2017春のスタツア感想文③~かよさんの場合(アーティスト・京都)


 

初めてのインド

ダラムサラでのダライ・ラマ法王に謁見、記念撮影初めてのツアーで何もしていないのにこんなことになって良いのか?と緊張や不安でいっぱいでした

物事は存在があって初めて認識されるけれども、どんな認識も単なる観念にすぎない あらゆる実体は空である
あらゆるマイナスの感情はどれも自分で生み出し、自分でそれを強めそれに苦しめられている
実体にとらわれず、悩みの裏側にある利己的な考えをなくす

というダライ・ラマ法王のティーチングでの内容を思い出し
緊張、不安などと自分で作りあげた観念に改めて気づき、そこから私の旅はスタートした気がします。

チベットの子ども

この旅で度々うちの子ども達の話しをしてきたと思いますが、私はずっと母親目線で見ていたような気がします。

サラ大学の奨学生、ペトンスクールの子ども達、スラムの子ども達
みんな自分が子育てをしている時に見てきた景色。自分の思い通りにはならなかった子育てを懐かしく思い出しました。
環境、文化、国が違っていても子ども達の学校での様子は日本と同じように見えました。

真面目に勉強してる子、話しを聞いてない子、サボっている子 …。
ワークショップの打ち合わせや教育省とのミーティングには体調不良で出席していないので、みなさんの感覚とズレているかもしれませんが、
ワークショップの意図を掴み考えることが出来ている子
わからずに友達に答えさせている子を見ていて
人々を引っ張るようなリーダーになってほしい気持ちはあっても、この中から出てくるのは1人?2人?だろうか

勉強が嫌いな子でも、たくさんの友人から信頼され日常ではみんなを引っ張っているかもしれない
いつ、どんな子がリーダーになるのかは
わからないんだよなぁと
これから先もワークショップなどを続け長い時間をかけて育み、待たなければならないことを感じました

スラムの子ども

スラムでは
学校を出ると、子どもを抱いた母親が
私達に笑顔で手を振ってくれました。
子どもが学校であった楽しかったこと、うれしかったことを話したのかな?子どもの喜びは母親にとっても喜びになる。

お金や夢、希望が持てない環境にいても
その気持ちは世界共通じゃないのかな?

子どもを働き手にしたい、教育なんていらないという母親達にも少しずつわかってもらえたらいいのにと感じました。
伝える方法は難しいことも…。

デリーの中心部の喧騒

いろいろなプロジェクトを通して
たくさんの人と出会い時間を共にして
ボランティアとは、現地の人達と価値観や文化の違いと折り合いをつけながら
少しずつ時間をかけて喜びと希望を共に作り上げていくことなのかな?と思いました。

身体の中をデトックスして
チベットの澄んだ空気、土地のエネルギーをたくさんもらって
デリーで人の生きていく力強いエネルギーを感じ
貴重な体験をたくさんさせて頂きました。
レイチルのみなさん、一緒に参加したみなさんに感謝しています。
ありがとうございました。