです。チベット本土で法王さまの誕生日を公式に祝うことが禁止されている今、むしろラダックは世界で最も盛大に祝うといっても過言ではないかもしれません。

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ラダック中から人が集まってきます

今年は、残念ながらチベット本土だけではなく、ネパールでも7月6日の記念式典を公式に祝うことがネパール政府によって禁止されてしまいました。

詳しくはこちら→ 強まるチベット難民への弾圧ーダライ・ラマ生誕記念式典も中止に

 

「Yuka 、7月6日までは絶対ラダックにいてね!」

ラダックでの記念式典は特別なんだそう。ステイ先のお家にもインド各地から親戚が集まってきて、一層にぎやかに!

前日からチベット人学校で法王さまの誕生日を前に、コンサートがあったり、ケーキを焼いたり、当日の飾り付けをしたり大忙し。

そして迎えた当日。

朝からワクワクする気持ちが町中に溢れ出しています。

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屋根のタルチョもこの日に新しくします。

みんなチュパを着て、おめかししてでかけます。私ももちろんチュパを着せてもらいました。

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チョグラムサルには、法王さまがラダックにいらした際にステイされる小さな宮殿があります。そのまわりには大きな広場が広がり、そこにラダックじゅうから人が集まってくるのです。

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法王さまが宿泊される宮殿

親戚や友人、ご近所さんとたくさんの人がテントにやってきてはチャイを飲み、おしゃべりし、法王さまの生誕を祝います。

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広場にはたくさんのテントが並びます。

 

チベット人、ラダック人ともに心からこの日を楽しんで、法王さまを想う姿に、私の心も満たされていました。

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また一つ、チベットにとって大切な日を迎えられたことをとても嬉しく思います。

 

どうか信仰の自由がここインドで守られ続けますように。

 

行けるかどうかは運次第!? 世界最大の仏教僧院 ラルンガルゴンパ

 

東チベットに位置するラルンガルゴンパ(喇荣五明佛学院)は、世界で最も大きな仏教僧院群と言われています。

1980年代に、一人の高僧ケンポ・ジグメ・プンツォクがお寺を建設しました。仏教学と瞑想のためにラルンガルゴンパを建てた師の元に多くの僧尼が集まり、次第に巨大な僧院となっていったのが、ラルンガルゴンパの始まりです。

ケンポ・ジグメ・プンツォク逝去後も、1万人を超える僧尼が暮らしています。

 

東チベットを旅する旅行者のほとんどは、このラルンガルゴンパを目指して旅をしていると言っても過言ではありません。ですが、中国政府によって度々規制がかかり、今年は6月からラルンガルゴンパへの外国人及び外国メディアの立ち入りは全面的に禁止されています。

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中国政府は、ラルンガルゴンパにいる1万人の僧尼の数を半数の5千人にすると発表しました。さらに、5千人分の居住空間を残して、その他の住居は取り壊されることも決まっています。

これらが外国人締め出しの理由になっています。

(International Campaign for Tibetより)

今年9月にはチベット自治区ラサ地方から来ていた僧尼の退去が余儀なくされました。悲しみにくれる尼僧のビデオが届いています。

今後さらにラルンガルゴンパを追われる僧尼の数は増える一方だと予測されます。

 

ラルンガルゴンパのみを故郷としてきた数千人の僧侶、尼僧たちが、新たな場所で仏道を実践していくことは大変困難です。

2000年代初めに取り壊された際に、ラルンガルゴンパを後にした僧侶たちが、成都などで物乞いしている姿も報告されています。中国政府がチベット全土の多くの僧院を操作しているため、新しく僧院に入ることができないことが問題となっています。

 

中国政府によって破壊された寺院は復興の一途をたどり、信仰の自由を取り戻しているという情報もありますが、果たしてそれは真実なのでしょうか。

 

ラルンガルゴンパの現実もさることがなら、他地域の寺院でも「ダライ・ラマ」という言葉を発することさえできない僧侶に何人も会いました。

 

私が東チベットを旅行していた8月も、ラルンガルゴンパへ外国人が入ることは禁止されていました。東チベットを旅行する目的の一つでもあったラルンガルゴンパに行くことは絶望的と思われたのですが、先に入っていた旅行者の情報があったこともあり、運良く入ることができました!

 

丘から見下ろすと目の前に広がる圧倒的な僧院の数。

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丘からの眺め

 

一見、何事もないかのように見えますが、手前の一角で取り壊しが始まっていることが確認できます。

 

今日現在、国連人権委員会やStudent For a Free Tibetなどのチベットをサポートする団体を始め、ラルンガルゴンパを守るための活動が盛んになってきています。

一人でも多くの方に、チベットで起きていること、ラルンガルゴンパで起きている現実を知っていただければ大変嬉しく思います。

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ラルンガルゴンパの夜景 Photo credit by Hiroki Tanikawa

 

ラルンガルゴンパの存続、信仰の自由が守られることを祈りつつ、建設的な議論の場が持たれることを心から願っています。

 

ラルンガルゴンパ、チベット人の信仰の自由を守るための署名もよろしくお願いいたします!
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インドのチベット 秘境ラダックに行ってきました!

 

Tashi Delek! (チベット語でこんにちは)

インターン1期生のゆーかです。

インドでのインターンが終わり、ラダック、チベットの旅にしばらくでかけていました。一部ではありますが、ラダックやチベットの様子をお届けできたらと思います!

 

さて、ラダックがどこにあるかご存知でしょうか。

ラダックは、インドの最北、ジャンム・カシミール州に位置し、厳しい自然環境のなかにあります。

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8世紀頃にチベット本土からチベット系民族がラダックの地に流れ込み、チベットの文化を守りつつラダック王国として栄えてきたという歴史があります。

 

私は、本土チベットよりもチベットらしさが残っているとも言われてるラダックに行ってみたくて、陸路が開通する夏の合間を狙ってデリーから計30時間以上のバス旅でラダックまで行ってきました!

 

ラダックへは空路と陸路(夏の3ヶ月のみ開通)の二つの選択肢があります。私はお金のないバックパッカーなので、もちろん陸路でラダックの中心地、レーまで向かいました。

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デリーからマナリはVOLVOバス(インドでは快適な高級バス)なのですが、マナリからレーは乗り合いジープでの過酷な道のり。断岸絶壁、未舗装の道を飛ばしていきます。

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雪の上も川のなかもおかまいなしにジープは進んでいきます。

 

 

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もう二度と通りたくないほど過酷すぎる道ではありますが、こんな世界があるのかと寝る間も惜しんで景色を眺め続けた私でありました。

 

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マナリを出て、20時間ほど経ってやっと平地になりました。

 

標高5000メートル以上の峠をいくつも越えて着いたはチョグラムサル。中心地レーの近郊にあるチベット人が多く住む小さな町です。

 

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ステイ先のお家。チベット人、ラダック人のお家の屋根にはタルチョがあります。

マナリ→レー間は高山病に苦しむ人が多いなか、どういうわけか高山病にもかからず、元気にチベット人の友だちの実家に着いたことにまずほっと一安心。

 

水道もインターネットもたまに電気もない生活の幕開けです!

 

 

ゆうかのインド奮闘記 まとめ②

 

レインボーチルドレンでのインターンを語るにははずせないチベット。

最初にこの国を知ったのはいつだったでしょうか。

 

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恥ずかしながら数年前までは、チベットがどこにあるのか、
どんな人が住んでいるのか、全くもって知りませんでした。

 

それが今は、チベットに惹きつけられて仕方がない。

 

もともとはアフリカ一筋だった私。
アフリカを想うとワクワクする。

チベットを想うと、心が穏やかになる。
向き合わなければ…という想いに駆られるのがチベット。

 

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チベット人の学生たちと関わる中で、彼らの夢や勉強にかける想いを知りました。なんと真摯に祖国チベットを思って夢や人生をかけていることか。

 

「国」という概念を改めて考えるようになったのは、紛れもなく彼らがいたから。

チベットを政治的、文化的、教育的、様々な方面から支えようと尽力している大人や若者に出会う度に、胸を打たれました。

 

時には、チベット人としてのアイデンティティを守り抜こうとする葛藤や苦悩する姿を隣でみて、どれだけその苦悩を思っても、私は核心には近づけないことにはがゆさを感じることもありました。

いっそ私もチベット人だったら、もっと理解することができるのではないか…と思うこともありました。

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しかし同時に、日本という国、文化、そして日本のこれからを考えるようになったのも事実。

 

一日本人として、日本を背負っていく責任がある。

日本人だからこそ、チベットに対してできることがある。

 

一つ一つの出会いや交わした言葉、過ごした一瞬一瞬から、
今、そう思えます。

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私にとって、

チベット文化はもうどこかアジアの文化ではなく、

チベット人はもうどこか知らない国の人ではなく、

チベット問題はもうどこか遠くで起きていることではなく、

 

チベット文化は美しい国の尊い文化であり、

チベット人は大切な友人、そしてその家族であり、

チベット問題はいまこの瞬間も友人たちが抱える現実です。

 

 

今後チベットにどのように関わっていけるのかはまだわからないけれど、私なりのかたちでずっとチベットに関わっていけたらと思っています。

 

そして、この夏にチベット文化が色濃く残るラダック、そして本土チベットにも行ってきたので、現地の様子もまた少しづつアップしていきたいと思います!

 

最後になりましたが、レインボーチルドレンの皆様、心配をかけながらも温かく見守ってくれた家族と友人、インドでお世話になったたくさんの方々、心より感謝申し上げます。

 

 

 

ゆうかのインド奮闘記 まとめ①

 

ナマステ〜

お久しぶりの元現地インターン、ゆうかです。私の任期は終了したので、今日は日本から更新します!

現在は同じ大学の友人ダイキがインドで絶賛奮闘中です。灼熱のインドに負けず、頑張ってる様子はこちらから!(ダイキのGo!インドMyWay

 

さて、インドから帰ってきて早くも3ヶ月が経とうとしています。でも未だにフラッシュバックするインドでの生活。

 

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けたたましいクラクション。

どこにでもいる牛たち。

道端のおじさん、おばさんとの他愛ない会話。

どこかスパイスの混じった埃っぽい匂い…

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ほんとに小さな日常が私の中に刻み込まれていたことを改めて感じます。

 

昨年の9月にインドに来たときは、この非日常の世界に溶け込むことができるのか不安でいっぱいでした。けれどいつの間にか、あの非日常が私の日常になっていたのだと日本に帰って改めて思います。

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振り返ればあっという間の半年間。

悔しい想いもあります。もっとやれることはあったのではないかと思うこともあります。

 

でもやっぱり、楽しかった。

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スラムの子供たちと過ごした過ごした時間。

 

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日々深まるインドやチベットの知識。

 

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かけがえのない出会い。

 

この半年間、思うようにはいかなかった。
そこはやっぱりインド。いま必要なことにしか道は拓かれない。

 

いま進めるべきプロジェクトではないと言っているかのように、前に進めることができない理由が突如として現れる。

 

一方で、進むべき方向には吸い込まれるようにして道が拓ける。

 

だから偶然か必然かたくさんの出会いがあり、困ったときは救いの手がそこに差し伸べられていました。いつも守られていることを実感したそんな半年間でした。

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まとめ②に続きます。

 

ゆうかのインド奮闘記⑧ チベット人学生との交流からふと思う

 

ナマステ!現地インターンのゆうかです。

先日、サラ大学に一週間ほど滞在し、レインボーチルドレンが支援する学生たちに会いにいきました。

サラ大学(College for Higher Tibetan Studies)とは、ダラムサラの麓に位置するチベットの文化や言語、宗教を次の世代へ継承していくために創設された大学です。

実際にチベット本土から亡命してきた人も学生のなかには数多くいます。

 

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学生との面談や教員の方々との雑談、放課後の何気ない交流などを通して、チベット社会がさらに深く見えた日々。今日は、サラ大学での滞在を通して感じたことを綴ります。

 

 

”家族にも伝えず、国を離れてきたこと”

「国境を越えたときに初めて家族に連絡できた」

 

”追いかけてくる親を振り払ってまで、山を越えたいという意思”

「教育を受けたい、チベット語を学びたい。ただその一心だった」

 

”死と向き合わせで越えたヒマラヤ” 

「いつ中国政府に見つかってしまうかわからないその恐怖で、凍傷しかけた手足に気付いたのは国境を越えた時だった」

 

”親や兄弟がまだ投獄されていること”

「家族とは1年に一度連絡が取れたらいい。話したいことはたくさんある。けれど、今どこにいるかさえ伝えられないんだよ」

 

 

彼らと交わす言葉一つひとつが胸に突き刺さる。

本やドキュメンタリーを通して知っていても、実際に学生から聞くことはまた異なる重みがありました。

この短期間に彼らが歩んできた人生を十分に受け止められる自信など到底なく、彼らの発する言葉一つ一つにただただ全身全霊で向き合うことに集中していました。

学びに対する熱い想い。

チベットの文化を守りたい。その一心で勉学に向き合う姿。

心から彼らを敬う想いを抱いてやまない。同じ学生として触発されて仕方ない。

 

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彼らの私生活にも驚きました。

空き時間には何をしているの?と尋ねると、

「詩を読んでいる」「詩を書いている」

そんな答えが多くの学生から返ってくるのです。

 

「IC(Identity Certificate)はただの名前が書かれた身分証明書であり、自分の国はどこにも記されない。無国籍と書いてあるだけ。この地球に生まれたのに、どこにも属していないかのような感覚をもつことがあるんだ。」

 

そんな胸中を明かしてくれた学生もいました。

彼も日々、詩や物語を書いているそうです。

内に秘めたこの溢れんばかりの想いを外に吐き出す手段の一つが詩なのでしょうか。

 

いつか彼らの紡いだ言葉に触れてみたい。

いつか彼の書く物語を読んでみたい。

サラの学生は言葉で伝えることに長けた学生が多いことに気づきました。ただ話している時でさえその情景が目に浮かぶ言葉の豊かさ。

失われようとしているチベット、チベットの言葉、文化がこんなに豊かに彼らの中に生きているということ。

 

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本土では日に日に弾圧が強まり、チベット語を学ぶ機会はほぼありません。チベット語を話すだけで、罰金を払わなければいけない地域も存在します。こうした状況に焦りを感じながらも、こうして前に進もうとしている学生がいることが何よりもの希望です。

 

彼らがいかにチベット社会にとって貴重な人材であるのか、チベット社会のことを深く知るようになり改めて感じています。

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Tsewang Lhundup

 

  • 中央チベット出身。8人兄弟で、2010年に母親が亡くなったため、現在は父親が家族といる。農業をしている。
  • 1999年に亡命を試みたが、中国政府に捕まってしまい4ヶ月間投獄された。当時家族は彼が亡命を試みていたことは知らなかった。そして、2003年に再び亡命することを決意。今回は家族にも伝え、サポートを受けた。教育をうけることが亡命の目的だった。
  • 出身地域は田舎で、寺院には仏教を学べる環境はなく、お葬式などの行事のときのみ機能していた。寺院には12~13人の僧しかいなかった。仏教哲学などを学びたいと思っていたが、チベット本土でそれを学ぶには3つのメインの寺院に行かなければいけない。しかし、中国の支配下にある以上そこで学ぶことも難しかったため、インドへ。
  • 亡命後は、TCVスジャに少し通い、インドにある3つのメインの寺院の一つであるバラコビの寺院に移った。2003年から2014年までそこで学び、学士と同等のコースを卒業。インド政府下の寺院の学校で、若い僧たちにチベット語を教えていた。サラ大学でチベット語をより深く学ぶことで、小学校以上の子どもたちにチベット語を教えられるようになりたいと思い、進学を決意。
  • サラ大学を卒業後は、マスターコースに進みその後は教師に戻る予定。
  • 空き時間は、読書をしている。文学を読むことが多い。

ゆうかのインド奮闘記⑦ デリーの大気汚染

ナマステ!

現地インターンのゆうかです。

 

先日ダラムサラからデリーに帰ってきました。

雪のヒマラヤと美味しい空気、そして青い空。

ダラムサラでは、豊かな自然を十分に堪能してきました。

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そして、デリーに戻ってびっくり。

なに、この空気の不味さ!くすんだ空の色!

最近、デリーの大気汚染は悪くなる一方です。

 

 

世界保健機構(WHO)の調査によれば、ニューデリーの大気が最も汚れているとの結果が出ています。

しかし、PM2.5の濃度が危険なレベルを超えても、ここインドにはそれに対する警報などは特にありません。

深刻な大気汚染問題が続く中国北京でさえ、先日「赤色警報」が出されたというのに、それを超す数値がでても普通に人々が外を歩いているのがデリーの現実です。

 

実際に、大気汚染が原因の肺疾患などでデリーでは年間1〜3万人の人々が亡くなっているとの調査結果もでています。

 

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私もデリーに住んで4ヶ月。

深呼吸すらできない状況下で、肺がどんどん悪くなっていくのを感じています(冗談じゃないですよ!)。

 

先月、国外からデリーに遊びに来てくれた友人たちがいたのですが、到着して数時間後には必ず咳き込み、のどに炎症を起こしていました。

そんな彼らの姿を見ると、いかにデリーの大気汚染が深刻か、そして私も含めデリーに住む人々がいかにその状況に慣れてしまっているのか、ということに改めて気づかされました。

 

デリーで最後に青空を見たのはいつでしょうか。

 

 

インド政府も、車のナンバープレートに記載された数字をもとに運転できる車の制限を行ったり、ディーゼル車を規制したりと対策をしているようですが、ただでさえデリーの人口と比例していないバスやメトロの本数から考えても車を規制することは現実的な策ではないように思います。

 

ですが、殺人的な大気汚染とも言われるこの状況で、政府の早急な対応が求められていると同時に、デリーに住む人々も自発的に気をつけていかなければいけないですね。

 

デリーで青い空が見えるのは、いつになるのでしょうか。

澄んだ空ときれいな空気が恋しいです。

 

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ゆうかのインド奮闘記⑥ 教育省主催リーダーシップワークショップ

 

新年あけましておめでとうございます!
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

現地インターンのゆうかです。
今年初めての投稿はダラムサラからお届けします!

 

ここは小チベットとも言われていて、チベット亡命政府やダライ・ラマ法王の寺院などもあり、たくさんのチベット人が住んでいます。

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少し雪をかぶったヒマラヤと豊かな自然に囲まれて、ほっと一息できる街。個人的には、好きな街ベスト3に入るくらい大好きなところです。

 

 

そんなダラムサラで、年末年始にかけてリーダーシップワークショップが行われていたので、少し参加させて頂きました!

これは毎年、チベット亡命政府・教育省が主催しているワークショップで、高校1年生にあたるチベット人の学生たちがインド、ネパール各地から集まります。

参加人数は約300人。

各校のトップの学生たちが参加しています。

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レクチャーはロブサン・センゲ首相やチベット仏教の高僧、Voice of Tibetのジャーナリストなど各界を先導する方々によって行われ、朝から夜まで様々なアクティビティが8日間続きます。

リーダーシップとは何か議論したり、亡命政府を訪問したり、チベットの状況や中道アプローチに関して学びを深めたりすることは、次世代のリーダーとなる学生の視野を広げる機会となっているようです。

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学生たちの積極的に参加している姿が印象的でした。レクチャーのあとは競うように手が上がり、内容の濃い質疑応答が繰り返されています。

また学生によると、普段接点のない他校の学生と共同生活することも刺激となっているようでした。

レクチャーのあとにはバスケットボールやサッカーの大会もプログラムに組み込まれ、賑やかな声が響いています。

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チベットの人々がチベット社会や言語、宗教、そして次世代を担う若者たちに対して働きかけている姿を見ると、色んな想いが込み上げてきます。

チベット社会を構成する一つひとつの要素に対する敬い、
それを守り抜こうとする想い、そしてそれを発展させる行動。

ここダラムサラにチベット社会があることも、
決して当たり前のことではなく、多くの人々の努力と
ダライ・ラマ法王の想いがあったから。

大人たちの期待と努力、そしてそれに必死についていく若い世代。

過去から未来へと着実に受け渡されているものがあることを実感しました。

ゆうかのインド奮闘記⑤ インドのド派手な結婚式

 

ナマステ!

レインボーチルドレンのインターン生、ゆうかです。

デリーは、すっかり冬の季節になってきました。まさかインドがこんなに寒いなんて… 完全になめてました。笑

 

さてさて、インドでは肌寒くなってくる11月後半からあるイベントシーズンが到来します。

 

そう、結婚式です!!

 

インドでは暑い夏が過ぎると、結婚式のシーズンになるのです。週末になるとどこかしらで結婚式が行われ、サリーやアクセサリーなどを買い込む人々を街中で見かけます。

 

私の周りでも4組ほどこの2週間の間に結婚式を挙げました。近くに住んでいるから、こないだ一緒にあそんだから、なんて理由で招待して頂けます。

 

インドの結婚式は、基本誰でも参加OKなんです。

 

「タダ飯したかったら、結婚式にいけ」なんて言葉があるくらい誰でもWelcomeなインドの結婚式。

今回は、初めて参加したインド式結婚式について書いてみたいと思います!

 

今回は、同じ大学の知り合いのインド人の従兄弟の結婚式に参加してきました!

本来インドの結婚式は、一週間にも渡って行われるそうですが、最近は2日間に短縮されることが多いんだとか。

 

1日目は、新郎側の親族、友人たちが100名ほど集まりパーティーです。私も自前のサリーを着ました!

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会場の真ん中に設置されているステージで、参列者が次々とダンスを披露します。

 

結婚式にきたのに踊らないのはルール違反だ!とばかりに、私も当日練習のダンスを披露するという惨事に合いました。泣きたかった。。

 

ステージ上でのパフォーマンスが終わったら、今度はDJとともにダンス!ダンス!!ダンス!!!

ダンス

老いも若きも関係ありません!みんなが一緒に踊ります。

勝手に休憩取っていたら、強制的にフロアに連れ戻されてしまいます。私はもうダンスいいのーー!とか言っても誰も聞いてくれませんでした。

 

二日目は、朝から女性陣は真っ赤なサリーやバンジャビドレスを着て、結婚式前の儀式です。

赤サリー

 

なにやら真面目に儀式を進行している男性陣。

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その横でぺちゃくちゃおしゃべりに花を咲かせるおばさんたち。

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突然歌い始めるおばあさんたち。踊る子供たち。

 

なんなんだこのまとまりのなさ!!大事な儀式じゃないんかーい!

意味もなく、一人であたふたしておりました。笑

 

そして日が暮れると新郎は白馬に乗って結婚式の会場へ。そのまわりで踊り続けるインド人。

新郎

インドの結婚式は、約4年分の年収をつぎ込むと言われています。それくらいしないと「あいつの結婚式はショボかった」なんて死ぬまで言われてしまうそう。

 

だからとびきり派手に、そして騒がしく、けれどみんなで楽しみ尽くす結婚式はインドらしさ満載です。

エントランス

素敵なライトと美味しいごはん、そしてまたまたダンス!と存分に楽しんでいって欲しいという新郎新婦の家族の想いに溢れた結婚式でした。

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二日間踊り続けた私は、どっぷりインド文化に触れたと同時にかなりの疲労感が残りました。笑

でも楽しかったなぁ。

 

1週間後は、ステイ先のお兄さんの結婚式。まずはエネルギーチャージしなくちゃ!!

 

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