【Nepal project その後 & Kid’s camera project in Pokhara②】

 

(レポート:副代表 三村優子)

今回、ネパールでもう一箇所、新たに訪問した場所がありました。
それは、首都カトマンズから西に約200kmの、標高800m地帯に位置するポカラ。
白く輝く山群の峰々、美しい湖が織りなすこの街は、ネパール屈指のリゾート地、トレッキングの基地でもあり、海外ツーリストにも人気のピースフルな場所です。

カトマンズより小型のセスナで約25分、陸路ならバスで5〜6時間です。
雲の上にそびえ立つ、美しい峰々を見ながら

ここポカラには4つのチベット難民キャンプがあり、その中のひとつ、Tashi Palkhiel Tibetan Refugee Campを訪れました。

心地好い陽気の中、タルチョがたなびくピースフルな場所
高台からはモナストリーが見えます
ヤギともよくすれ違います
カトマンズとはまた違う、大自然に囲まれたポカラ

当時、ガイドを務めてくれたひとり、Menkyiは今や一児のママとなり、ご主人の実家に帰省しているところでした。

とてもしっかりしていたミンキー、包容力たっぷりのお母さんの表情になっていました。
温かいファミリーのお宅でホームステイ。そして徒歩1分のところにあるMount Kailash Schoolを訪問しました。
1963年に創設された緑に囲まれた学校。

現在は、わたしたちも地震の後訪れたSnow Lion Foundationが管轄しています。

グラウンドからは魚の尻尾を意味する雄大なマチャプチャレが見えます。

空気を少しお届けします。

この学校には、7つのクラスがあり、下は5歳から上は16歳まで、全部で136名の子どもたちが通い、約7年で卒業します。

学校にはホステルも併設され、そこにはムスタンやマナンなど山間部の僻地に生まれて通学が困難な子供たち68名が暮らしているそうです。

チベタンスクールですが、ネパール人の子どもも一緒にチベット語やネパール語、英語を学んでいます。

翌日から試験が始まるとのことで、先生は準備の真っ最中
ここネパールでも教育についてはインドのチベタンスクールと一貫した考えで、伝統教育と近代教育のどちらも取り入れた教育を行なっています。

今回ポカラを訪れた1番の目的は、キッズカメラプロジェクトの次の候補校を探すためでした。

ネパールではすでに、震災の被害が大きかった、カトマンズにあるSRONGTSEN BHRIKUTI BORDING HIGH SCHOOLの生徒会へカメラを10台寄贈しています。@2015秋スタディツアー

自然豊かなポカラで育った子どもたちの撮る写真は、きっとまた一味違ったものになると確信し、友人のサポートのもと、校長先生にプロジェクトの提案をさせていただきました。

すると、写真部やカメラの課外活動のようなものは特にしていないけれど、子どもたちはいつも写真を撮ることに興味があり、このプロジェクトは子どもたちにとってとても幸せでありがたいことだと大賛成していただきました。

校長先生のTenzin Woser先生。

とても紳士で優しい先生です。

翌日から始まる試験に備えて、子どもたちは帰宅していたので会うことはできませんでしたが、
このあとTenzin先生が10名のキッズフォトグラファーを選出し、報告いただけるお約束になっています。

キッズフォトグラファーが決まったら、またポカラを訪れたいと思います。

来月はいよいよキッズカメラ初の写真展イベントin横浜
そして今年は、写真コンテストにも挑戦していきたいと思っています。

引き続きこのプロジェクトも温かく応援していただけると嬉しいです!

キッズカメラプロジェクトについて
↓↓
http://rainbowchildren.holy.jp/kidscamera

 

【Nepal project その後 & Kid’s camera project in Pokhara①】

 

(レポート:副代表 三村優子)

2017春のインドでのスタディーツアーを終えて、1年半ぶりとなるネパールへ向かいました。

まず最初に向かった先は、首都カトマンズ。
2015年4月25日に発生したネパール地震の際、レインボーチルドレンが緊急支援を行なった首都カトマンズにあるジャワラケルキャンプのことはまだ記憶にも新しいことかと思います。

ネパール地震発生直後のキャンプ

2015秋のスタディツアーで訪れたときは、復興ままならぬネパールに追い打ちをかけるかのようなオイルショックまっただなかでした。


この時、地震直後よりキャンプのガイドをしてくれたリンジン・ミンキー・ドルマと再会しました。

地震で痛々しくひびが入っていたボーダナートのステューパは、再建されとても美しく生まれ変わっていました。朝も夜もこのステューパの周りでの多くの人々のコルラ(巡礼)が行われています。

昼のステューパ
夜はライトアップされ、漂うお香の香りと、マントラの響き、多くの巡礼者と共に

今回の2017春スタツアでは、デリーでの奨学生ミーティングでこのキャンプ出身であるペマちゃんと再会した翌日、ペマちゃんの実家を訪れ、懐かしい家族と笑顔の再会を果たしました。

2017春スタツア、デリーでの奨学生ミーティングにてペマちゃんと
久々の再会、ペマちゃんファミリーが温かく迎えてくれました。

チベタンラグのチャリティ販売企画で携わった、ペマちゃんママが働くハンディクラフトセンターは、倒壊の診断を受けたのち、取り壊しが始まっていましたが、今やすっかりとさら地になっていました。

その代わり、仮設の工場で今もお母さんたちが元気に機織りしているとのことでした。

ペマちゃんのパパとママ。

ふたりともお元気そうでなによりでした。

ペマちゃんママお手製のポテトモモをご馳走になりました。

そして、ペマちゃんの妹が通うAtisha schoolの仮設校舎は、今や新校舎に変わり、子供たちは元気に学校に通っていて、当時のガイドをしてくれたひとり、ペマちゃんのお姉さんRinzinは今もこの学校で先生をしているとの嬉しい報告がありました。

つかの間の訪問ではありましたが、この一年半での復興への道のりのひとつひとつの軌跡を垣間見ることができました。

 

「復興への願い、伝統のはたに織り込んで」

 

7月8日、私はカトマンドゥ市内のチベット難民居住区にある機織り工場、Jawarakehru Handcraft Center (JHC)を訪れました。チベット難民の女性たちが、チベタンラグと呼ばれる伝統的なラグを生産している現場です。1年前、レインボーチルドレンを通して10名の日本人がチベタンラグを注文してくれ(日本より合計20枚)、1年がかりで制作されたラグが、先日彼らの手元に届きました。この日はそれぞれの購入者が伝えてくれた使用の様子や喜びの声を、生産者であるチベットの女性たちに届けに行ったのです。

JHC 門
JHC 門
JHC 門看板
JHC 門看板

 

工場に入った時、通路を挟んで2列に並べられた織り機の前で、20名ほどの女性たちが機織り作業をしていました。人の背よりも高い機織り機、床に転がった色とりどりの糸玉、糸を織り込む規則正しい音、職人の仕事場の匂い…その場にある全てのものが特別な雰囲気を醸し出していました。それでいて、不思議と心が落ち着いたのを覚えています。

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購入者からのメッセージをまとめたスライドを見せる時、女性たちは作業を中断して私たちの周りに集まってくれました。案内をしてくれたレインボーチルドレンの奨学生ペマと、工場のマネージャーがチベット語で説明してくれます。購入者の自宅に敷かれたチベタンラグの写真を指差したり、メッセージの一言一言に聞き入って笑顔で拍手をしてくれたりする様子を見て、私も温かい気持ちになりました。

ペマによる説明
ペマによる説明

 

  • 説明に使用したスライド(クリックするとポップアップした画面から矢印でスライド閲覧できます)

 

実は、現在女性たちが作業をしている場所は仮設工場です。2015年4月にネパールを襲った大地震は、チベット難民キャンプの産業を支えていた機織り工場に甚大な被害をもたらしました。地震によるダメージで建物は倒壊寸前となり、危険すぎて中に入れない状態になりました。チベット難民を冷遇するネパール政府は、チベット難民キャンプに一切の支援をしていません。海外からネパールに集まった災害寄付金や物資も、チベット難民の元には全く届かないのだそうです。
「自分たちで生活の糧を確保するしかない」と、女性たちは危険を承知で工場に立ち入り、20数台の機織り機を持ち出したといいます。

毛糸(紡績中)②-min 工場内-min 工場内⑤-min 工場内③-min

本来の工場は現在、取り壊し作業が進んでいます。取り壊しにかかる資金は、工場自体の廃材を建設業者に売って捻出している状況で、立て直しにはさらに約6,000万円がかかります。金額が大きいこともあり、資金集めは想像以上に難航しています。いつ本工場を再建できるのか、見通しは全くついていないといいます。

倒壊したメイン工場
倒壊したメイン工場
倒壊したメイン工場 サイドから
倒壊したメイン工場 サイドから
取り壊し中の工場
取り壊し中の工場

 

どの女性もチベット難民であり、子をもつ母であり、チベットの伝統を守り伝える職人です。倒壊寸前の工場から命がけで機織り機を運び出し、仮設工場で懸命に作業する凛とした姿。優しく温かく私たちを迎え入れ、購入者からのメッセージを喜んでくれた明るい笑顔。強さと優しさを併せ持ったチベットのお母さんたちの心と、その心が守り続ける伝統産業に、頭の下がる思いがしました。
JHCは、ネパール政府から一切支援を受けられないチベット難民の生活を支える、チベットの伝統技術を守るという点で、なくてはならないものです。1日も早く工場が再建され、チベットのお母さんたちとその家族に震災前の生活が戻ることを願わずにはいられません。

毛糸(染色前)-min 紡績機械-min

【ネパール】チベタン手織りラグ予約注文がやっとやっと完成しました!

 

ご購入いただいた皆さまには、大変長らくお待たせを致しました。日本からの注文20枚がついに完成しました!

昨年4月にネパールでおこった大地震で、50年もの間チベット難民キャンプを支えてきた絨毯工場を失ったお母さんを応援しようと、注文キャンペーンがスタートしたのは6月でした。まもなく1年になります。

M7.8の本震に続いて、5月に頻発したM6クラスの余震と今も続くM4クラスの余震。9月に制定されたネパール新憲法を機とした、インドによる国境封鎖で数ヶ月続いた燃料危機。ネパールの人々は度重なる災害を乗り越えて、ようやく復興のスタートラインに立とうとしています。

予想より半年以上も遅れたラグの完成でしたが、それだけネパールの復興が進んでいないことを物語っているように思います。今回の納品によって絨毯工場のお母さんたちが、再び元気な笑顔を見せてくれることを祈ります。

 

なお、現地での代金支払い、梱包・発送作業を経て、海を渡り日本へ到着します。税関のクリア、皆さまのもとへの発送作業を経て、ようやくお届けができます。あと1ヶ月程度かかると思われますが、日本到着からは最短でお届けしたいと思いますので、あと少しだけお待ちくださいませ。

 

こちらの購入でも応援できます!

 

あれから1年(M7.8ネパール大地震2015.4.25)

 

ネパールを襲った未曾有のM7.8級の大地震から、1年が経ちました。現地では昨日より追悼行事が行われています。

ネパール地震data~Wikipediaより

規模はネパール国内で発生した地震としては1934年ビハール・ネパール地震(M8.1)に次ぐ2番目の規模でした。

震源の断層は首都のカトマンズを含む周辺一帯東西150km、南北120kmに及び、4.1m以上ずれた地域もある可能性があることが判明しました。これは同じ都市直下型地震である兵庫県南部地震阪神・淡路大震災)の約30倍に及びます。

そして、多くの被害を生みました。

国別死傷者数
死者 負傷者 時点
ネパールの旗 ネパール > 8,460 > 14,398 5月15日
インドの旗 インド 78 288 4月29日
中華人民共和国の旗 中華人民共和国 25 383 4月27日
バングラデシュの旗 バングラデシュ 4 200 4月27日
合計 8,567 15,269

現在、震災関連死者数は8,959人へ増加しています(Uniceff)

ネパール2

 

今も続く余震、M4以上が今年に入って27回!

このリストをご覧下さい。日本ではなく、今のネパールの地震発生リストです。翌日で1年を迎える昨日4/24にもM4.2の地震が起きました。専門家によると、これらは昨年の4.25大地震の余震とされています。1年が経過した今でも、ネパールの人々は今なお続く余震に脅かされているのです。

ネパール
ネパール政府Department of Mines and Geology

 

ネパールの現在は?各国メディアより

猛烈な地震は、国中59の地区で9,353の学校に損害を与えました。22,401もの教室は、完全に損害を受けました。14,024の教室は大きな痛手を被りました、そして、18,942の教室は軽い損害を被りました。同様に、およそ1,200人の学生と68人の先生は、地震で亡くなりました。

地震の後、教育省は31の地区で8,000の移行する学習センター(16,000の教室)を建てました。いろいろな国家的および国際的な非政府組織は、いろいろな地区で4,000のTLC(temporary learning center)を設立しました。同様に、いろいろな組織、学生自治委員会、ビジネス企業家その他は、国のいろいろな地域で、24,000の教室を建てました。

赤十字によると、2015年4月25日の地震から1年が経った今も数万にも及ぶ人々は家がないままです。彼らの多くは、家族がない独り身の老人です。

ネパールでは政治の混乱が起きたことから、復興政策を担う復興庁の設置が地震から8か月後までずれ込みました。このため、住宅が全壊した世帯を対象とした、日本円で20万円の補助金が支給されたのは、対象世帯の僅か0.1%程度にとどまっており、IOM=国際移住機関によりますと、今もテントで避難生活を送る人たちは少なくとも80か所で2万6000人余りに上るということです。
さらに、日本を含む各国が住宅や学校などの再建を目的に表明した4500億円余りの支援も、政府の対応の遅れから十分に活用されておらず、国民の不満が強まっています。

その他海外メディアより

干ばつとインドによるひどい6ヵ月の境界封鎖は災害の影響を深めました。それは、料理のガス、燃料と水を見つけるのをより困難にしました。

地震はひどく根強い社会階層の前後関係で生じて、その階層(ひどく根強い社会的な除外)と結びつきました – カースト制度、性、民族性、宗教、年齢、障害、言語や地理的遠さのために差別の歴史で苦しんでいた弱くて取り残されたグループとともに~USA TODAY

地震の前に、ネパールの観光旅行セクターはうまくやっていました。2014年に、約800,000人の観光客がネパールを訪問しました。ネパールは、地震の2か月後にちょうど観光旅行のために再開しました。しかし、猛烈な地震は多くの訪問客を明らかに怖がらせました。そして、観光旅行数字省によると、観光客の数は2015年におよそ30%減少しました。~BBC

地震の前にさえ、幼児結婚は、ここの大きい問題でした。この4月(昨年)から、一部の両親が結婚相手を探せない娘を支えるために夫を捜すことがより一般的になりました。~昨年には、子供たちが大きい都市の仮想奴隷制度で、または、海外で働くために彼らの故郷の村から連れていかれて、人身売買の危険性は非常により大きかったです。~公式には、児童労働はここで違法です、しかし、特に建材の需要が成長している今、私は多くの子供たちが掘っていて、レンガを成形していて、それらを積み重ねているのを発見します。~CBCNEWS

 


 

レインボーチルドレンは地震の翌日4/26に緊急支援を決定し、5月、10月の2回に分けて現地を訪れました。その時のレポートです。

ネパールプロジェクトまとめ >>

 

次回、難民キャンプより、「今」の情報をお伝えしていく予定です。

 

タシデレTashi Delek!Diary fromドルマ

 

ネパール・カトマンズのジャワラケルキャンプより、
今回は、現地のNGOで教育支援活動をしているドルマからのレポートです。

燃料危機が続くネパールでは、街中で薪を使って調理する光景まで見受けられるようになってきました。

ガソリン不足で交通手段も減り、観光客も少ないなか、
寺院巡りをしたある日の旅の思い出。

小旅行の最後に、ドルマが感じたことはどんなことだったか、彼女の素直な感想を送ってくれました☆

 


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This is called Chilancho bihar of Kirtipur.

ここは、キルティプールのチランチョビハールと呼ばれるところです。

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This temple is also affected by recent earthquake..

この寺院もまたネパール地震の影響を受けました。

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Thai Kirti Vihar at Kirtipur ,Nepal

タイ キルティビハール@キルティプール、ネパール

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Karunamaya Lokeshowr Temple at Banepa

カルナマヤ ロケシュワラ寺院@バネパ

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Buddhist praying flags hanged by pilgrims at hill.

丘には巡礼者によってかけられた仏教の祈りの旗が。

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nice view of green field with background of trees to watch…

木々を背景に、緑野の素敵な風景。

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scarecrow placed in farm for protection from crows..( they are potato plants)

農園にはカラスよけのかかしがありました(ポテトが植えられています)

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walked through these roads, had really good journey

これらの道を通って歩いた、ほんとうに良い旅でした。

 


 

わたしは、ネパールでの燃料危機のさなかに旅をしました。そして乗り物不足から、それは目的地に辿り着くための一種の挑戦のようなものでした。
わたしは進んで挑戦を受け入れ、すべての場所を徒歩で訪れました。
広野を抜け、すべての場所に続く道々にそって歩きました。
わたしは、それらの場所に辿り着いたあと、祝福と成功を感じました。
つまりそれは、わたしにとって誇らしい瞬間でした。
(ドルマ)

I did the trip during fuel crisis in Nepal and it was kind of challenging to reach those places due to lack of vehicles. I accepted the challenge and visited all the places on the foot. I walked through fields and along the road all the way to the sites. I felt both blessed and triumphant after being able to reach those places.
In short it was a moment of pride for me.
(Report by Dolma)

 

タシデレTashi Delek!Diary from ミンキー

 

ネパール・カトマンズのジャワラケルキャンプより、ミンキーがレポートを届けてくれました。

地震の復興に向けてやっと少しずつ歩き出したネパールへ、
追い打ちをかけるようなネパール国内での情勢不安。
どのような状況なのか、とても分かりやすく教えてくれました。

そしてレポートは、最後、現地に暮らすミンキーならではの想像もつかなかった視点でしめくくられていました、、!

ぜひお読みください。


 

ネパールは、犠牲者9000にのぼるであろうと言われている4月25日の地震によって深刻な被害を受けていました。

国際援助機関や外国の援助を借りて、国自体は回復し、生活も普通に戻ってきていました。

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現在、インド政府による石油のブロックや政情不安によって、ネパールは最悪の打撃を受けています。
ネパールの南の境界線は全てブロックされていて、インド側からは非常に限られた量の穀物と石油が渡されています。

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新聞によると、もし燃料不足がこのまま続けば、学校や教育機関は、次の2週間は閉鎖を余儀なくされるそうです。

調理ガスの不足により、ほとんどのレストランやホテルは閉鎖しています。

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アメリカ政府は、全てのアメリカ人のネパールへの旅行に、渡航勧告を発令しました。
それは、一番の観光シーズンであるにもかかわらず、ネパールの旅行社にとって収入減を招くものです。

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国連は、地震によって深刻な被害を受けた山岳地域の住宅の再建は、国内の燃料不足によって停止されるだろう、また、このような状況が二週間も続けば食糧危機が起こるだろう、と述べました。
調理ガスが止まって50日が経過しています。

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通りのトラック、バス、タクシーの数はとても少ないです。
人々は、バスの屋根の上に乗ったり、ぶら下がったりして目的地へと向かっています。

地震の被災者、貧しい人々、子供や難民はネパールの現状によってひどく影響を受けるでしょう。

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政府は、救急車や警察車、貯水タンカーなど緊急時に出動する人々にガソリンを供給しています。
全国に燃料の配給システムがあり、
自動二輪車には週3リットル、
タクシーには週10リットル、
公共交通機関には20リットルのガソリン、という感じです。
ネパールどこを見ても燃料待ちの列ができています。

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気象局は、冬は寒くなるであろう、また既にカトマンズでは冷たい雨も降り始めており、丘陵地やヒマラヤの状況は、冬の間は最悪になるであろうと述べていました。

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地震はネパール人を、お互い助け合い、共に立ち上がるように強くしてくれました。
この(物資が途絶えていることによる)閉塞感は環境と人々に非常に良い影響を与えました。
通りには車両が少ないおかげで、カトマンズは非常にきれいになっています。
人々は自分の車やバイクに乗せることによって、お互いに助け合っています。

これが、ここ最近のネパールの近況です。何枚か写真も添えますね。

感謝しています。
Tenzin Menkyi


Nepal had been badly damaged by the 25th April earthquake will the death toll of 9000 lives.
With the help of International Aid agencies and foreign help,country itself was recovering and life was coming to normal.

Now due to political unrest and petroleum blockage by Indian Government life had been hit worst.
All the southern border of Nepal had been blocked and very limited amount of Food grains and petroleum are released by Indian side.

According to the Reputed newspaper Schools and education institution will closed by next two week if fuel shortage goes on.
Most of restaurants and hotels are closed because of Cooking gas shortages.

American Goverment had issued travel warning to all American traveling to Nepal which leads to very less tourist incoming even though it is top tourist season.

United Nation had mentioned that the rebuilding of houses in mountain areas which are badly effected by earthquake will be stopped because of fuel shortages in Country,
food crisis will happen if situation goes like this for two weeks.
Its been 50 days ever since the cooking gas had been stopped.

Trucks,buses,taxis are very less in roads.
People are traveling on top of buses and hanging on buses to reach the destination.

Earthquake victims,poor people,children and refugees will be badly effected by current situation in Nepal.

Government is giving petroleum to emergency service like ambulance,police petrol car,water tankers.
There is quota system for the fuel all over the Country.
3litre petrol for a week for motorcycle.
10 litre petrol for week for taxi
20 litres petrol for public transport
There is queue for the petroleum everywhere in Nepal.

Metrological department had mentioned that the winter will be cold and chill winter rain already started in Kathmandu.
Situation in the hills and Himalayas will be worst during winter.

Earthquake had strengthen the Nepalese people to help each other and rise together.
This blockage had very good impact on Environment and people.
Kathmandu had been very clean with very less vehicle plying on roads.
People are helping each other by giving lift on their cars or Motorbikes.

This is just an updates about what is going in Nepal these days.
I have attached some photos also.

Thanking you
Tenzin Menkyi.

タシデレTashi Delek!Diary from リンジン

 

ネパール、カトマンズのジャワラケルキャンプのリンジンより、卒業式の日の思い出レポートが届きました。

今は被災したアティーシャスクールの仮設校舎で子供たちを教える先生をしているリンジンですが、
つい最近までは学生として毎日を過ごしていました。

震災後の生活に、明るい光を照らしてくれた特別な1日の思い出。
彼女の学生らしい素直な想いが伝わるレポートです。


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卒業祝い、それはどの卒業生にとっても最も待ち望んだ日です。
わたしは6年生の時からいつも、いつの日か、どんな卒業の日がやって来るのかなぁと想像していました。
3インチのハイヒールと、とびきり美しいチュパを身に着け、みんなの前に続く通路で待っているわたし。。。

そしてとうとう、2015年7月3日にその夢は叶いました。
NHSS(ナムギャルハイヤーセカンダリースクール)に入った瞬間、後輩達が学校全体をすばらしくセッティングしてくれているのを見て心が躍りました。わたし達はとても特別な気持ちになりました。

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それはさらに、わたしたちのための同窓会のようでした。友達はみんな最高の伝統衣装に身を包んでいました。
わたしはとびきり、わたしたちのグループソングを楽しみました。まだわたしの頭の中にその曲が流れているようです。

組み立てられた装飾は、クリエイティブで見たことのない感じでした。
先生や両親とのグループ写真を撮って楽しんだりもしました。
わたしはすべての先生方に感謝する機会を得ることができました。

わたしたちの卒業式の日の思い出に残るものを作りあげてくれたみんなにこころから感謝しています。
私はナムギャルで8年間のスクールライフを過ごしてきました。
だから本当にさよならを告げるのはわたしにとって辛かったです。
NHSSありがとう。
今日、私はナムギャルの出身であることを誇りに思います。

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Graduation’s day celebration,
the most awaited occasion for any graduate.
Since from class 6, I have always fantasied how my Graduation’s day would be one day,
with me wearing the most beautiful chupa with 3 inch stiletto and waiting to catwalk infront of all.
And finally, It all came true on 3rd July,2015 .
The moment I entered NHSS I was thrilled to see how wonderfully our juniors had set up the whole school compound. We felt very special.
It was more like a reunion party for us. All my friends were dressed in their best traditional attire. I specially enjoyed the group songs ,I can still feel that music inside my head.
The assembly decoration was creative and new. I also enjoyed the group pictures we took with our teachers and parents. I got opportunity to thank all my teachers .
I thank and appreciate everyone for making our Graduation’s day a memorable one.
I have spent eight years of my school life in Namgyal ,so it was quite hard for me to bid adiue. Thank you Nhss . Today , I am proud to be a product of Namgyal.

ネパールプロジェクトvol.4 レイチルメンバー応援メッセージ

 

*写真はカトマンズ、ジャワラケルチベット難民キャンプにあるアティーシャ小学校の子どもたちです。震災で元の校舎は崩壊し、金属テントで作った仮の校舎で元気に学んでいます。(2015年9月)

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【ネパール応援メッセージまとめ】

6回に渡りお届けしたメンバーの応援メッセージをまとめました。

奈良、東京、徳島、大阪、神奈川から発信されたエールは、遥かヒマラヤを越えてネパールへ届いたでしょうか。エベレストのベースキャンプにいる栗城くんに届いたでしょうか。

さて、レイチルが挑戦中の『8848いいね!』も、あと50いいね余りと迫ってきました。いま世界最高峰エベレスト(チベット名チョモランマ・ネパール名サガルマータ)の標高8848メートルと同じ数字にチャレンジしています。

スタート時点では、残り1000いいね近くありましたが、皆さまの応援を受けてゴール直前です。ありがとうございます!

9月16日に頂上アタックを開始して19、20日に登頂を目指す栗城くんへのエールとなるでしょうか。

明日(9/15)、栗城隊のベースキャンプで行われるプジャ(お祈り)のタルチョ(チベットの五色旗)の風に乗せて、ネパール、栗城くん、すべての挑戦をしている方へ、エールを送りたいと思います。

ヒマラヤを越えて届け!!

 

【ネパール応援メッセージ①】代表 石川辰雄

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巨大地震発生から4ヶ月。もうすぐ秋のスタディツアーで訪れるネパールへ、日本のメンバーからエールを送ろう!と企画しました。そして、今エベレストでは登山家の栗城くんが4度目の挑戦中です。レインボーチルドレンも共に「8848いいね!」の頂に挑戦しています。ぜひシェアやご紹介でのエールをお願い致します!

第1回目は代表石川の職場から。勤務地は大阪のOAPタワーです。大阪城をバックに同僚に撮影してもらいました。ちょうど「ル」の文字の上あたりに大阪城が写っています。1枚目の名刺の仕事は保険の営業で、毎日奈良から大阪のオフィスまで通っています。今日の大阪はしばし土砂降りでした。

 

【ネパール応援メッセージ②】副代表 北條直樹

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レインボーチルドレンが春と秋の年2回開催しているスタディツアーが近づいてきました。
今回はいつものスケジュールに加えて、新しく立ち上がったプロジェクトのネパールも訪れます。
大きな被害を受けたネパールに対して、レインボーチルドレンができることをこれからも行って参ります。

そのネパールでは現在『NO LIMIT』を信条に登山家の栗城くんがエベレスト登頂に挑戦中です。
両手9本の指を失うという困難を乗り越え、『限界などない』と一歩一歩果敢に挑戦する栗城くんの姿には、ホント大きな勇気をもらえますね。
レインボーチルドレンが一歩一歩積み上げてきたいいねの数も、エベレストの高さと同じ『8,848』に近づいています。

国境のない一つの地球を目指す、レインボーチルドレン。
認め合い、分かち合う精神には同じ地球に生きる動物として、人間や犬の境界もありません。
私の愛娘のポポも一緒に応援したいと協力してくれました(笑)

皆さんも一緒に達成の瞬間を味わいましょう!
ぜひシェアやいいねで、これからも応援よろしくお願い致します!

 

【ネパール応援メッセージ③】東京支部長 三村 優子

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東京都八王子市にある、高尾山山頂にてこのメッセージを贈ります。
登山など全くといっていいほど経験のないわたしにとって、約4〜5年前に一度登ったっきりのこの高尾山に、思い立って2度目の挑戦です。
栗城君が現在挑戦しているエベレストは8848m。
この高尾山は559.15mだから、約14倍の高さです。それでも明日には、バキバキの筋肉痛になっていることでしょう。

『あぁ、しんどいんだろうな』

そうだとたやすく想像してしまう反面、それでも見たい景色がある、感じたい空気がある、そんなとき、ひとが踏み出す一歩には大きな力が込められていると思います。

“踏み出した瞬間は、とても孤独かもしれない。 だが「その一歩」があるからこそ、 本当の自分と出会うことができる。(栗城史多)”

わたしが孤独の感覚に襲われたのは、下山のとき。
ふとすれ違った初老の男性に声をかけられ、『4号路から行ってみなさい。』と言われたのです。
はじめは、行きに通った薬王院を通るルートをそのまま引き返そうと思っていました。
その男性が言う分岐点に差し掛かったとき、4号路を見るとほぼ自然の山道、しかも人影もなく、小雨も降り出し薄暗く、やっぱり最初のルートで行こうかなと思って迷っていると、なんとその男性が引き返してきたのです。
『こっちだから。この先行くと、可愛い吊り橋があるから、せっかくだからこっち行きなさい。』と言うのです。

半ば背中を押されるように、少し心もとないきもちで4号路を下っていきました。
歩けば歩くほど、山道の薄暗さと足元の悪さ、後ろも前も誰もいないわたしひとりで、
通ったこともないからゴールもわからない、
そんな状況に段々不安が恐怖に変わってきました。
あのおじさんはなんでこんな道を勧めたんだろう、怪我したらスマホも圏外だしどうなるんだろう、可愛い吊り橋なんて本当にあるんだろうか、、、
次から次へと雑念が頭の中に湧いてきました。

やがて、それでも止まりも引き返しもしないじぶんの足取りにだけ集中しはじめ、
わたしは無意識に友が教えてくれたマントラをひたすら唱えていました。

-om mani padme hum
-om muni muni maha munaye soha

やがて、じぶんの周りに纏わりついていた雑念は気づけば消えて無の状態になったあと、
今度は遠く離れたヒマラヤを歩く栗城くんや、ヒマラヤを歩いて亡命したこどもたちのことへと意識がシフトしてゆきました。
とても不思議な感覚でしたが、『じぶんはただ、今、歩いているんだ』ということに、
もはや孤独を感じる余地はなくなっていました。

“登山家だけでなく、 大きな見えない山に登っている人は大勢いる。 だが何をめざしていようとも ここが限界、ここが最終地点と決めつけた瞬間に、 すべてが終わるだろう。 終わりは始まりだ。(栗城史多)”

ネパールの震災から、4ヶ月が過ぎました。
あの時、震災前にとっていたネパールゆきのチケットをキャンセルすることもできました。不安がなかったといえば嘘になります。
けれども、とにかく一歩を踏み出しました。
カトマンズを訪れて、すでに一歩踏み出している人々を見ました。
まだ不安の中に一歩踏み出せずにいる人々も見ました。
それでもみな、今を生きていく。

“素直になろう。 どっちに転んでも人は死ぬし、 危険も不安もなくなりはしない。 だったら、やるしかない。(栗城史多)”

誰かの一歩に勇気をもらい、
じぶんの一歩が誰かの勇気になる。
そうやって、近くても遠くても、たとえ孤独を感じることがあっても、
繋がっているということはきっと大きな支えになると信じて。

Pray for All.
今、この一歩を踏みしめ続けよう。

 

【ネパール応援メッセージ④】理事 佐藤貴志

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会社員でありながら、土地と水質浄化技術の個人研究を続け、ついにその研究成果は学会や大学で評価され、今年3月にはTED×Shimizuに水質浄化装置「YOU」と共に登壇した佐藤理事。

10日後に迫った秋スタディツアーの先発隊では、YOU4号(スラム専用機)と共にインドのスラムへ研究成果を届けます。環境汚染が進むスラムの子どもたちのために、YOUはついに海を渡ります。

佐藤理事の夢はさらに進み、来年1月にはNPO法人エコロジカル・ファーストエイドを立ち上げます。エコロジカル・ファーストエイドは、
・自然界への応急手当
・親子で参加できる環境学習
・地域を越えた住民、企業等のネットワークの構築
・目的を達成するための研究
を掲げ、佐藤さんの技術とジャンルを超えたネットワークで、未来の子どもたちに美しい地球を残すために始動します。

レインボーチルドレンは「エコロジカル・ファーストエイド」
を応援し、共に次の世代へバトンを渡すための活動に取り組んでいきます。

挑戦を続ける佐藤さん、
エベレストへ挑戦を続ける栗城くん、
これから復興へ向かうネパール、
すべてのチャレンジへエールを送ります!

▼エコロジカル・ファーストエイドfacebookページ
www.facebook.com/EcoFirstAid
「いいね」で応援ください。

 

【ネパール応援メッセージ⑤】大阪支部長 伊藤明香

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ネパールへ愛を込めて。

遠い国のネパールにも、ここ日本にもまだ心を痛めている人たちがいる。

その為にできることは何だろう…誰でもできることは何だろう…
自分の人生を精一杯生きること

何かしてあげることがすべてじゃない。この神から頂いた魂を尽きるまで生かすことも巡り巡って誰かの為になっている。

だから、私は目の前の人に幸せのためのサポートをしている。彼らの奥にいる人がネパールにいるかもしれないし、東日本大震災で苦しむ人かもしれない。

ネパールにご縁がないと思っていても自分の気付かないところで繋がっているのが宇宙の原理。

一生懸命生きることが世界を救うカケラだと私は信じています。

伊藤明香
ハシュリ代表 メインインストラクター

▼姿勢改善専門ヨガ&ピラティス「Hsri Beauty Square」
公式HP: http://hsriyoga.com/links/
体験レッスンの全額、またレッスン料の一部をネパール募金箱に寄付しています。

▼ハシュリヨガ 守口門真facebookページ
https://www.facebook.com/hsriyoga/
いいね!で応援ください!

 

【ネパール応援メッセージ⑥】神奈川支部長 亀岡未来

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ネパールの復興を心からお祈りいたします。

一人一人の出来ることは小さくとも
手と手を合わせれば
きっと大きな力を生み出すことができると信じています。

子供たちが心から笑い、
お腹いっぱい食べ、遊び、
そして安心のうちに眠ることのできる毎日が送れますように。

私たちの活動が、その一助となりますように。

そして、あまねく思いが拡がりますように。

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星の歌を読み、宇宙の波に乗るコズミックサーファー
亀岡未来
■占術歴:24年
■Mama Earth代表
■Earthling Tribe Caravan主宰

▼イベントセミナー一覧
http://www.reservestock.jp/page/event_calendar/2666

▼ブログ星々のうた
http://kameoka-miku.jugem.jp/

 

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*レインボーチルドレンメンバー一覧
http://rainbowchildren.holy.jp/member

ネパールプロジェクトvol.3 FB現地レポートまとめ

 

去る2015年5月19日~21日にネパール緊急支援で訪れた際の、facebookページ上で現地レポートした投稿のまとめです。

これらは、【ネパール緊急支援】において、第1次募集(2015.4.26~5.17) で1,233名の皆さまより集まった合計813,845円を、カトマンズにあるチベット難民キャンプ(ジャワラケルキャンプ)へ直接届けに行った活動です。 *募金の内訳詳細は協力企業・個人ページに記載。

▼各レポート下部の日付欄をクリックすると、facebookの投稿全文がご覧いただけます。

 

【本当の難民キャンプ?!】チベット難民キャンプ現地レポート①~昼にカトマンズへ到着して、まずはジャワラケルの難民キャンプへ向かいました。通り過ぎたカトマンズ市街は、震災が起きた事実を知らなければ気付かないような、通常の街並みでした。…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年5月19日

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【奪われたカーペット工場】チベット難民キャンプ現地レポート②~今回のチベット難民キャンプへの打撃は、その住居ではありません。前回レポートしたテント生活は深刻な被害ではなく、時が来れば人々は元の住まいへ戻ると考えています。震災後、鍵…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年5月20日

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【チベタンの笑顔と共に】チベット難民キャンプ現地レポート③~2日目~3つの難民キャンプを巡って二日目はカトマンズにあと三つあるチベット難民キャンプを視察しました。①Gangchen Camp 170人37家族②Khampa…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年5月20日

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【異なる状況】チベット難民キャンプ現地レポート④~2日目続き。ボダナートの中にあるチベタンレストランでランチタイム。冷たい飲み物とモモを食べて生き返りました。午後は三つ目となるキャンプを訪問。他のキャンプと違い、チベット難民政府の…

Posted by (特定非営利活動法人Rainbow Childレインボーチルドレンren Japan) on 2015年5月20日

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【ペマちゃん到着!】チベット難民キャンプ現地レポート⑤~ネパール3日目。今日からは独りでの活動になります。ジャワラケルキャンプへの3度目の訪問。キャンプのみんなともかなり打ち解けてきて、笑顔の多い1日となりました。その最大の理由は…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年5月21日

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【任務完了!1,000人の支援】チベット難民キャンプ現地レポート⑥~ネパール最終日。朝から4度目となるジャワラケルキャンプを訪問し、マネージャーとの面談を済ませ、空港へのタクシーに飛び乗りました。キャンプへの直接支援の決定は…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年5月21日

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【もうひとつの形の支援】チベット難民キャンプ現地レポート⑦~東京支部長の三村よりダラムサラでの任務完了の報告がありました。チベット系の2つのNGOに支援金の一部を託しました。ネパールに現地事務所を持たないレインボーチルドレンは、現地で…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年5月23日

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【1,000人への配布完了】ジャワラケル難民キャンプより、キャンプ全員へ500Rsづつの配布が行われたとの連絡がありました。緊急支援分が無事に1,000人全員へ行き届きました。ありがとうございました。500Rsは日本で約600円。5人…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年6月3日

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【ニホンノミナサマアリガトウゴザイマシタ!】昨日ジャワラケルキャンプ1,000名全員に、レインボーチルドレンよりの支援金が配布され、長蛇の列となりました。同時にダラムサラの亡命政府よりの救済基金が支払われるとあって、キャンプの住民の皆…

Posted by レインボーチルドレン(特定非営利活動法人Rainbow Children Japan) on 2015年6月3日

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