「広く深い国インド」
虹のスタディツアー。春と秋、どうしても両方体験したくて、今回2回目の参加。
1回目は昨年の秋、チベットやスラムに関してほとんど何の知識も持たずに参加し、ぎゅうぎゅうのスケジュールをこなすだけで精一杯。自分に何ができるんだろう?!という焦りを感じていた初めてのスタディツアー。
2回目となる今回は気持ちの余裕があり、少し客観的に、ツアーのプログラムを通して自分の興味の対象やレインボーチルドレンでの自分の役割を見つめる旅になった。
私は日頃からあまり物事を深刻に考えず、問題意識や疑問、不満を持ちにくいタイプだ。
チベット問題やスラムの貧困問題、ストリートチルドレンの問題は悲しいことだが、だからといってその一面だけを見て、彼らが可哀想だとか不幸だとは思いたくはない。
どんな国に生まれても、良い面・悪い面はあり、例えば日本にも日本の抱える問題がある。
基本的に生まれた国、…というより、今与えられた環境を受け容れるものだと私は考えている。
(その上でより良い人生になるよう、どういう生き方を選択するかはまた別の問題だ。)
チベットの奨学生が通うサラ大学、チベット子ども村、チベット人女性を支援するNGO、デリーの高架下の青空教室、ストリートチルドレンのシェルターなどなど、今回もたくさんの場所を回らせてもらい、それぞれに貴重な体験だった。
とりわけチベット医学の総本山であるメンツィカンや、チベット伝統工芸の職業訓練所であるノルブリンカ、チベット仏教の高僧チャド・リンポチェの法話は興味深く、文化を知る良い機会になった。
また、学生との交流の中で垣間見えた彼らの日常や、街で出会った人々との会話。ふとした瞬間の数々が強く印象に残っている。
改めて思うことは、亡命チベット人が多く住むダラムサラを含め、私はインドという国が大好きなのだ。
たくましく今を生きる人々、その思考の軽やかさ、懐の深さ。
ルーズで理不尽で、時に意味不明な国民性も、インドの愛すべき部分だ。
デリーのメインバザールの衣料品店を一人で物色していた時のこと。
店の前に物乞いの老人が立っていた。インドに数日滞在すると、こんな光景も見慣れてしまう。
お金を渡していてはきりがない。老人の存在に気づいてはいたけれど、私はなるべくそちらを見ないようにしていた。
すると店の店主は、意外なことに店の前まで出て行って、そっと10ルピーを老人に手渡したのだ。
怒って老人を追い払うのだとばかり思っていた私は、なんだかとても衝撃を受けて
「あなたは心が優しい良い人だね。感動した!」と精一杯の下手な英語で店主に伝えた。
「自分だけが良くても、それは本当の幸せじゃない。自分の周りのみんなも幸せなら、僕も本当に幸せなんだ。」
と彼は教えてくれた。
ツアーの間、別のインド人からも何度か同じフレーズを聞く機会があった。
インド人が日常的に「ありがとう」「ごめんなさい」をあまり言わないというのは有名な話だ。
確かにインド人は、明らかに非があっても絶対に謝らず、言い訳ばかりする。
それはきっと、自分と他人との境界や壁をあまり感じていないからではないかと思う。
皆が他人を自分のことのように感じ、ひとつの大きな存在の一部のように思っているからこそ、助け合うのも迷惑をかけるのもお互いさまで当たり前で、「ありがとう」も「ごめんなさい」も言う必要がないのかもしれない。
日本人の常識や美徳からはかけ離れているけれど、(そして自分の物のように財布をスられてしまった石川代表は気の毒だが…笑)その感覚はとても素敵だと私は思う。
この広く深い国を、もっともっと知ってみたいという気持ちでいっぱいだ。
そして今回も奇跡のように集まった、素敵な仲間との出会いと絆にとても感謝している。
ダラムサラの昼夜の気温差や移動の疲れで、私を含め皆が万全な体調とはいえない状態だった。
そんな中でも、天使のような佐藤理事の行動を筆頭に、皆がお互いを気遣い、自分のできることで助け合おうとする空気が最後の最後まであった。
皆が旅の中で様々な気づきを得たり、それを糧に新しく進む道を見つけたり、想いを強くしていくのを見て、私もそれを自分のことのように喜ぶことができた。
やはりインドという国では、自分と他人との壁を感じにくくなるのかもしれない。
最後に、今回「レインボーペンシルプロジェクト」と称して色鉛筆などの文房具を集め、デリーの学校に寄付させていただきました。
思い出の詰まった大切な文房具を提供してくださった日本のみなさまに、この場を借りて心よりお礼を申し上げます。
貧しいから物を与えるという支援ではなく、双方向の心の交流の一端に。日本のみなさまや子どもたちにインドの魅力を知ってもらうきっかけになれば嬉しく思います。
ご協力、本当にありがとうございました!