レインボーチルドレンの辿った五年間の軌跡

 

2012年3月の初めてのチベット難民社会訪問から数えて、11回目となる訪問を終えて帰国しました。インド訪問自体は14回目となりました。

当初個人として3名の大学生の進学支援を始めてから、在学100名を目標に活動してきましたが、今年(2017年秋)はその100名を達成できる予定です。

その5年・100名という区切りの年に当たり、春か秋の訪問時にダライ・ラマ法王に謁見して報告したいと考えていましたが、2月時点では残念ながら我々がダラムサラに滞在する期間中には法王様は海外におられる予定でした。

忙しく世界中を巡られている法王様がダラムサラの公邸におられる期間に調整して訪問することは、なかなか難しいのです。メンバー全員がそれぞれの仕事を持ち、それぞれの予定をやりくりしてインドへ向かうというのが現在の姿なので、直前に日程を調整することは困難です。

ですので、春、秋どちらかで奇跡的にタイミングが合うことを願っていました。すると、法王さまが海外へ出発される日程が先送りになり、追加で2日間のティーチングが開催されることが発表されました。出発3週間前のことです。

ティーチングがあるということはダラムサラにおられるということで、謁見するチャンスかも知れないと教育省を通じて法王庁に意向を伝えました。しかし、3月10日のアップライジングデーや12日のウーマンデーを挟み、諸外国からも様々な団体が訪問します。予定は分からぬまま日本を出国することになりました。

「運が良ければ今回、駄目なら次回の秋に。」

ダラムサラ滞在中は他の予定がぎっしり詰まっていました。こちらももし実現すれば、どこに予定を滑り込ませたらいいのか分からないほどです。すべては運と教育省の采配に任せて、目の前のプロジェクト活動に集中することにしました。

ライ・ラマ法王が神変大祈願祭の法話を行なわれたツクラカン中庭の光景。2017年3月12日、インド、ヒマチャール・プラデーシュ州 ダラムサラ(撮影:テンジン・チュンジョル / 法王庁)

ダラムサラ到着初日に、12時間のバス移動で到着したその足でティーチングに参加し、いつものようにお姿を拝見しました。最近は会場に入るセキュリティチェックも年々厳しくなっていますが、教育省の配慮によって特別にお堂の中のお顔が拝見できる場所で法話を聞きました。最近は大勢の聴衆の中でお会いすることは普通になりましたが、個別に時間を頂いて謁見することはまったく別のことです。

ツクラカンの中庭で法話を行なわれるダライ・ラマ法王。2017年3月12日、インド、ヒマチャール・プラデーシュ州 ダラムサラ(撮影:テンジン・チュンジョル / 法王庁)

チベット仏教の頂点であり、チベット社会の中心にいる法王さまに謁見することは、外国人である我々にとっては勿論ですが、チベット人にとっても特別なことです。願ってもその機会はそう巡って来ません。この時点では聴衆の一人となり謁見は諦めていました。

その夕方に教育省との会議が予定されていました。ノドゥプ教育大臣、教育省幹部と次期奨学生の選考について、いつもより長い時間話し合いました。

教育省にて大臣、教育省幹部と。2017年3月13日(撮影:北條直樹)

その会議が終わりに近づいたころ、担当者から「明日の早朝6時半に謁見が決まった!明日はフランスの団体と日本のレインボーチルドレンだけだ。」と告げられました。翌日は6つ7つの予定が詰まった一番ハードな日でしたが、早朝は何もないベストタイミングです。ひとつの予定だけを一日先に変更して、謁見に臨むことになりました。

公邸前でダライ・ラマ法王と。2017年3月14日(撮影:法王庁)

早朝6時半から1時間ほど待ってようやく謁見が実現しました。握っていただいたその手は温かく、とても柔らかい慈愛に満ちた手でした。ご多忙の中(この直後はツクラカンのティーチング会場へ移動されました)で公邸内のお部屋ではありませんでしたが、初めてきちんとお会いすることができました。教育省担当者より団体説明を伝えるのでこちらから話してはいけないということで言葉を交わすことはありませんでしたが、以前ティーチング会場で日本語通訳のマリアさんより紹介いただいた際のお言葉「Thank you」とは異なる

「Appreciate!」

という言葉を頂戴しました。

チベット国会議事堂にて。2017年3月13日(撮影:北條直樹)

この日はチベット亡命政府の国会が始まる日で、首相・7人の大臣・議員や政府関係者が集まった議会で、全員が名前を呼ばれ起立し紹介を受けました。公の場で紹介されて感謝の拍手をされるのはこれが初めてのことで、とても光栄な出来事でした。

チベット国会の様子。2017年3月14日(撮影:北條直樹)

その直後が休憩時間だったのですが、退席されるロブサン・センゲ首相に感謝を伝えると、「後で来てください。」とのこと。予定になかったことなので驚きましたが、後に教育省から確認をとると、最終日13時半に首相官邸まで来てほしいとのことでした。

実はこの1月に大阪で講演があった際にも呼ばれて訪問したのですが、スケジュールがずれあまり時間が取れなかったことを気にされていたみたいで、改めて時間を取ってくださったようです。そのご配慮に感激しました。

官邸にてロブサン・センゲ首相と。2017年3月16日(撮影:北條直樹)

センゲ首相はいつもユーモアたっぷりで、ずっと笑わせてくれます。ハーバードで博士号をとったインテリジェンスと、政治のトップとして難民社会のハードな舵取りをするリーダーシップ、日本が好きな奥様お嬢様の話をされるときの優しさ、そして神戸牛と日本酒が好きでとてもユーモアな一面をもつリーダーです。実は年齢がひとつ違いというのも親近感を抱く一因だと思います。

ロブサン・センゲ首相と。2017年3月16日(撮影:北條直樹)

そして、思わぬ感激の出来事が!レインボーチルドレン奨学生が今年100名になることを記念して、政府として公式な感謝の盾を下さったのです!

チベット亡命政府より戴いた盾。2017年3月16日(撮影:北條直樹)

これは新しくデザインされたもので対外的に渡すのは初めてだとのことです。なんという光栄!そしてこれまで日本に対してこの盾を渡すのも初めてだとのことです。人は予想外のことや予想以上のことに対して感動が生まれますが、まさにサプライズな出来事で、その内容も身に余ることで本当に感激しました。

最後には、来年訪日する時には大阪滞在を2日間確保し、レインボーチルドレンの事務所を訪問するという約束をしました。(団体事務所を建設しないとならないですね)

ロブサン・センゲ首相とメンバー全員で。2017年3月16日(撮影:チベット亡命政府)

こうして、ダライ・ラマ法王という宗教のリーダーと、ロブサン・センゲ首相という政治のリーダー、今のチベットの2人のリーダーにレインボーチルドレンが歩んできたこれまでを評価いただくというメモリアルな訪問となりました。

この一連の模様は、日本代表団の訪問として、チベット亡命政府の公式サイトであるtibet.netに3枚の写真と共に紹介されました。

 

これも、ご支援いただいている個人や企業・団体の皆さま、関係者の皆さま、共に同じ方向に向かって頑張ってくれるメンバーの仲間たちのお陰です。本当にありがとうございました。

そして、この活動を続けていけるのも、チベットやスラムの若者たち、子どもたちがいるからです。今回もたくさんの感動の瞬間がありました。たくさんの輝く虹が見えました。

サラ大学で42名の奨学生たちと。2017年3月15日(撮影:北條直樹)
デリーで10名の奨学生たちと。2017年3月19日(撮影:北條直樹)
ペトンスクールで新たなキッズカメラたちと。2017年3月15日(撮影:北條直樹)
デリーで元奨学生たちと。2017年3月17日(撮影:北條直樹)
デリーで卒業生たちと。2017年3月17日(撮影:北條直樹)
デリーで元奨学生・卒業生たちと。2017年3月17日(撮影:北條直樹)
スラムで新たなキッズカメラたちと。2017年3月18日(撮影:北條直樹)
スラムの奨学生リーダー・サンタンと。2017年3月18日(撮影:北條直樹)

これまで5年間歩んできた道は決して平坦ではありませんでしたが、真っすぐに進んできました。学校建設、高等教育支援、リーダー育成と徐々に明確になってきた目標は、「認めあい」「分ちあえる」ひとつの地球という最終ゴールに向けて、未来のリーダーたちにバトンを渡すまでこれからも進んでいきます。

「教育は世界を変える!」

これからもよろしくお願い申し上げます。

 

10日間のプロジェクト活動の報告はこれから随時アップしていく予定です。

 

 

ロブサン・センゲ首相来日講演へ参加してきました

 

昨日、来日されているチベット亡命政府(中央チベット政権CTA)のロブサン・センゲ首相の講演会に参加してきました。

「知っておかなければならないチベットの今」と題されたテーマでは、60年前の中国の侵攻により祖国を失いその後の迫害を受けてきたチベットの歴史を重ね合わせ、「チベットを知ることが中国を知ることにつながり、尖閣・南シナ海などの国境問題の解決につながる」と話されました。

決して遠い出来事ではなく、日本を含む中国と隣接する国家や、中国が進出しているアフリカ諸国が、自分のこととしてチベット問題を学ぶことが重要であるということです。

さらに、「チベット問題の解決は、武力紛争が絶えない世界に平和と非暴力をもたらす大きな可能性がある。そして解決できると確信している」と力強く締めくくられました。

お会いするのは昨年10月のダラムサラの首相官邸以来でした

3度目となる今回の来日では、東京・大阪での講演に加え、昨年発足した日本チベット国会議員連盟(超党派82名)での講演も含まれています。今日以降も、京都、東京とハードな日程をこなされ、まもなく始まる議会(国会)に備えてインドへ帰国されます。

奥様とペトンスクールに通うお嬢様も一緒でした

 


(ウィキペディアより抜粋)

ロブサン・センゲ(Lobsang Sangay、1968年 – )は、チベット人の法学者(専攻:国際法、立憲民主主義、紛争解決)、政治家。インドのダラムサラに拠点を置く中央チベット行政府(チベット亡命政府)の公選による第2代首相(正式にはシキョン(政治最高指導者))。

1968年にインド・西ベンガル州ダージリン郊外のチベット人亡命社会で生まれた。誕生日は公式書類上では3月10日とされているが、これは1959年のチベット蜂起が発生した日を借りたものであり、正確な誕生日は本人も知らない。このことについて彼は「自分の誕生日すら知らないという事実に、私がどんな人生を送ってきたかが集約されている」と語っている。

ダージリンの中央チベット学校を卒業後、デリー大学で英文学と法律学を学び卒業。1992年、チベット青年会議執行部委員。1996年、アメリカのハーバード大学ハーバード・ロー・スクールに留学し、2004年に法学博士号(Ph.D in Law)を得た。博士論文は『亡命チベット政権の民主主義と歴史(1959〜2004)』。その後、ハーバード大学ロースクールの上級研究員を務めた。

ロブサン・センゲはチベット問題の平和的・非暴力的解決を望むダライ・ラマ14世の立場を尊重し、中国憲法の枠組みの中での自治権付与を求めている。彼は香港・マカオの一国二制度がチベットにとって最善の制度だとして、暴力を伴う抵抗運動に否定的な見解を示している。

チベット亡命政府首相としては400ドル(日本円で約3万円)の月給しか受け取っておらず、これはインド全体の平均月収の3万ルピー(日本円で約4万5,000円)と比べてもきわめて低いが、本人は亡命政府首相としての職務に情熱を燃やし、収入についてはまったく問題とはしていない。

(転載終了)


 

センゲ首相は難民二世としてインドで生まれ、奨学金を得てデリー大学、ハーバード大学と進学した、レインボーチルドレンの奨学生たちと同じ境遇の人物です。ハーバード大学で教鞭をとられた後に、チベットの初代首相となるために帰国した現チベット難民社会の政治的リーダーであり、それはまさにレインボーチルドレンが掲げる「リーダー育成」のひとつのロールモデルだと考えています。

講演後お声が掛かり、控室にて

講演では、若い世代が(自分のように)勉強を頑張り、これからのチベット社会を牽引していくことに大きな期待を述べられました。

亡命政府の政策の中央の柱でもある高度な人材の輩出(高等教育)をレインボーチルドレン奨学金は担っています。現在65名の奨学生(大学・大学院)は、今年度に目標としてきた100名を達成する予定です。

現在チベット難民社会は全世界に広がり、センゲ首相の様に欧米で学ぶ優秀な学生や、その専門性を世界で活かす人材が増えてきました。チベット人のもつ利他の精神や平和の遺伝子が世界に拡がっていく未来を、レインボーチルドレンは描いています。

いつもユーモアたっぷりのセンゲ首相です。来月またダラムサラでお会いしましょう!

最後に、昨年10月に撮影したセンゲ首相から日本の支援者の皆さまへのメッセージを公開しました。ご覧ください。

 

チベットからメリークリスマス2016~Merry X’mas from Tibetan Scholarship Students

 
今年もチベットからクリスマスカードが届きました。
ヒマラヤの向こうの奨学生からルピー募金の御礼と共に、メリークリスマス!

今年は今まででもっとも多い58枚が届きました。

中央チベット政権(CTA)教育省からも、ルピー募金の御礼と共に、クリスマスメッセージを頂きました。

奨学生からのクリスマスカードの一部を紹介させて頂きます。
(手紙の箇所はPCに最適化されています。スマホの方は拡大してご覧ください)

(訳:レインボーチルドレンメンバー8名)

58枚のクリスマスカード全部は、レイチル通信会員およびルピー募金者向けの[専用ページ]にて公開させていただく予定です。お楽しみに!

※レイチル通信会員~メルマガ登録者、マンスリーサポーター、みらいの貯金箱サポーター、BASE購入者、イベント参加者

【※ルピー郵送時にメールアドレスをご記入頂いていない方へ※】

<ルピー募金者専用>
活動報告をお届けします

 

 


 

ご報告:今年度の奨学金65名分を教育省へ送金しました(チベットプロジェクト)

 

インドより帰国後10月12日、今年度分のレインボーチルドレン奨学金65名分(チベットプロジェクト)を、チベット亡命政府教育省へ送金しましたことをご報告致します。

ご支援頂いている皆さま、本当にありがとうございました。 “ご報告:今年度の奨学金65名分を教育省へ送金しました(チベットプロジェクト)” の続きを読む

期待の新メンバー紹介!ナムドルちゃんです

 

「今度は私がレインボーチルドレンに恩返しをする番です!」

この秋のインド訪問では、嬉しい出来事がたくさんありました。そのひとつ、レインボーチルドレンにまた新たなメンバーが加わりました。

しかも、将来図で描いていた元奨学生からの参加です。チベットと日本の絆を強めていく流れが、ここからも始まりそうです。本拠地ダラムサラでの活動の幅がさらに広がることを期待します。

レインボーチルドレン奨学金2期生(2014)のテンジン・ナムドル、愛称「ナムちゃん」です。まずは、この多彩な表情をご覧ください。

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  • 名前 : テンジン・ナムドル
  • 誕生日 : 1991年5月
  • 生まれた場所 : インド、ヒマーシャルプラデーシュ州、Kangra
  • 居住地 : McLeod Ganj、ダラムサラ

わたしの名前はテンジン・ナムドルです。
1991年5月、Kangraの病院で生まれました。
それは、わたしの亡父がチベット亡命政府・経済省で仕事に就くことが決まった大変良き日でした。そういうわけで、わたしたち家族は今までここダラムサラに定住してきました。

mussoorieにあるチベット人学校で育ち、そして、亡命政府教育省から大学進学のための奨学金を得ました。進学したデリー大学では、理学士や教育学士の学位を得ました。
レインボーチルドレン奨学金制度のおかげで、進学というものがわたしにとって大きな激励になったことをとても幸運に感じています。

卒業後わたしは、チベット人学校で科学を教えるチャンスを得ることになり、Lower TCV Schoolにて、夏期の科学教科インターンシップをしました。そしてまた、チベット医学暦法大学(メンツィカン)でも近代科学について教える機会に恵まれました。
1年間の植物学における修士課程を履修ののち、わたしはチベットの薬草の品質やメンツィカンの実験室での請負に関するインターンシップについて調べていました。

残念なことに、あるやむを得ない事情からそれ以上、わたしの勉強を進めることはできなくなってしまい、仕事をするという家族での責任を取ることを選びました。

わたしはただ、自己を信頼し、そして若い世代の人々が持つ迷いを切り開けるような良き科学教師になりたいと思っています。

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ダラムサラでの卒業生との夕食会

 

昨年ナムドルちゃんは家庭的な事情から、大学院での勉強を途中で断念することになり、レインボーチルドレン奨学金の奨学生ではなくなりました。しかし、その後もインターン学生やメンバーと交流を続け、「香り玉プロジェクト」にも積極的に参加してくれていました。

「レインボーチルドレン奨学金に出会えて私は幸運だった。」

他にも教育省と協働する欧米の奨学金基金・大学がある中で、レインボーチルドレンの奨学金を受けることができて本当にラッキーだったと彼女は語ってくれました。

多くの奨学生たちは、支援者の顔も情報もまったく知らない中で大学生活を送るそうです。レインボーチルドレンは必ず年に2回会いに来ること、奨学生ミーティングでお互いのことや、お互いの文化を知ることで、沢山のインスピレーションを受けていたとのことです。

この秋も香り玉教室を行いました
この秋も香り玉教室を行いました

ナムドルちゃんには、これからダラムサラで行う新たな試みなど、メンバーの一員として活躍してもらいます。

ダラムサラレポートも予定していますので、お楽しみに!

*他のメンバーについてはこちら→メンバー紹介ページ


 

レインボーチルドレンは、単に経済的な高等教育支援だけがしたいのではありません。その先にある、彼ら彼女らが社会に出た将来に、それぞれの場所でリーダーとして活躍する未来を見据えて活動しています。ですので、卒業生や、止む無く進学を断念した元奨学生、自分の道を見つけて社会へ出た元奨学生とも、交流を続けています。

今回のナムドルちゃんのメンバー参加は、その中から生まれた嬉しいニュースでした。

また、今年は11名の卒業生を誕生しました。卒業生の数名はインタビュー動画を撮影して、卒業後の現在や、将来の夢について語ってもらいました。後日公開の予定です。

 

マンスリーサポーター募集中!

第5期生30名を迎え、今年65名となったレインボーチルドレン奨学生(大学生)は、常時100名在学を目標に活動しています。
チベット難民の高等教育をサポートすることは、次世代の高度人材を育成し、リーダーとなる彼らがチベットの文化をつなぐ未来へと繋がります。

また、慈悲・利他の文化・精神をベースにもつ彼らが世界へ広がることは、同じ平和の遺伝子をもつ日本の若い世代と力を合わせて、世界を平和へと導く可能性を秘めていると信じます。

教育機会の平等は、
思想や信仰の自由を守り、
文化やアイデンティティを守り、
さらに世界を平和へと導く種となります。

インドでの一人当たり大学費用は年間約7万円です。
100名奨学生の目標予算は年間約700万です。
それには月千円のマンスリーサポーターが約600名必要です。(現在105名)

ぜひ、マンスリーサポーターとして、未来のリーダーたちを支えてください。
月々千円、3千円、6千円の3コースを、クレジットカードで毎月継続寄付ができます。
http://rainbowchildren.holy.jp/support-join/monthlysupporter

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社会を変えるリーダーへ!リーダーシップ育成プロジェクトwith Edu×らぼ

 

話は遡りますが、2012年に初めてインドを訪れた時に、3タイプの子どもたちに出会いました。

インドに学校をつくりたい!目的で、その場所とご縁を探すために歩いた独り旅でしたので、今でもその子どもたちのことは鮮明に覚えています。

とにかく可愛かったチベットの子どもたち、

なんだか賢そうなインドの子どもたち、

そして、ずっと心を離れない路上の子どもたち。

同じ国の中で、同じ国とは思えないような色んな子どもたちに出会いました。

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最初から、最終目的地と決めていたダラムサラ(チベット亡命社会)の子どもたちは、顔が日本人に似ていることもあって、すごく可愛かったです。

チベット亡命社会の学校は世界中よりの支援によって成り立っていることを知りました。

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そのチベット亡命社会のあるダラムサラの街で出会ったのが、インドの賢そうな少年たちでした。

亡命社会の中で、小奇麗な制服を着て送迎用のスクールバスに乗り込む賢そうな彼らが、とてもまぶしく映りました。

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一方、首都デリーへ戻ると、路上で商売をする子どもたちに出会います。

信号停車中の車の間をぬって、パフォーマンスを見せながら花や雑貨を売りまわっている子どもたちは、きっと学校へは行ってないんだろうな。。

 

同じインドの中にも色んなこどもたちがいる。

世界中から支援を受けて学校に通う子どもたち、

裕福な親がいて私立の学校に通う子どもたち、

学校に行けずに働いている子どもたち。

 

生まれた環境によって教育へのアクセスが異なってしまうのは仕方ないけど、それぞれが生まれ持った才能があるはず。

誰もがその才能を活かせる選択肢をもてる社会にしたい。

それを変えるのは、子どもたち自身の手で。

変える力をもつために高等教育への梯子をかけて、卒業した子どもたちが自分の社会を変えていくリーダーへと羽ばたけるために。

 

今回、Edu×らぼの協力で、「高等教育支援を通じた未来のリーダー育成」へとステップアップするためのプロジェクトが始まりました。

Edu×らぼでは、現役教師や大学生たちと教育の未来を考える取り組みを続けています。

「リーダーシップ育成プロジェクト」

まずは、チベットの子どもたちから。

一歩づつですが、目指す世界へ近づいていきます。

 

 

奨学生FILE.1 Tenzin Tsogyal

 

Tenzin Tsogyal

お茶目で頼りになるTenzin Tsogyal
お茶目で頼りになるTenzin Tsogyal

 

Tenzin Tsogyalは、南インド・マニパルにあるManipal College of Nursing(MCON)で学んでいます。2012年にスタートしたレインボーチルドレン奨学金の第1期生です。

MCONはホームページによると、看護系の大学等の中でもトップ4に入り、インドの私立大学の中でもトップ5という超人気の大学らしいです。実際に見学した感じ、施設は非常に充実していました。

大学のメインオフィス
大学のメインオフィス

 

彼女は、インド東部オリッサ州の出身で、マヒンドラガードのCST(チベット学校)に通っていたそうです。そして、その後ヒマチャル・プラディーシュ州のTCV.Gopalpur(チベット学校)に進学しました。

ですが途中、学校自体が洪水の被害を受け、場所をTCV.Chauntraに変えて10年生まで通いました。さらにその後は、一ヶ月間をTCV.UpperDharamsalaで過ごしたそうです。

そして、TCV. SelakuiというTCV各校の優秀者のみが入れる選抜高校を卒業し、今いる大学に入学しました。

これだけみても、ものすごい数の学校に通ってたことが伺えます。

キャンパスの門の先
キャンパスの門の先

 

兄弟は本人も含めて5人兄弟で、〈弟、本人、姉、姉、兄〉だそうです。

弟は、今最終学年(12年生)で、次女はNYで勉強しています。

長女は、ネパールで結婚はしてないですがパートナーと共に生活してるらしいです。

長男は、どこかは聞けませんでしたが、同じく海外で勉強しているそうです。

2003年に父親を亡くしてから、母親と兄弟と協力してきたと言っていました。

図書館の外観
図書館の外観

 

看護の道に進むに至った理由として、「これといったものはない」と話していました。親戚のお姉さんが同じ大学に通っていてit was easy for me と言ってました。

図書館に隣接する大学グッズショップ
図書館に隣接する大学グッズショップ

 

また、学生生活は看護学部特有の忙しさがあった故に、あまり勉強以外の活動をしていないと言っていましたが、4学年に進学した時に、SNA(Student Nurses Association)と呼ばれる看護学生委員会の議長に選ばれ1年の任期を最近終えたとのことでした。

議長は教員の推薦及び学生間の選挙によって選ばれるそうです。彼女の他にも学術面においては優秀な学生はいるのにも関わらず、学生にも相談役として慕われていることもあって彼女が選ばれたそうです(本人談笑)。

このSNAは4年時にしか出来ないもので、文化交流委員会といったように様々な委員会によって構成されているそうです。

図書館(敷地の外から②)
図書館(敷地の外から②)
図書館(敷地の外から)
図書館(敷地の外から)

 

同大学には、看護以外の学生も含めて大体25人のチベット人がいるそうです。

そして、他の大学にも見られたようにチベット人コミュニティがあり、Uprising Day等の日には、キャンパス内での啓蒙運動をするそうです。マニパルにいるインド人は結構チベットやその問題に対して知らない人が比較的多いそうです。

余談ですが、マニパルという土地にもチベット人家族は住んでおらず、チベット料理屋も皆無だそうです。

食堂2階AC有り(1階はACなし)
食堂2階AC有り(1階はACなし)
運動施設①
運動施設①
運動施設②(吹き抜け)
運動施設②(吹き抜け)
運動施設③(テニスコート)
運動施設③(テニスコート)

 

卒業の進路としては、卒業して職を探して(3ヶ月くらいで見つかるそうです)、デリーの有名な/最新のテクノロジーを備えた病院での実務を積んでから、改めて同じMCONでのマスターを取得したいとのことでした。

その後は、病院(言語面からデリーを好む)勤務、もしくは看護師の教える教員なるかもと話していました。可能であるならば海外に出ることを望んでますが、そのためにはやっぱり相応の学位が必要とのこと。看護で言ったらMCONはかなり著名で認知度も高いそうです。

参考:(MCON)http://manipal.edu/mcon-manipal.html

運動施設(室内卓球)
運動施設(室内卓球)
運動施設(室内バスケ)
運動施設(室内バスケ)

 

レインボーチルドレン奨学金第1期生の、これからの将来が楽しみです。

 

チベット語をうまく話せない!?今年のミスチベット受賞者Tenzing Sangnyiさんの言葉

 

北インド・ダラムサラで行われていた今年のミスチベット2016受賞者が決まりました。

公開されたTenzing Sangnyiさんの受賞挨拶を紹介します。(日本語訳あり)

A short note from Miss Tibet Tenzing Sangnyi:

First of all, I would like to thank everyone for their support and good wishes. Being crowned the Miss Tibet is a dream come true and I could not be happier to be given an opportunity to serve my country.

But lately, I have been receiving criticism for my imperfect Tibetan. But even more, I have been bullied online and made a mockery of — not just for my lack of fluency, but also for my appearance. I want to assure all my Tibetan friends and supporters, and especially my critics, that I am a Tibetan by blood and heart. And as for my fluency, I do plan to put in the effort to improve my Tibetan.

Just like many of my Tibetan friends, I have had a tough journey being brought up in an environment where I did not have the chance to interact with Tibetan speakers. Only recently, have I come to meet so many Tibetan people and learn so much about our culture. It has only made me love Tibet and Tibetans more, and this love for my culture drew me towards this Pageant.

Having said that, I am confident that my shortcomings in language do not make me any less of a Tibetan. I am more determined than ever to do something for my country. I am young and enthusiastic, so I hope you can all see the dedication I have. Instead of blaming me and my family, encourage me in this wonderful journey to do something for my country.

Lastly, I request all Tibetans to stand as one and stop bullying anyone for their colour, appearance, or speech. Instead, encourage them and help them overcome their shortcomings.

Bhoe Gyalo

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はじめに、みなさんのサポートとご好意に感謝します。
ミスチベットに選ばれるという夢が叶い、チベットに奉仕できる機会を得たことは何よりの幸せです。

ですが最近、私の不十分なチベット語に対する批判を受けてきました。流暢ではないチベット語だけではなく、私自身の外見をインターネット上でばかにされ、いじめを受けました。
私はすべてのチベット人の友人、サポーター、そして特に私を批判する人々に、私は血と心からチベット人であることを断言します。
そして言語の流暢さに関しては、チベット語を上達するための努力をするつもりです。
私の多くのチベット人の友人たちのように、チベット人と関わる機会のない環境で育ったことは厳しい道でした。最近になって多くのチベット人に出会うようになり、チベットの文化により深く触れるようになりました。そうして、チベットを、チベット人を大切に思うようになり、その愛が今回のミスチベットに私を導きました。

言語の面で至らない部分があっても、私はチベット人だと自信を持って言えます。私には私の国、チベットのために何かをするというかつてないほどの決意があるのです。私は若く、情熱に溢れています。だから私のこの想いを汲んでいただければ幸いです。私や私の家族を責める代わりに、私の国に対して働きかけるこの素晴らしい旅路を応援してください。

最後に、みなさんにお願いがあります。肌の色や外見、スピーチで誰かをいじめるのをやめて、一つになりましょう。代わりに彼らを励まし、不十分な点を克服できるよう手を差し伸べていきましょう。

チベットに自由を。

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(日本語訳:田村友佳)


お読み下さってありがとうございました。

Tenzing Sangnyiさんの受賞を心より祝福し、これから1年のミスチベットとしての活動を応援いたします。

今回のブログ題名はもちろんTenzing Sangnyiさんを非難する意図はありません。チベットの文化や言語を守ることをひとつの目的として教育支援に取り組むレインボーチルドレンとして、チベット語が失われつつある現状を皆さまにお伝えしたいのです。

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失われつつあるチベット語と教育の現状

現在中国本土(チベット自治区およびチベット族居住区域)では、チベット語による教育を受けることができません。(チベットプロジェクト:社会背景と問題意識参照)

一方インド・ネパールを中心とする難民社会では、チベット語の教育を受けることができます。奨学金事業で協働するチベット亡命政府教育省では、インド・ネパール・ブータンにある73校のチベット学校を管轄しています。

現在その73校では、チベット文化を守り受け継ぐためのチベット伝統教育を実施しています。中でももっともチベット語教育に力を入れているのが教育省直轄のペトンスクールであり、プライマリースクールまでの6年間はすべてチベット語による授業が行われています。しかしその他の学校では運営母体が教育省直轄・インド政府・基金に分かれており、チベット語教育に差が生じてしまっているのが現状です。

また、住居の近くにチベット校がないと通うこともできません。

今回の受賞者Tenzing Sangnyiはインドで難民二世として生まれました。北インドのマナリで育ち、学校へ通いましたが、そこは前述チベット校ではなくインドの学校であったため、チベット語による教育はおろか、学校にチベット人が一人もいないという環境で学校を卒業しました。

そんな理由でチベット語をうまく話せない彼女にバッシングがあったことを、受賞スピーチの中で明かしているのです。

それは彼女の責任ではありません。難民としての生活が長期化し(55年以上)、それが定着していくことによって、また新たな問題が生まれてきます。守ろうとしなければ守れない、受け継いでいくことができない難しさがあります。

それが今のチベット文化や言語の現状であることを、このスピーチは伝えています。

 

あなたの大切なものは何ですか?

家族や友達、恋人かも知れません。

夢中で打ち込んでいること、大事な宝物、将来の夢かもしれません。

日本人だと当たり前のものが沢山あります。

それを選択するのも自由です。

もし、明日から学校で日本語の授業をうけることができなくなったら。

もし、明日から神社やお寺への参拝を自由にできなくなったら。

もし、自由に海外へ行けない状態になってしまったら。

日本という国、文化、日本語、伝統が消えようとしたら。。。

 

レインボーチルドレンの奨学生達は、チベットの文化や言語、伝統を後世へ繋いでゆくために、またチベットへ貢献するためにと、日々学んでいます。
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そんな彼らを支援しているレインボーチルドレンとしては、彼らを含め、たくさんの難民の若者達が今直面している問題について、お伝えしたいと思いました。

ぜひ、レインボーチルドレンの取り組みをご覧ください。

→ チベットプロジェクト:レインボーチルドレン奨学金について

 

奨学生FILE.21・22 Lobsang DolmaとTsering Choezom姉妹

 

Lobsang DolmaとTsering Choezom

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左Lobsang Dolma、右Tsering Choezom 2016/05/22@Bangalore

 

Lobsang Dolmaは、St. John’s College of Nursingに通う学生です。

ネパール出身で、高校まではネパールで過ごしました。高校卒業後は、GNM(General Nursing and Midwifery)と呼ばれる看護・助産学のディプロマを取得するためにデリーにて3年半過ごしたそうです。その3年半の内では、Apollo Hospitalと呼ばれるデリーの中でも有名な病院での実務もあったとのことです。その昨年、レインボーチルドレン奨学金で今のカレッジに進学しました。

Tsering Choezom(3つ上の姉)も今同じカレッジに通っています。ですが、お姉さんはGNMのあとは2年間の病院勤務を経て今に至るそうです。つまり、お姉さんは5年間と半分をデリーで過ごしました。同じく昨年よりレインボーチルドレン奨学金で進学しました。

兄弟は他にもお兄さんがネパールにいるそうでが、今は怪我のリハビリ中で仕事を休んでるそうです。ご両親もネパール在住で、お母さんの商売をお父さんが手伝っているそうです。

というのも、お父さんが働いていた絨毯販売の会社が昨年のネパール大地震で被災し、仕事を辞めざるを得なくなったのです。そこで、お母さんが手作りのアクセサリーを売り、今はそのお手伝いをしているとのことです。

こんなところにもネパール地震の影響があるのですね。。

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ネパール大地震のNGO支援地域。2015.10.23ネパール応援ナイトより

 

St. John’s College of Nursingはキリスト教のカレッジで、日常からキリスト教色を感じることができるそうです。それが時に負担になると漏らしていました。学生のほとんどが南インドの学生(インド人)で、チベットの学生は10%ほどとのことでした。

ここでは、キャンパス内のホステル(学生寮)にお姉さんと暮らしています。日曜日はカレッジ自体開いておらず、寮も女性寮ということもあり、今回は中に入ることができませんでした。

寮は、ものすごく厳しいらしく、6:30起床→7:00準備→8:00~17:00まで授業というのが毎日のルーティンで、日曜日が唯一休みだそうです。時間があるときは、公園に行くことが好きだそうですが、バンガロールには公園のような広い広場はなく、デリーの方がその分好きだと言っていました。

 

将来は、看護師に教える教師になりたいそうです。今はまだそこまで強くイメージができていないようでしたが、看護師を志す未来の世代へ受け継いでいく道を希望しています。2人とも看護の道に進んだ理由は、ダライ・ラマ14世も話していたように、利他の精神をもって人に奉仕することが大切だと考えていることと、その影響もあってチベットの女性のほとんどが看護の道に進むから、だそうです。

2人とも双子のようで、どっちかというとお姉さんがたくさん話してくれました。2人とも、バンガロールよりデリーの方がいいと嘆いていました。というのも、バンガロールの人(ローカルの人)は考え方が保守的で、ヒンディ語より現地語であるカンナダ語を好み(2人はこっちの言語が苦手だそうです)、クローズドマインドだとのこと。

難民というマイノリティにとって、首都デリーの方が過ごしやすいのかなという印象を受けました。

近い将来、姉妹で看護師の教師として教壇に立つ日を期待しています!