奨学生FILE. Kunga Tsomo(6期生)

 

今日はKunga Tsomoさんに会ってきました!

彼女はデリー大学のMiranda House collegeで勉強しています。専攻は地理学と政治学の2つをとっています。「入学時、どっちとも興味があって、1つには絞れず、2つの科目を専攻しました。」と言ってました。デリー大学では2つの専攻を学ぶことができるそうです。修士になると1つしかダメみたいですが。

地理学では各国・各地域の年齢別、男女別の人口構造だったり、地形や地質等について学んでいます。政治学の方では、人権、政治の歴史、インドの政治、選挙の仕組み等を学んでいます。

 

Kungaさんは卒業後は修士に進むことを考えています。修士に進んだら、政治学を選んで勉強していくつもりです。「政治学の方が興味があるし、将来のことを考えると就職の機会が多い政治学の方を学んでいきたいと思う。」と語っていました。
可能ならば奨学金を得てアメリカやイギリス等の海外の大学へ留学したいとも思っています。

その後、Kungaさんの将来なりたいものはたくさんあり、びっくりしました(笑)。

「まず、30歳まではスチュワーデス、その後は大学の講師、そして最終的に政治関係の仕事につきたい!!」

「昔はモデルになりたいと思っていたけど、私は身長高くないので難しいかなと思う(笑)。スチュワーデスになら身長が低くてもなれるので、スチュワーデスになりたい。その後は講師になりたいと思う。私は小さい頃から人に何かを教えること、人を導くことが好きだった。小中学校でもよく友達に物事を教えていた。インドか海外の大学かわからないけど、政治学の講師をしたいと思っている。そして経験を積んでいき、40~50歳くらいになったら、政治関係の仕事につきたい。チベット国の権利を少しでいいから取り戻したいと思っている。チベットに恩返しをしたい」と言ってくれました。

Kunagaさんの父親がインドでの市民権をもっているのでKungaさん自身も市民権を取れる可能性があるそうで、そしたらインドの大学で働けるそうです。

彼女の家族は父母と弟の4人家族。家族はHimachal Pradeshに住んでいます。彼女の祖父母がチベットから移住してきて、彼女の父母、彼女自身はインドで生まれました。仲がいいみたいで、「弟とはよくケンカしてました(笑)」と語ってました。

今回もMajanu ka Tillaのカフェで話を聞きました。

Kungaさんは日本についても少し知っていて、日本について良いイメージを持ってました。「日本はとてもきれいな国だって聞いています。デリーの川はごみや汚染だらけだけど、日本は清潔にしていて、川にもちゃんと魚がいると聞きました。」、「世界で危険な国ランキングでインドは1位、日本は1番安全と何かで知りました。インドではしょっちゅう小さなケンカが見れます。昨日も地下鉄に乗っていたら、インドの人同士がケンカしていました。これがインドの日常です。でも日本は安全と聞いています。」

Kunga さんの夢。「講師になりたい!」と書いてくれました。

「アルバイトもしたいと思ってるけど、今は両親に勉強に集中しろと言われ、やっていない。修士になれば専攻も1つだし、時間が作れると思う。社会経験のためにもアルバイトしたい。」

とも語ってくれました。色々やりたいこともあるって素晴らしいです。スチュワーデス、講師、そして政府の仕事!!どれも素晴らしい仕事です。講師で経験を積んで、政府の仕事という風に自分のキャリアプランも考えたりしていて、すごいと思いました!

今後、自分とチベット社会のために頑張っていって欲しいと思います。

 

奨学生FILE. Tenzin Lhundup(6期生)

 

Tenzin Lhundup君はデリー大学で勉強している19歳の学生です。

Tenzin君の寮の部屋。身長は175cm程度あります。

家族はダラムシャーラ近くに町に住んでいて、祖父母、父(2二人)、母、姉、妹の8人家族。祖父母がチベットから移住し、今はインドで生活しています。

チベットではお父さんが2人以上いることがあるそうです。「どちらかを“おじさん“と呼ぶわけではなく、2人とも”お父さん”と呼んでいる。2人ともお父さんと思っている」と言ってました。チベットの文化には驚きましたが、良い家族関係みたいでした。

Tenzin君のお姉さんはメイクアップアーティストを目指していて、今は専門学校に通って勉強中です。

Teznin君の家族はみんなインドにいるので問題ないですが、遠い親戚(祖父母の兄弟の家族とか)はまだチベットにいます。「会いに行ったりしないの?」と聞いてみたら、「会いには行けない、チベットに行ってしまったら、インドに戻ってこれない」と言っていました。やはりまだ、簡単に行き来できる状況ではないんだなと感じました。

Teznin君は日本の漫画、アニメ好きです。ドラゴンボール、ワンピース、ナルト、ハンター・ハンター!!他にも格闘漫画好きではじめの一歩、バキとかを知っていました!!テレビでやっていたり、アプリで漫画が見れたりするそうです。
日本語も好きと言ってくれました!アニメを見ながら少し覚えたらしく、「俺はTenzin Lhundupです」と日本語で喋ってくれました。

今の趣味は筋トレ。ジムに通い、サプリメントを取っています。(部屋にプロテイン他、サプリメントの缶が置いてありました。)「高校時代はひょろっとしていたので、体を鍛えたい」。ここらへんは大学生らしいなと思いました。

Tenzin君の後ろの棚にサプリメントが置いてあります。

Tenzin君の専攻科目は政治学。政治論、政治システム、国際関係等を勉強しています。将来の夢は「なれるなら、、」弁護士か、チベット政府でネゴシエーターになることです。

ここインドで弁護士になるには大学卒業後、弁護士になるための専門大学でさらに勉強し、卒業後にシニア弁護士の下で2年間勤務が必要とのこと。ダラムシャーラでチベット人の弁護士になることをTeznin君は考えています。インドで弁護士をやることも選択肢としては考えているそうですが、簡単ではないそうです。

「インドで働くのは簡単ではない。インドにはたくさんのインド人がいて、弁護士になる人も多くいる。その中でチベット人の自分がインドで弁護士となるのは難しい」と言ってました。

10億人以上の人口のいるインドの中で外国人であるTenzin君が仕事を見つけるのは簡単ではないのだろうなと感じました。

弁護士以外の道として、ネゴシエーターを考えています。

「チベット政府で働き、色んな国際会議に参加し、世界中を見て、いろんな経験をしたい」と言っていました。

先日話を聞いたDelek君も同じように政治学を学んで、政府関係の仕事につきたいと言っていました。自分にはあまり馴染みのない政府関係の仕事を考えている学生にもう既に2回も会ったことにちょっとびっくりしました。

インドにいるチベット学生にとってはあまり職業選択肢がないのか、それとも自分の国(政府)に貢献したいから政府関係の仕事に関わるのかな、と思いました。ここで勉強して、将来、Tenzin君がチベットを良くして言ってくれると良いなと思います。

 

奨学生FILE. Nyima Wangmo(6期生)

 

今回はNyima Wangmoさんにインタビューをしました。
Nyimaさんは現在デリー大学の Daulat Ram collegeの2年生。政治学を専攻しています。

他のチベット奨学生たちもデリー大学で政治学を専攻していますが、みんなcollegeが違うので教授や教室・キャンパスは違っていて、一緒に勉強しているわけではないです。なので、Daulat Ram collegeのクラスには留学生は彼女だけです。日本とは違ってちょっとわかりずらい制度ですが。。。
ちなみにこのよう一つな大学に複数のcollegeがあるのはデリー大学とバンガロール大学だけだそうです。

Nyimaさんはここで各国の政治体制、国際関係、行政等を勉強しています。
「授業は月から土の8:30-16:00まであって、宿題、レポートもいっぱいあって大変!!」と言ってました。
大学卒業後は修士・博士を取り、その後はチベット学校の先生になって、政治学を教えたいと考えてます。「チベットの将来のため、子供達の教育に関わっていきたい。」と言ってました。
日本で先生になる人は博士の資格は取らないので、何で取るのかなと思って聞いてみたら、
「チベット人が職を見つけるのは大変で、最近は競争も厳しくなっているので、修士、博士といった資格があった方が有利になるので、取ろうと思ってます」と言ってました。

あと、チベット人がインドの学校の先生になれるか聞いてみたら、「インドの公立の学校の先生になれない。私立の先生なら可能だけど、競争が厳しく、私立学校で働くケースはあまりない」と言ってました。チベット人がインドで働く機会は少なく、厳しい状況なんだなと改めて感じました。

家族は父母と姉1人弟1人で、みんなArunachal Pradesh州(ブータン、中国国境近くのインドの州、チベット系の人が多く住んでます)に住んでいます。

「お父さん、お母さんがチベットから移住してきて、こちらで出会って結婚して私はここで生まれました。お父さん、お母さんは地元で農家をしています。」

Nyimaさんは小学校入学と同時に親元を離れ、Himachal Pradesh州(チベット亡命政府のあるダラムシャーラのある州)のチベット人学校に高校卒業まで通っていました。Arunachal Pradesh州の子供達の多くは勉強のために小さい頃から親元を離れて学校に通っています。帰るのは年に1回程度だそうです。。。。
他のチベット学生もそうでしたが、、、チベット人向けの教育を受けるためには、小さい頃から親元から離れなくてはいけないのは、大変だなと思います。

チベット難民が多く集まるデリー郊外 Majnu ka Tillaという所で話を聞きました。 おしゃれなカフェもいくつかあります!!これはチベットのバター茶。

今、住んでるところは寮でなく今は友達と共同でアパートを借りて生活しています。「最初は料理はできなかったけど、今はモモ、トゥクパなど料理できるようになった。」と得意そうに言ってました!

「今のチベットの現状は良くない。私たちのチベット政府・社会には権利が多くない。将来、何ができるかはわからない、具体的なことはわからないけど、チベットのため、何か良いことをしていきたいと思っています」
と語ってくれました。

良い先生になって、そして少しづつチベットの人々の社会を良くしていったもらいたいです!!

今日は友達の誕生日パーティがあると言ってました!

 

奨学生FILE. Delek Wangyal(6期生)

 

2018年9月9日、奨学生のDelek Wangyal君に会いました。彼はレインボーチルドレンの奨学金でデリー大学に通っている学生です。
彼はインドに北東部にある州で生まれました。お父さん、お母さんがチベットからインドへ移住してきたそうです。小学校の頃から親元を離れ、ダラムシャーラ近くのチベット人学校に通ってました。今はデリー大学で勉強しています。

兄弟は姉2人と兄、弟の5人兄弟で、お姉さんの1人はデリー近くの病院で看護士として働いていて、よく会いに行っていて、先週も会いに行ったと言ってました。

彼の通っているデリー大学はインドでもTOP5に入る大学で、多くの留学生を受け入れています。チベットの学生以外にもアフリカ、中東、ヨーロッパ等、様々な国から学生が来ているそうです。ただ彼のクラスで留学生は彼のみで、他は全てインドの学生の中で頑張っています。「デリー大学のインド人学生は優秀なので、ついていくのが大変」と語っていました。

現在大学2年生、授業は月曜日~土曜日で休みは日曜日のみ、「今はレポートや宿題がいっぱいあり、大変だ!!」。そして、ちょうど学生選挙の時期で「今は大学キャンパスが騒がしい」と語っていました。

Delek君の専攻は政治学。国際関係や民主主義などを学んでいます。大学卒業後はJNUというインドの社会系大学で有名な大学で修士をとって、将来はチベット政府の外交官になりたいと考えています。

Delek君の趣味はサッカーで、授業後はサッカーを楽しんでいます。話を聞いた前日もトーナメントがあったと嬉しそうに喋っていました!!「残念だけど、負けてしまった。。」と言ってました。チベット人でチームを組んでいるそうです。

Delek Wangyal君の生活している寮

サッカー好きな大学生らしいDelek君だと感じましたが、外交官という国にとって重要な仕事をしたいと思っているDelek君の志に驚きました。すごいと思います!!

今回はDelek wangyal君が生活している寮で話を聞きました。
大学から地下鉄で45分の所で、デリー大学のチベット人留学生用の学生寮です。ここで250人ほどの学生が生活をしています。部屋はあまり広くはなく、勉強するときはベットの上に小さな机を置いて勉強していると言ってました。

寮の入り口(チベット学生の寮)

ギターが好きらしく、ベットの近くに置いてありました。チベット音楽を演奏しているそうです。恥ずかしそうにギターを持ってくれました!

ギター演奏

 

Be The Change Project 2018感想(はん)

 

大阪大学外国語学部 陳 達尔罕夫

今回の12日間のスタディーツアーを通して、改めて自分と向き合うことができました。
自分と向き合うきっかけを作ってくれたのは大きく3つあります。
一つ目は、一緒に6回の事前研修を行い、12日間行動を共にした日本人学生です。一からワークショップを自分たちで作るというとても大変なことをする上で何度もチームビルディングを繰り返したり、ワークショップがより良いものとなるようにインドへ行く前の一週間は毎晩毎晩電話ミーティングを繰り返していました。この仲間たちとの協力や対話などを通して自分がチームにおける役割はどのようなもので、自分のいいところはどこか、自分がもっと改善させなければならないことは何かをしっかり考えることができました。インドで過ごしていた時も、様々なテーマについてお互いの考えを共有したり議論したりすることができ、たくさんの刺激を受け、もっと精進していこうと決意しました。

二つ目は、ダラムサラで出会ったチベット人奨学生たちです。彼らと過ごした時間は半日ととても短かったのですが、話し合った内容は今回の12日間のスタディーツアーの中でも最高に充実したものでした。個人的なことでいうと、アイデンティティの形成という部分で僕の境遇はチベット人奨学生とどこか似ていて非なる部分があり、互いが自分の考えを伝えることによってより広い視野、もしくは考え方というものを見つけることができました。


三つ目は、スラムで出会った子供たちです。スラムをみた正直な感想は、自分だったらここでは生活できない、ということです。しかし、そんな劣悪な環境下でも子供たちは笑顔で過ごしていました。そんな子供たちをみて、幸せとは何か、を考えました。今もまだその答えは見つけていませんが、自分が今過ごしている環境が何一つ当たり前だなんてことはなく、常に感謝の心を持って生活していこうとおもいます。


最後に、このような貴重な体験をするにあたり、協力してくださった全ての皆様に感謝です。ありがとうございました。

 

 

Be The Change Project 2018感想(ねね)

 

国際基督教大学ICU 小山寧々

ねねちゃん、なんでインド行ったの?

インド楽しかった?やっぱり毎日カレーなの?

日本に帰ってきてからの周りの反応はだいたいこんな感じでした。私にとってのインドで過ごした日々は、楽しいという言葉だけでは表しきれない密度の濃ゆい時間でした。そしてもちろんカレーばっかり食べてたわけでもありません。(笑)

空港に着いてホテルに向かっただけの1日目。ただそれだけでも日本で生活していて当たり前だと思っていたことがどんどん覆されました。一歩空港を出れば野犬に囲まれて、バスに荷物を積んでもらおうと思ったらスーツケースが車体の上に積まれロープで縛るだけでバスが出発し、ハイウェイはまるでカーレースみたいに速度制限なんて誰も気にせず目まぐるしく車線変更が繰り返され、あちこちでクラクションが響きます。「何これ面白い!」と笑ってしまったのを覚えています。

そしてもう一つ衝撃的だったのがスラムツアーです。もうすぐ日本に帰るという行程の終盤でなんだかインドを知った気になっていたところで、はっとさせられたのがスラムの子供たちとの交流でした。日本の小学校の教室の1/4以下の部屋に机も椅子もなくぎゅうぎゅうに座って、それでも「勉強好き!」という屈託のない笑顔に溢れていました。子供たちが披露してくれた英語の詩の暗唱からもその気持ちは存分に伝わって来ました。インドのスラムなんてこのツアーじゃなきゃ二度と来なかったかもしれない場所で、訪問を歓迎してくれる人がいるということに心がじわっと温まり嬉しくなりました。それと同時に自分がいかにこういった事実に対して関心を持たず目を瞑っていたのかということにも気がつきました。

このプロジェクトの目的は「変化の中心」に自分たちがなることでしたが、インドという環境に身を置くことで、開発が進み発展している、まさしく変化の中心であるインドを知ることができたと思っています。

知るという観点で他に達成できたことは、「チベット人奨学生」を知るということです。

ワークショップ作成の段階でチベット人の奨学生はこんなことを考えているこんな人なのではないか?というペルソナ作成を行ってきました。しかし、既に彼らのことを知っているレイチルスタッフの話やレポートだけから実際の人物像を想像するのは難しく、渡航するまではしっくりこなかったのも事実です。

ワークショップ当日に本番の会場で準備している時もその気持ちは変わらず、本当に楽しんでくれるのだろうか?という不安の方が大きくありました。しかし、一度ワークショップが始まってしまえば今までぼんやりとチベット人奨学生という括りの中の一人だったのが、彼は夜静かな中で詩を読むのが好きな男の子、彼女はおしゃれが好きでメイク上手な女の子と言った風にその個人を知るようになりました。

ワークショップでの「どういう時に幸せを感じる?」といった対話や、休憩時間にした何気ない会話を通して、それまで想像もつかないくらい遠い存在だった一人一人のチベット人奨学生が身近なものになっていきました。お気に入りの口紅の話や恋人に会いたくて寂しくなる話をきいていると、すごく直感的に同じだなあと感じました。

またそんな中で聞いた彼ら一人一人のチベットへの愛国心やダライ・ラマ法王への尊敬の気持ち、平和を追求する姿勢にはその志の高さに驚きもありました。「チベットのために、平和のために働いていきたい」という彼らの考えの根底にはダライ・ラマ法王の教えというものが深く根付いているのだと知りました。

そして、この「ワークショップを作る」という面で関わって来た日本人学生チームのみんなとの出会いもこのプロジェクトを通して得た大切なものです。

当初関西の大学生が対象だったところに、私が加わらせてもらったのをきっかけに関西外の学生も含めプロジェクトを進めることとなりました。地理的にも離れていて、お互い忙しい大学生活の合間を縫ってミーティングを重ねて渡航前の準備をして来ましたが、実際にインドに着いてからこんなにも密な関係になるとは予想していませんでした。「ワークショップを自分達でまず試してみよう!」と言って何時間も部屋で一人一人の生きがいを探し出そうとしたことや数日に及ぶ決起集会、そしてインドでの全行程を共に過ごしたことで上手くいかなくて悔しかったことまで含めて理解し合える関係になれたのだと思います。

レイチルのスタッフも学生も、インドに来たことやこのプロジェクトへの参加理由は様々だと思いますが、色んな想いを持った人が集まってこのチームになったのだと思うと、「呼ばれて行く国、インド」が何を表しているのか少しだけ知れたような気がします。

私の参加を快く受け入れてくださった石川さんをはじめとして、このプロジェクトに関わってくださった全ての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。

知らないことを知りたくて渡ったインドから帰って来て、まだまだ知らないことは山ほどあると気がつきました。そして、ダラムサラの透き通る青い空やデリーの夜に響くクラクションと駆け抜けるときの風の涼しさ、スラムに向かうために渡るの柵も踏切も無い線路のように自分が知ったことは誰かに伝えていかなければという気持ちも芽生えました。

もしこれを読んでインドに呼ばれたような気がした方、次はあなたの番です!

 

Be The Change Project 2018感想(あすか)

 

北海道大学歯学部 豊福明日香

 「生きる」とはなんなのだろう。なぜ「生きる」ことに意味を見出そうとするのだろう。自分をここまで「生かし」続けさせたものとはなんなのだろう。チベット亡命政府の元を訪れ、亡命してきたというチベットの学生と話し、またスラムを含めたインドのさまざまな場所と出会いそこに居る人々と出会う中で、どうしてもこれらの問いに向き合わざるを得なくなった。日本で何一つ不自由のない暮らしを送る一介の学生に、これだけ「生」のリアルさというものを痛感させ、かつその常識や当たり前に疑問を投げかけるほどに、インドという国はあまりに多様でカラフルで、チベットという「国」の人々はあまりに特別で、もし人間のイデアというものが存在するならイデアに近い人間のようにもみえた。
尤も、彼らには、彼らの在り方が当たり前であって特別だとかそのような意識がほぼ無いことは承知しているのだが。
ここでは、あくまで私が見たのはほんの一面に過ぎないことを念頭に置きながらもチベット社会そしてインド社会から、「生きる」姿というものをつらつらと書きだしてみる。


チベット人が生きる糧としているものは輪廻転生をもとにした宗教観と非常に優れた宗教的指導者であるダライラマの存在という精神的支柱であり、生き続けるという意志と自分の存在を支えているものに、あらゆる命が身近にあり、その命の中で自分がつながり生きるという生のリアルさ、インド社会の多様性と寛容性があると思う。
まずそのなかのひとつ、生のリアリティとはなんなのか。私が今考えているものとしては、今の自分を成り立たせてきたもの・人・場所などあらゆるものへの自覚的な実感である。例えば、ダラムサラで生きるチベットの人には、自分の命があるのは他の生きとし生けるものをいただいているからであり、地球と一つの生き物としての自分、命のつながりへの圧倒的な認識があると思う。道で野菜を売るおじちゃんの斜め向かいでは、鶏の首を落とし羽をむしりその肉を切り売りする人がいる。その鶏の羽毛が物凄い勢いでもうもうと舞い散る中、一方では魚をそのままの姿で並べて売るお兄さんがいる。小さい子供から大人まで、自分が何を食べているのか即ち何によって自分の命がつながれているのか身体の感覚として解っていて、だからこそ生きることが生きることとして輝いているようにも感じた。
また、家族や隣人との濃い結びつきや場所としての土地、家、地域社会は、自分を構成する大切な一ピースでもあり自分がそこに存在すべき役割でもあり安心できる居場所でもあり、なによりそれは自分を確かめる輪郭でもあるのかもしれない。地球という球体のほんの一部の点であるインドのダラムサラという場所で、当たり前のように誰か大切な人がそこにいて必要とし必要とされる、勿論凄惨な歴史によってそれがもう今では叶わないチベットの人も本当に多いけれど、だからこそ、そのひとの一人ひとりの存在の有難味と感謝を染み入るように心の奥で掴んでいるようだ。
逆説的であるようだが、生のリアリティというものを抱えながらも、確固たるアイデンティティを持ち誰にも揺るがされないような自分の強い信念を軸にしながらも、チベット仏教の輪廻転生を基にした価値観・世界観により、彼らはこの世界の何かに固執するということがないようにもみえ、淡々となすべきことをし、生きるということを全うしている。幸福や平和といったものが自分の内なる穏やかであたたかな泉源によって実現しうるものであるとか、今この瞬間の次に自分がここにいるなんて保障も確証もないという、私には到底想定もつかなかった感覚を持って毎日に臨んでいる人もいた。固執がないからこそこれまで存在し今存在するものに対して愛があり慈しみがある、とも言えるのかもしれない。またそんな彼らチベットの友人を受け入れるだけのインド社会の多様性と寛容性が、彼らがここで生きる支えとなっているようにも思う。宗教という観点から見ても、インドのコミュニティは自分と異質なものを排除する精神はなくむしろそれを包み込むものが多いという。例えば村のほとんどがクリスチャンでたった3家族だけがムスリムだったとしても、決して少数派の人が恐怖に怯えることはないとダライラマも言っている。人種も宗教もあらゆる違いがそこにあるだけという多様性のあり方、清濁伏せのむカルチャーと環境は、きっとそこに生きる人々の心を癒している。


ここで冒頭の問に戻ってみたい。私が「生きる」という行為を、息を吸うように当たり前に自然なものとして漠然と考えていたのには、自分が生を脅かされない環境で何かを欠くこともなく豊かさの恩恵に浸りきっていたから、ゆえに世界の生生しさにも目を逸らしていたから。一方で同じ「生きる」という行為を、独自の宗教的世界観で意味づけしながらも、圧倒的にその日常が非日常の刹那さを帯び、まわりを慈しみ過ごす人がそこにはいた。自分を生かし続けるものに対して自覚的であるのが後者で、自覚にいたらないのが前者である。そしてきっと生きる自分の存在意義なんてものは、どんな宗教かに関わらず、それがどんなに大切でも大切でなくても、知性である人間が意味づけした世界の中でしか存在しないのだと思う。それでもどうしてもきっと人間は自分の存在そのものを確かめたくて、人と世界とあたたかく繋がりたくて、意味を探し求めるのだろう。
ただ地球上の他でもない“この場所”に“人間として”生まれてきた。それが生きるということをシンプルにも、途轍もなく複雑にもしている。インドで出会ったチベットの人びとを見て改めてそう思った。私も生きることから逃げずに生きたい。

 

Be The Change Project 2018感想(しらたん)

 

立命館大学国際関係学部 白井 莉奈子

日本に帰国して7日間。動けない、寝られない、食べられないという三重苦に悶えた日々が終わり、ようやくインド渡航を振り返ることができる状態まで回復しました。


インドと言えばデリー。そう、デリー。私の体調不良の元凶となったあのレストランがあるところ。ディナーを食べながら見下ろした景色は奇妙だった。店から漏れる白い光を頼りに車が横行し、野犬が走りまわり、それを縫うようにありとあらゆる布を身にまとった人間が地を埋める。そしてクラクションがBGMと化して、澄んでいるとは到底言えない大気に溶け込み、夜の空に吸い上げられてゆく。私はふと気になって夜空を見上げてみる。やはりこのまちでは満点の星空を間違っても望んではならないのだと再認識させられ、意識をもう一度下に戻す。さっきそこにいた人なんてもうどこかに行ってしまっていた。このまちは動くのだ。動き続けている。今見ているこの景色だって一秒後には様相を変えて、もう二度と見ることはできなくなる。それなら一瞬でも多く、一秒でも長くこの光景を目に映したい思った。誰もまさか自分が見られているなんて気づいていないんだからいいでしょ?と自分自身に言い聞かせ、何か見てはならないものを見たかのような罪悪感を打ち消す。それが私のインド最後の晩の過ごし方だった。そしてこの情景はこれから私を無意識下のうちに蝕んでゆくだろう。どんどん、どんどん。なぜか直感でそう感じた。


盛大な拍手が会場いっぱいに鳴り響いた。目の前では獅子が舞いを繰りひろげている。4日前、私はダラムサラにいた。チベット亡命社会の中心地である。この日は、法王さまの科学会議に合わせたチベット文化にまつわる舞台があった。不覚にも私は芸術に感動してしまった。瞬間、祖国を離れたチベット人奨学生の顔が頭をよぎり、東方医療の解説の女性の声が耳を貫き、長時間の夜行バスを降りた後のサラッとした空気が頬を掠めた。するとなぜかそれまで“あたりまえ”に捉えていたことがとても綺麗なことに思えた。社会を突き動かしているものは他でもなく人間の感情だということ。そしてその感情のはけ口の総体が今の世の中なのだということ。政治も経済も、宗教も、建築も医学も、人間の欲望や情動、理性によって醸成される。人間の感情によって創られ、人間の感情によって破壊される。そうして創造されたものはどれだけ醜い感情で塗り固められていたとしても、感情に忠実だと言う点では何よりも美しい、そんな気がしてならなかった。

 

いま、重なってふたつの記憶が蘇る。

もしかするとデリーで見たあの混沌とした世界は、暗に人間の美しさを示していたのかもしれない。

 

 

私は、
いかに美しく生きられるだろうか。

 

Be The Change Project 2018感想(あやか)

 

立命館大学 経済学部 新道彩加

 私がこのプロジェクトに参加したきっかけは、大学でお世話になっている先生から紹介してもらったことでした。初めは、「インドに行ってみたい!」「世界の教育がどうなっているのか知りたい!」という自分の好奇心に動かされ、チベット問題に関して深く理解していない状態で参加が決定しました。しかし、国内での研修と現地での体験を通し、チベットの人たちが抱えている様々な思い、チベットの伝統を守り続けるための政府の対応を知り、日本の生活の中では決して分からない数多くの貴重な経験をすることができました。
またチベットに関すること以外でも、現地の学校訪問やスラムのツアー、デリー市内の観光など全てが有意義な経験となりました。

1 日本チベット学生会議を通して

このプロジェクトのメインであるワークショップを通し感じたことは、生まれた場所や社会的な背景が違っても共通する点は多いということです。サラ大学では「平和」とは何かについて考えました。私たちの班では、お互いが認め合う姿勢をまずは持つことが大切だということに対してみんなが共通認識を持っており、平和構築のために必要なことについては共感し合える点が多かったです。
ワークショップを通し驚いたことは、チベットの学生が普段から社会の変化に関心を持ち、幸せな暮らしをするために自分は何ができるのかについて具体的な意見を持っていたことです。私は日本人として「国」があることが当たり前だという感覚で生活していましたが、チベットの学生と交流することで、これまで当たり前だと思っていたことを考え直すよい機会になりました。
最後に、チベットの学生が思っていた以上に日本に関心を持ってくれていたことがとても嬉しかったです。よくスマホなどで日本のアニメを見ているらしく、班のみんなが積極的に日本に関する質問をしてくれました。ワークショップの時間以外での交流も楽しかったです。

2 現地の学校訪問での気づき

ダラムサラのチベット人の小学校とデリーのスラムスクールの訪問も忘れられない体験でした。ダラムサラでは質の高い教育が行われていたことに驚きました。例えば、小学生で既に4カ国語を学んでおり、英語に関しては子どもたちが私以上に流暢に話していました。また、生徒と先生の距離が近く、生徒のちょっとした疑問に先生が優しく丁寧に答えている姿が印象的でした。子どもたちに「勉強することは好き?」と私が聞くと、みんな元気よく「yes!」と返答してくれて、主体的に学ぶ姿勢があり、日本の教育でも参考にできる点が多かったように思います。


デリーのスラムスクールでは、子どもたちが出会った瞬間、明るい笑顔で話しかけてくれました。小さな教室では、子どもたちが歌を歌ってくれて、これまで私は「スラム」という言葉に対しマイナスなイメージを持っていましたが、その印象がこの訪問を通して変化しました。しかし、学ぶ環境に関してはやはり日本とは大きく異なる部分は多く、子どもたちの「学びたい」という意欲が、大人の都合や経済的な問題によって奪われてしまうことには疑問を持ちました。20歳のスラムスクールの先生との出会いもあり、同じ教師を目指すものとして、彼女のように子どもを心から大切にできる教師になりたいと思いました。

3 インドという国について感じたこと

インドに到着してからは、驚きの連続でした。まず大気汚染で街中がくもっていたり、常に車のクラクションが鳴り響いていました。みんな運転が荒く、車線はあってないようなものでした(笑) 海外に行くとこれまでは、「日本に帰りたくない」が口癖でしたが、今回は「日本に帰りたい」という気持ちが出てきてこれも新たな経験でした。しかし、ダラムサラでは、ヒマラヤ山脈などの自然に囲まれて、日本とは違った環境で過ごせました。想像以上にカオスな国でしたが、異文化体験という意味では最高の国でした。

4 多くの人との出会いから得たもの

このプロジェクトでは、インドの人々、チベット人学生、政府の方々、さらにはダライ・ラマ法王などと自分とは全く異なる生活環境で暮らしている人との出会いが多く、そのためその人たちの持つ様々な価値観に触れ、視野を広げることができたと思います。しかしそれだけではなく、一緒に参加したメンバーとレインボーチルドレンのスタッフの方々との出会いも私にとっては大切なものでした。
メンバーのみんなはそれぞれが自分の将来に夢を持ち、それに向かって今何ができるのか考えており、たくさんの刺激を受けました。今回の参加の動機は違っても、みんなと自分の持っている考えや意見を話合えたことは貴重な時間だったと思います。そして、世界をより良くするために活動を行っていらっしゃる、石川さんをはじめレインボーチルドレンの方々にも大変お世話になりました。今回のプロジェクトでの学びは、どこかで必ず還元していきたいです。そして、また何らかの形でレイチルに関わっていけたらと思います☺

 

Be The Change Project 2018感想(かず)

 

大阪市立大学 法学部1年 中山一仁

1.このスタツアのメインテーマである日本チベット学生会議について

日本チベット学生会議では、サラ大学で様々な学校から来るチベタン学生と、そしてデリー大学の学生たちとワークショップを行いました。日本学生はサラ大学チームとデリー大学チームに分かれて、別個にワークショップを企画しておりました。私は、デリー大学チーム所属でデリー大学にてワークショップを運営する予定だったのですが、ワークショップ当日に集団食中毒にかかり、当日はホテルでずっと寝込んでいました。サラ大学のワークショップは参加できたのですが、肝心の自分たちデリーチームのワークショップに参加できなかったので心残りです。
しかしながら、サラ大学でのワークショップは本当に自分にとって刺激的でした。『平和』についてお互いの平和観や、平和の理想像のようなものについてディスカッションしました。私が、やはりここでチベット人学生達から学んだものは、“Without hurtingothers, we should change our own mind.”ということ、つまり他者を責めたり、傷つけたりするのではなく、まずは自分の心、行動を変えなければならないということです。私たちは、何か自分にとって都合の悪いことが発生すれば、ともすると他人を責め、傷つけてしまいます。しかしそこでひとまず考えてみるべきなのです。自分に責任や過失は無かったのか。そのような思考プロセスを持てば、人間関係の摩擦をなくし、あるいは最小限に抑えられることもできるのではないでしょうか?このような考え方は、チベット仏教と親和性が高い様子で、一緒にディスカッションをしたチベット人学生たちも仏教観を持っていて、信仰が厚いように見受けられました。

2.リンポチェの説法

リンポチェ(Rinpoche)という言葉は傑出した仏道修行者に与えられる尊称であります。今回のスタディーツアーの活動の中で、タムトゥクリンポチェという方に説法をしていただきました。既述の仏教観もお話になられていました。『宗教』について彼は、「ダライ・ラマ 14 世も語るように、我々一人一人の人間には異なる宗教が役に立っていて、精神的な支柱となっている。それならば宗教は共存し、尊重しあうことが良い。その個人の興味・関心にあった宗教を選べるように『宗教』は存在する。」とお話になられていました。全くその通りだと私も思いました。世界には『宗教対立』というものが未だ存在します。信じる宗教、神が違えば思想規範であったり、行動規範であったりというものは差異が生じうるものなのですが、そこで私達は、異なる宗教に対面したとしても、否定ではなく肯定の姿勢で対話に臨むべきなのだと感じました。個人的にリンポチェが語られる仏教観に深く共感致しましたので、完璧に彼の発意に沿えていないかもしれませんが、もう少し彼のお説教について記述させて頂きたいと思います。「仏教は苦しみからの解放法を教えるものであり、どうすれば幸せになれるのかを教えるものである。そして、1…体(真)、2…言葉(空)、3…心(意)の三つの行において善い行いをすることが肝要である。自分の幸せをまず実現しようとするのではない。他の者の幸せを実現しようとすることで、自分の幸せが堆積していく。」。私はこの彼の言葉を聞き、これからの日常生活に活かそうと考えました。曲解してしまっているかもしれませんが、《自分の幸せ》の実現の為に《他の者》の幸せを実現しようと邁進することを心に留めて、これを己の価値基準の一つにしていきたいと考えています。

3.スラム街にいた生徒や子供たちと出会って

現地スラムで、子供たちのいる学校へ行き、沢山の元気な子供たちに出会いました。彼らは小さい教室に 30 人程度が一緒になって授業を受けていて、私たち日本人学生に会うとまず自己紹介をして下さいました。それもオリジナル(?)ダンス付きで自己紹介をして下さりました。とても可愛かったですね。また、私たちに非常に興味を示してくださり、私にも『好きな教科は何?』だとか、『あなたの好きな食べ物は?』等などたくさん質問をして下さりました。あまり子供たちとお話をする時間がなく、その場を出発してしまったのですが沢山聞きたいことがありました。『あなたの夢はなに?』、『この学校をどう思っている?』、『もっとこうあって欲しいなということはある?』等など、もっと彼ら彼女らの内面に耳を傾けたかったです。彼ら彼女らはとてもその場所で活き活きしているように思い、だからこそ何か私たちが介入することは少し違うかなとも思いました。確かに、教員の数や、教室の環境など改善すべきところはありました。しかし、彼らにとって今の環境が思い出の学び舎であり、“故郷”でもあると感じ、そこに第三者が介入して変容せしめることはしたくないなと思いました。重ねて述べることになりますが、彼ら彼女らが何を感じ、何を思っているのかをもっと知りたかったです。

4.まとめ

食中毒になったことも含め、インド(チベット)で見た景色、出会った人々は私にとって刺激的で今後の私の生き方に強く影響を与えるものであったと思います。
レインボーチルドレンの皆様、そして資金を提供してくださった皆様、そして一緒にインドに渡った日本人学生チームの皆様、貴重な経験をさせて下さり誠に感謝し申し上げます。