スラムの未来の貯金箱 in Delhi,India (JAMMINチャリティご報告)

(✏️English below)

コロナ禍において、私たちは厳しい現実を味わってきました。
このスラムで育ったレインボーチルドレン卒業生のサンタンも、インドでのロックダウン後、自身の観光業を失った1人です。
それによって、スラムスクールも長い間閉校されていました。
 
彼はデリー大学を自力で卒業後、彼が育ったコミュニティの環境改善の一助となるために、観光や経営管理について学びたいと考え、レインボーチルドレンの奨学金を得て最終的に修士号を取得しました。
卒業後は、自らの収入でスラムの子供たちのためのフリースクールを運営し、社会問題としてのスラムの現実を啓蒙する活動を行ってきました。
 
最近、ようやくスラムスクールが週3日の日程で開校しました。子供たちみんな元気に学校に戻ってきて、学校で勉強したり友達に会ったりすることができてとても幸せそうです。
 
この危機状況下で、寄付金は彼らにとって非常に貴重であると同時に、その額は限られています。
そのため、皆様から受け取った寄付の使い途について、慎重かつ徹底的に話し合いを重ねてきました。
 
このコロナ禍では、またいつ突然、情勢が変わるかはわかりません。実際、サンタンが職を失ったあとも、閉校しているにも関わらず、教室の家賃は請求され、それを支払えないという期間がありました。大家さんにとってもそれが生活費ですので請求せざるを得ないのが現実です。
スラムでは日本のようなあらゆる種類の社会的救済措置もありません。
 
これらのことを踏まえ、最終的に一度にまとめて全額寄付するのではなく、以下のように計画的かつ堅実な方法で寄付を使っていくことに決定しました。
 
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📝決定した寄付の内訳について
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子どもたちが、今本当に必要なものに、無駄なく使っていけるよう、用途に合わせて貯金箱を3つに分けました。
 
🌈2020年2月に行われたRainbowChildren×JAMMINチャリティーイベントによる日本での寄付総額:
104,500ルピー(≒157,653円)
 
●貯金箱①子どもたちの文房具や教材費用
14,500ルピー(≒21,875円)
👉 当初の使途予定だった、子どもたちの文房具や教材が不足した際に、ここから随時賄われます。
現地ボランティア三輪さんが管理します。
 
●貯金箱②学校の運営・維持費用
5,000ルピー/月(≒7,543円)×18ヶ月
= 90,000ルピー(≒135,778円)
👉家賃が払えないと教室が使用できません。
コロナ禍により、学校運営費に充てていたサンタン個人の収入が激減してしまったため、当面の教室の家賃をはじめ、サニタイザー・石鹸・マスクなどのコロナ感染対策用品、電球やウォータータンクなどの消耗品等、学校運営に必要な経費はここから充てられます。
毎月初めにサンタンに送金します。
 
●貯金箱③今後の子どもたちの学習環境向上用
2021年3月に行われた「H2Oサンタ NPOフェスティバル」における、ブライスオークションチャリティー配当寄付、JAMMIN Tシャツ販売寄付、香り玉プロジェクト販売寄付については、総額が確定次第ご報告いたします。
👉サンタンは今後オンラインによる教育やボランティアを充実させて、スラムスクールの学習環境をより向上させたいと考えています。初期設備の費用に充てるのが目標です。
 
 
教材が豊富なオールドデリーへ足りない教科書を調達に出かけました。
 
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📝4月の最新レポート
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写真は「スラムの未来の貯金箱」第一弾レポート!
現地駐在ボランティア三輪さんが同行し、不足していた子どもたちの文法のテキストと児童書を調達しました。
 
🌈支出と残高(2021年4月1日時点)
●貯金箱①
・文法のテキスト×10冊=960ルピー
・児童書×6冊=310ルピー
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支出合計:1,270ルピー(≒6,439円)
残高:13,230ルピー(≒19,933円)
 
●貯金箱②
・4月分家賃=3000ルピー(≒4,520円)
4月予算残高:2,000ルピー(≒3,013円)
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総残高:85,000ルピー(≒ 128,069円)
 
今回購入したのは文法のテキストと、児童書です。
 
私たちの支援の目的は、ただ寄付するだけでなく、彼らができる限り「自分たちで」活動を維持、管理できるようにサポートすることだと考えています。
 
サポーターの皆様からの子供たちへの寄付はすべてこの「スラムの未来の貯金箱」に大切に保管しており、1円も無駄にしないようにします。
そして、正確性を保ち、チャリティーの透明性を高めるために、全てを詳しくレポートしていきます。
 
 
ここまで大変お待たせしてしまいましたが、温かくご支援くださったみなさまに、ご報告を通してあらためて感謝の気持ちを伝えてゆきたいと思います。
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お買い物後の一息。
すっかり暑くなったデリー。気温はすでに30°を超えています💦
 
 
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🌈Piggy Bank for the future in slum school,Delhi
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Due to this COVID-19 misfortune,we’ve gotten a taste of hursh reality.
Santan,who is our graduate,grown up in this slum is also one of them who lost his job after lockdown in India.
Accordingly,slum school also had closed for a long while too.
He graduated from Delhi university by himself,and got scholarship of Rainbow Children,finally finished master’s degree to learn about tourism or business management to improve environment his community where he had grown up.
After graduation,he has managed free school for children in his slum by his own income,and done awareness building activities of reality of slum as social problem.
Recently,at last slum school has been opened 3days a week.All children have come back to school safely and very happy to study or meet their friends at school.
Under this crisis,donation is very precious for them and also it’s limited. No one knows when the situation will suddenly change again.
So we’ve discussed together carefully and thoroughly how donations received will be used.
Finally we’ve decided we use donation not all at once,but separately every month in a planned and down-to-earth way so that they can keep making ends meet to manage slum school by themselves as possible as they can.
 
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📝Our decided plan how to use donation
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We have divided the piggy bank into three according to the purpose so that children can use what they really need now without waste.
🌈Total donation by Rainbow Children×JAMMIN charity event in Japan,Feb.2020:
104,500inr(≒157,653jpy)
● Piggy bank ① For stationery and teaching materials costs
14,500inr(≒21,875jpy)
👉When they run out of stationery and teaching materials for children,it’ll be covered from this.
Piggy bank will be managed by our volunteer Mr.Miwa,in India.
● Piggy bank ② For school operation and maintenance costs
5,000inr / month(≒7,543jpy) x 18 months =90,000inr(≒135,778jpy)
👉If they cannot pay the rent,children can’t use the classroom.Due to COVID-19,the income of Santan had gone sharply.He had been used his own income for school operating expenses.
So the rent for the classroom for the time being,and sanitizers/soaps/masks for preventing the spread of infection at school,consumables such as light bulbs or water tanks;Those expenses will be covered from this.
We’ll send 5000inr to Santan at the beginning of every month from piggy bank.
● Piggy bank ③ For improving the learning environment in the future
※We will report the final amount of donation at the “H2O Santa NPO Festival” held in Mar.2021 when it confirms.
👉Santan hopes to improve the learning environment of the slum school by enhancing online instruction or volunteering in the future.The goal is to cover the cost of initial equipment from this.
 
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📝The latest report in April
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Photos are the first report of “Piggy Bank for the future in slum school,Delhi”!
Our volunteer,Mr.Miwa accompanied Santan to purchase grammar textbooks and children’s books in short supply for children.
🌈expense and balance (April 1, 2021)
● Piggy bank ①
・ Grammar text book x 10=960inr
・ Children’s books x 6=310inr
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Total expense: 1,270inr (≒6,439jpy)
Total balance: 13,230inr (≒19,933jpy)
● Piggy bank ②
April rent for class rooom =3000inr(≒4,520jpy)
April budget balance=2,000inr(≒3,013jpy)
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Total balance: 85,000inr(≒128,069jpy)
Our purpose is not just donation but supporting they can manage their activity by themselves as long as they can.
We save all donation for children from supporters carefully in piggy bank and never waste it even 1yen.
We will report all details to ensure accuracy and to enhance transparency of our charity.
Thank you for your support kindly.
 
 

【Be the change project-学生たちは今-】④〜白井莉奈子(しらたん)〜

 

Be the change project に参加させて頂いた白井莉奈子です。
あれから3年が経ち、当時大学1年生だった私もとうとう卒業を迎え、春からは社会人になります。

正直なところ、このプロジェクトは私にとってあまり思い出したくない記憶となっていました。

しかしふと思い返してみると、このプロジェクトに参加したからこそ気づけたこと、考え直せたことがたくさんあったように思います。

というのも参加前まで私は、国際協力や途上国支援に関心がありました。

しかしプロジェクトを進めるうちに、私は国際協力に携わることは向いていないんじゃないかと思うようになりました。
なぜなら、「チベット難民の人たちが外国人と交流する場をつくる」というプロジェクトの目的があったにも関わらず、
私は目の前にいるチームメンバーと協力しようという姿勢が乏しく、自分の思い通りにいかなければ不満に感じ、
「もうどうでもいいや、インドなんて行きたくない」とか、
「なんで私、こんなことやっているんだろう」と思い、当初の目的を蔑ろにしていたからです。

そこで気づいたことは、私は国際協力や途上国支援を心の底からしたかったのではなく、「かわいそうな人を救ってあげたいと、考える心優しい人」になりたかったんだなということです。とても上から目線で、自己中心的な考え方でした。

しかしそんな私がインドで、ダラムサラの街を歩いて、食べ物を食べたり、現地の人と話したり、チベットの美術や伝統舞踊を観たりして、異文化に触れることが心の底から楽しいと思えました。

心の底から喜びを感じられたことで、私の中で「チベット」や「ダラムサラ」が
「知らない」「興味ない」「どうでもいい」「かわいそう」というネガティブな印象から、
「楽しい」「面白い」「また行きたい」「素敵なところ」といったポジティブなものに変わりました。

そうした経験を通して、自分が見返りを求めずに純粋に「好きだ」「やりたい」と思うことをすることが、
結果として国際協力に繋がったり、
自分がこうあってほしいと願う社会に少しでも近づく手段になるなら、
それ以上に嬉しいことはないなと思うようになりました。

インド帰国後は、留学をしたり、夜間学校に通ったりと、自分の好きなことや、やりたいことを存分にして、充実した大学生活を送ることができました。

そして卒業後、春からはご縁があり、Be the change project でインドに渡航した際に訪問した団体で働くことになりました。

もしBe the change projectに参加していなかったら私がこのような考えになることも、そこに就職が決まることもなかったかもしれません。

改めて、クラウドファンディングで支援をしてくださった方、その他プロジェクトを見守ってくださった方、レイチルの運営メンバーには感謝申し上げます。

ありがとうございました。

もしかしたら、仕事を始めたら、「しんどい」「こんなはずじゃなかった」と思うこともあるかもしれません。
でも、そんな時はBe the change projectで感じたことを思い出して、自分の心が喜ぶ方へ向かおうと思います。

 

【Be the change project-学生たちは今-】③ 〜関家紗愛(さえ)〜

「”Be the change project”に参加させていただいた関家紗愛です。
このプロジェクトは、私に一歩踏み出すきっかけを与えてくれました。
プロジェクト参加時には、何かにつけて二の足を踏んでしまうことが多々ありました。 
プロジェクトメンバーと関わったり現地でチベットの大学生など様々な方々と関わり貴重な経験をさせていただく中で、今あるチャンスを逃さず最大限活用することの大切さを改めて感じました。
またプロジェクトは、NPOやNGOによる支援先の顔が見えた支援のあり方を知るきっかけにもなりました。


インドから帰国後は、国連フォーラム主催パプアニューギニア・スタディ・プログラムに参加しパプアニューギニア へ渡航しました。
プログラムではメンバーとの議論や現地渡航調査を通して、政治・経済・環境・教育・文化など様々な側面からパプアニューギニアが抱える課題とそれへのアプローチ方法を考えました。
またそのプロセスを通して、国際協力のあり方を再考しました。
私はこのプログラムを通して、健康はあらゆる分野に関わることを実感し、将来は国際機関で人々の健康増進に関わりたいと考えるようになりました。
将来への第一歩として、来年から東京大学大学院国際保健学専攻で人類生態学を学びます。
人類生態学とは環境と人間の相互関係から人間の健康を捉える分野で、人間集団の生物学的適応と文化的適応について研究します。


私がこの分野に出会ったきっかけは、パプアニューギニアへの渡航時に知った、低タンパク適応の研究です。パプアニューギニアには、タンパク質摂取量が不足した食生活にも関わらず、筋肉質の人が多く暮らしています。
この研究を知り、人間の適応能力に強い興味を持ったのと同時に、将来国際保健分野で活動するにあたって、適応の観点から人々の健康を考えられるようになりたいと考えました。
大学院では腸内細菌と感染症について研究しようと思っています。

実は私が感染症に興味を持ったきっかけの一つは、インド滞在最終日にメンバーが食中毒になったことです。
このようにどこで何がどう繋がるか本当にわかりません。今後も目の前のことに正面から向き合い、人との出会いやチャンスに感謝して、変化に柔軟に対応しながら成長していこうと思います。」

 
 

【Be the change project-学生たちは今-】② 〜美並立人(りゅうと)〜

「Be the change projectに参加させて頂いた美並立人(みなみりゅうと)です!

今思えば、このプロジェクトに参加したことが全ての始まりだったと感じています。
プロジェクトに参加していた当時、事前準備のプロセスや現地でのワークショップを進める中で、自分の能力の低さに嫌気が差していたのを今でも鮮明に覚えています。しかし、日本人学生のメンバーやスタッフ、インドでの様々な経験のおかげで自分に足りないものを見つめ直すことができました。

インドから帰国後、フィリピンへの留学、ブロックチェーンを扱うIT系会社での長期インターンを経て、現在、フランスに交換留学生として滞在しています。
このようなインターンシップの業務やフランスの学校でのグループワークで、チームワークの大切さや自分の意見を積極的に発言する重要性など、
Be the changeプロジェクトで学んだことが非常に役に立っています!

そして何より、もっと自分の知らない世界を知り、たくさんの人達と話してみたいと心から思えるようになったことが、プロジェクトに参加した1番のメリットだったと感じています😊

今後は、日本またはイギリスの大学院に進学するか、企業に就職するか決断できずにいますが、将来の自分のしたいこととしては、主に2つあります。
1点目は、テクノロジーを駆使して日本、または海外の不平等の解決に貢献できる人材になることです。
2点目は、インドのダラムサラに行ってもう一度モモを食べることです🍖

Be the changeプロジェクトに参加して得た出会い、インドでの経験は自分の人生の中で間違いなく忘れられないものになると感じています。

いつか、またプロジェクトに参加した日本人学生やレインボーチルドレンの皆さんとお会いできる日を楽しみに、プロアクティブに挑戦し続けていきたいと思います😊

 

【Be the change project-学生たちは今-】① 〜松本佳恋(かれん)〜

 

「Be the change projectに参加させていただいた松本佳恋です!寛大な上司・先輩方に恵まれ、気づいたら社会人になって1年8ヶ月がたっていました。

インド帰国後すぐはどんな変化を社会にもたらしたいか分からなかった私ですが、日本で働き出しその答えが見つかりました。
今の私が実現したいことは「日本をもっといろんな人たちにとって居心地のいい住みやすい国にする」です。マイノリティとして、女性として、帰国子女として、外国人として。日本が色んなバックグラウンドや個性を持った人にとって居心地がいい!と思えるような国にしたいです◎

 

その実現に少しでも近づくため、今私は化学メーカーに働きつつも企業外で自分のできることを見つけて関わらせていただいています。
ライターとして日本の現状や個性を大事に日本で活躍している人、様々な働き方などについてメディアで発信したり✏️
朝活イベントや米国大使館主催のサミットなど様々なイベントにも参加し、たくさんの人に出会うことで新しい価値観をインプットしたり☕️
年明けから内閣府主催の青年の船というプログラムにも日本代表青年として参加させていただくことが決まりました🚢
船上では日本文化を何か伝えたいと思い、現在つまみ細工と水引でのピアス製作に忙しくしています。
240人の参加青年と船で共同生活にワクワクがとまりません☀️

 

Be the change projectで得た気づきの一つに、
“就職して企業に所属しても「ただ毎日仕事に行って帰るだけの社会人」になるか、「誰かあるいは何かに変化をもたらすことのできる社会人」となるかは自分次第だ”ということがありました。
正直、このまま今の会社で働き続けるのでいいのか、社外活動に力を入れる前に社内でやるべきことがあるのでは、と思うこともあります。
が、「誰かあるいは何かに変化をもたらすことのできる社会人」で居続けたいと思い、自分ができることから取り組めたらと思っています。
そんな大切な指標をくれたレインボーチルドレンには感謝しています。」

 

第4期奨学生が無事卒業を迎えました!

(English below)

日本が平成から令和へ変わる頃、
レインボーチルドレンの第4期奨学生も晴れて大学卒業を迎えました。
ちなみに令和(レイワ)という響きは、チベット語のརེ་བ་(レワ)という言葉に似ていると一部で話題になっていましたが、チベット語では「希望」という意味なんだそうです。
わたし達にとっても、またご縁によって結ばれた彼らにとっても、希望に溢れた新しい一歩になることを祈ります。
今期のサラ大学(ダラムサラ)卒業生の代表2名から届いたメッセージと写真をご紹介します。
彼らを応援してくださっているみなさん、
いつも本当にありがとうございます。
そして卒業生のみんな、心からおめでとう!

🌈第4期卒業生代表メッセージ

目標を書いてくれたまだどこか初々しかった頃。


🎓Tsultrim Jungney 
「レインボーチルドレン奨学金に関わる全てのみなさん、本当にありがとうございます。
4月30日、僕はサラ大学を卒業しました。
今年は、さらに英語の勉強をより追求していこうと考えています。
僕たちの暮らしの背景的に、英語は必須だからです。
卒業式の写真を少し送りますね。
年間を通して、親切にサポートしてくださったことを本当に感謝しています。
そのサポートがなかったら、僕はどこかに取り残されていたかもしれない。
本当にありがとうございました。
PS.僕は、在学中に本を書きました。僕の心情をチベット語でポエムにしたものです。」

Tsultrim Jungney
ほかの奨学生たちと共に。
Tsultrim Jungneyの在学中の成果物です。 チベット語で書き上げた詩集。

🎓Tenzin Kalden
「僕と今期卒業生から、レインボーチルドレン奨学金のスポンサーのすべての皆さまへ、毎年僕たちが目標を達成できるよう支えてくださったこと、心からお礼申し上げます。
僕たちは皆さんへの感謝を一生忘れません。
あらためて、ありがとうございました。
この4年間の学業を終えたあとも、人生において僕たちのベストを尽くしていきたいと思います。
そして、お互いに会うことができるなら、いつでも何度でも、みなさんに再会できる日を心待ちにしています。
僕たちのために心温かく願ってくださりありがとう、その願いと共に僕たちはベストを尽くします。どうぞ皆さまもお元気で!」

2018春 サラ大学にて開催した日本チベット学生会議で 日本人学生たちとワークショップを行いました。

🌈レインボーチルドレンでは、インドのスラムに暮らす子どもたちやチベット難民の学生たちの夢を叶えるお手伝いをしてくださるサポーターを随時募集しています。
詳しくはこちらをご覧ください。

http://rainbowchildren.holy.jp/support-join/monthlysupporter

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When new era named Reiwa started in Japan,
the 4th term scholarship students of Rainbow Children graduated from college happily.

By the way,our new era “Reiwa” sounds like རེ་བ་-Rewa-(it means Hope) in Tibetan,and that was in the news in Japan.

We wish for us and graduates to step forward with full of hope.
Here are the messages and photos received from two graduates on behalf of Sarah college (Dharamsala) .
Thank you so much for everyone who are supporting them.
And congratulations to all graduates!

🌈Message on behalf of 4th term graduates of Rainbow Scholarship Students
🎓Tsultrim Jungney 
“Here I would like to say thank you so much for all the members of rainbow sponsorship 
and 30th april I graudated from College for Higher Tibetan Studies, Sarah.
This year I am planning to study english language hence to pursue further study,
We need English language (background is mandatory for us). 
I send you here some of my graduation pictures.
I am so grateful for your kind support through out the year and without your kind support I would have been left somewhere.
Thank you so much.
PS.I wrote one book and it’s all about my feelings and I express it in poem.
It’s written in Tibetan language.”

🎓Tenzin Kalden
“Me any my graduation class batch would like to pay the heartfelt thanks to the entire team of Rainbow Children for supporting us each and every year letting us to achieve our goal, we are grateful for your team and we will never forget the kindness in our entire life.. thank you so much.once again.
We will do our best in our life after completion of our four year courses.
We’ll be eagerly waiting for you guys to see you again and again whenever it’s possible to meet each other.
Thanks a lot for your kind warm wishes, along with your wishes we’ll do our best and you also take care.”

ダライ・ラマ14世が日本の新天皇へ祝辞を述べられました

ダラムサラ:水曜日、ダライ・ラマ法王は、日本の徳仁天皇の即位礼と新しい令和時代の幕開けに際して祝辞を述べられました。

CTA(中央チベット政権)公式HPより

「上皇である、貴方の尊敬なるお父様が、国の象徴として責任を遂行する間、国民との密なふれあいで思いやり溢れた働きかけを果たされたことを踏まえ、私は陛下の決意を心から賞賛します。」と法王は綴られました。

「私は、第二次世界大戦敗戦後の、日本の人々の回復力や国家再生への道のりに深い尊敬の念を抱いております。
その後に続く時代においても、日本は前例のない数々の自然災害に直面しましたが、勤勉さと精神力の強さによる団結のおかげで回復しました。 2011年の壊滅的な地震と津波で被災した地域を訪れる機会があった時、私は自分自身の目でそれを確かめました。
私はそこで、災害被害に遭われた人々と出会い、その地域で命を落とされた方々のために、共に祈りを捧げました。」

「過去50年ほどに渡り、私は日本を定期的に訪問してきましたが、思いやりや宗教的調和などの基本的な人間の価値を培うよう奨励する中で、さまざまな立場の人々が関心や熱意を示してくださっていることに対し、深く感謝をしております。」

法王は、陛下の治世が安泰であり、人々が幸せになり、そして新しい時代がより平和で、思いやりのある世界へ貢献するようにとの祈りで締めくくられました。

(訳:副代表 三村 優子)

【Nepal project その後 & Kid’s camera project in Pokhara②】

 

(レポート:副代表 三村優子)

今回、ネパールでもう一箇所、新たに訪問した場所がありました。
それは、首都カトマンズから西に約200kmの、標高800m地帯に位置するポカラ。
白く輝く山群の峰々、美しい湖が織りなすこの街は、ネパール屈指のリゾート地、トレッキングの基地でもあり、海外ツーリストにも人気のピースフルな場所です。

カトマンズより小型のセスナで約25分、陸路ならバスで5〜6時間です。

雲の上にそびえ立つ、美しい峰々を見ながら

ここポカラには4つのチベット難民キャンプがあり、その中のひとつ、Tashi Palkhiel Tibetan Refugee Campを訪れました。

心地好い陽気の中、タルチョがたなびくピースフルな場所

高台からはモナストリーが見えます

ヤギともよくすれ違います

カトマンズとはまた違う、大自然に囲まれたポカラ

当時、ガイドを務めてくれたひとり、Menkyiは今や一児のママとなり、ご主人の実家に帰省しているところでした。

とてもしっかりしていたミンキー、包容力たっぷりのお母さんの表情になっていました。

温かいファミリーのお宅でホームステイ。そして徒歩1分のところにあるMount Kailash Schoolを訪問しました。

1963年に創設された緑に囲まれた学校。

現在は、わたしたちも地震の後訪れたSnow Lion Foundationが管轄しています。

グラウンドからは魚の尻尾を意味する雄大なマチャプチャレが見えます。

空気を少しお届けします。

この学校には、7つのクラスがあり、下は5歳から上は16歳まで、全部で136名の子どもたちが通い、約7年で卒業します。

学校にはホステルも併設され、そこにはムスタンやマナンなど山間部の僻地に生まれて通学が困難な子供たち68名が暮らしているそうです。

チベタンスクールですが、ネパール人の子どもも一緒にチベット語やネパール語、英語を学んでいます。

翌日から試験が始まるとのことで、先生は準備の真っ最中

ここネパールでも教育についてはインドのチベタンスクールと一貫した考えで、伝統教育と近代教育のどちらも取り入れた教育を行なっています。

今回ポカラを訪れた1番の目的は、キッズカメラプロジェクトの次の候補校を探すためでした。

ネパールではすでに、震災の被害が大きかった、カトマンズにあるSRONGTSEN BHRIKUTI BORDING HIGH SCHOOLの生徒会へカメラを10台寄贈しています。@2015秋スタディツアー

自然豊かなポカラで育った子どもたちの撮る写真は、きっとまた一味違ったものになると確信し、友人のサポートのもと、校長先生にプロジェクトの提案をさせていただきました。

すると、写真部やカメラの課外活動のようなものは特にしていないけれど、子どもたちはいつも写真を撮ることに興味があり、このプロジェクトは子どもたちにとってとても幸せでありがたいことだと大賛成していただきました。

校長先生のTenzin Woser先生。

とても紳士で優しい先生です。

翌日から始まる試験に備えて、子どもたちは帰宅していたので会うことはできませんでしたが、
このあとTenzin先生が10名のキッズフォトグラファーを選出し、報告いただけるお約束になっています。

キッズフォトグラファーが決まったら、またポカラを訪れたいと思います。

来月はいよいよキッズカメラ初の写真展イベントin横浜
そして今年は、写真コンテストにも挑戦していきたいと思っています。

引き続きこのプロジェクトも温かく応援していただけると嬉しいです!

キッズカメラプロジェクトについて
↓↓
http://rainbowchildren.holy.jp/kidscamera

 

【Nepal project その後 & Kid’s camera project in Pokhara①】

 

(レポート:副代表 三村優子)

2017春のインドでのスタディーツアーを終えて、1年半ぶりとなるネパールへ向かいました。

まず最初に向かった先は、首都カトマンズ。
2015年4月25日に発生したネパール地震の際、レインボーチルドレンが緊急支援を行なった首都カトマンズにあるジャワラケルキャンプのことはまだ記憶にも新しいことかと思います。

ネパール地震発生直後のキャンプ

2015秋のスタディツアーで訪れたときは、復興ままならぬネパールに追い打ちをかけるかのようなオイルショックまっただなかでした。


この時、地震直後よりキャンプのガイドをしてくれたリンジン・ミンキー・ドルマと再会しました。

地震で痛々しくひびが入っていたボーダナートのステューパは、再建されとても美しく生まれ変わっていました。朝も夜もこのステューパの周りでの多くの人々のコルラ(巡礼)が行われています。

昼のステューパ

夜はライトアップされ、漂うお香の香りと、マントラの響き、多くの巡礼者と共に

今回の2017春スタツアでは、デリーでの奨学生ミーティングでこのキャンプ出身であるペマちゃんと再会した翌日、ペマちゃんの実家を訪れ、懐かしい家族と笑顔の再会を果たしました。

2017春スタツア、デリーでの奨学生ミーティングにてペマちゃんと

久々の再会、ペマちゃんファミリーが温かく迎えてくれました。

チベタンラグのチャリティ販売企画で携わった、ペマちゃんママが働くハンディクラフトセンターは、倒壊の診断を受けたのち、取り壊しが始まっていましたが、今やすっかりとさら地になっていました。

その代わり、仮設の工場で今もお母さんたちが元気に機織りしているとのことでした。

ペマちゃんのパパとママ。

ふたりともお元気そうでなによりでした。

ペマちゃんママお手製のポテトモモをご馳走になりました。

そして、ペマちゃんの妹が通うAtisha schoolの仮設校舎は、今や新校舎に変わり、子供たちは元気に学校に通っていて、当時のガイドをしてくれたひとり、ペマちゃんのお姉さんRinzinは今もこの学校で先生をしているとの嬉しい報告がありました。

つかの間の訪問ではありましたが、この一年半での復興への道のりのひとつひとつの軌跡を垣間見ることができました。