ポカラのチベット人居住区へ行ってきました②

インド駐在ボランティアの三輪です。

ポカラを旅した前回の続き、もうひとつのチベット人居住区をレポートします。

もう1つは ”Tashiling Tibetan settlement”

こっちは観光地のレイクサイドから近いため自転車で簡単に行けたり、近くに観光地として有名なDevi’s FallとGUPTESHWOR洞窟があるので、合わせてツアーの一部になっていたりして、観光客がいっぱいいました。

 


Tashiling居住区の入り口周辺。

 


すぐ近くのGUPTESHWOR 洞窟。面白そうです!!


この居住区には500人の人が生活します。

こちらもチベット寺院、集会所、チベット居住区の事務所、学校、診療所、職業訓練校などあります。

もう1つの居住区よりは、、小さいかな、、

ただ、観光客向けの施設が充実しているかなと感じました。

 


チベット寺院の入り口。

 


寺院の中、ダライ・ラマ14世の写真がありました。

 


こっちもカフェ、民芸品売り場あります。

 


チベットカーペット用の生地を作っている職人さん。

 

チベットカーペット用の生地。

 

カーペット売り場、僕も買いました!!

 


歴史展示館あります。チベットからネパールへの移動の歴史等、見れます。

 


チベットの方達の居住区。

 


このTashiling居住区にはレインボーチルドレン奨学金3期生であるPemaさんのお姉さん、Tsering Lhamoさんがナースとして働いています。

彼女にこの居住区を案内してもらいました。

Pemaさんのお姉さんがここで唯一の看護士。

お医者さんはいなくて、週1回、市街地から来ています。

お姉さんはカトマンズ生まれ、インドのマンガロールで大学を卒業した後、ここで働いています。

 


Pemaさんのお姉さん。働いている診療所で。

 

今回ポカラを訪問して思ったのは、インドにいるチベットの人たちより、苦しい状況だな、、ってことでした。

チベットの人達はネパールの中で仕事に就けないので、自分達で仕事を作っていくしかない状況です。

僕は日本人に生まれて、簡単に仕事にありつけて、恵まれているって思いました。

アフリカでも思いましたが、「仕事がない」これが1番の課題だと、やっぱり思いました。。

彼らがもっと観光客を呼び込めれば、、、

もっと良い商品を生み出す力があれば、、

 

生まれた場所、環境が違うだけ、ここまで生活が違う、、

ということを改めて感じました。

日本人に生まれたってだけで幸せだと感じます。

そしてチベットの方々の苦境を改めて感じました。

国がないというのはここまで人を苦しめるのか、、、

と感じました。

 

ポカラ、また来ます!!景色サイコー!


今回はポカラだけの予定でしたが、、、

予定より早くカトマンズに着いたので街中を散策してたら、面白いチベットレストランを見つけました。

カトマンズのタメル地区で一番古いレストラン。

チベットの方が最初にレストランを始めたそうです。

有名な観光スポットのようで料理、美味かったです。

オススメです!!


タメル地区にありました。

 

1971年から。歴史が古いです。

 

Ping shaというチベット料理。旨かったです。


今回は滞在し慣れたポカラへの里帰りのつもりでしたが、自分の知らないポカラの一面を知ることができました。

チベット居住区はチベットの方達の生活を見れる良い場所です!

みなさんも一度訪れてみてください!

 

 

ポカラのチベット人居住区へ行ってきました①

インド駐在ボランティアの三輪です。

昨年10月6日~8日とネパールのポカラに行ってきました。

インドがダシャーラで休みだったので、連休を利用して行ってきました。

以前の職場でポカラに4ヶ月程滞在した経験があり、その時にものすごぐ良い街だと感じて気に入っていたので、是非また訪れたいと思ってました!ってことで里帰りをしてきました。

ポカラはパックパッカーの聖地!

いろんな国の人達が集まって、美味しいお店いっぱい!

人もいい人ばかりでとても落ち着きます!

街から見れるヒマラヤ山脈の景色が最高です。

朝日を見るスポットもあります。

他にもヒマラヤ山脈へのトレッキング、ラフティング、パラグライダー、バンジージャンプ等、アクティビティもいっぱいです。

 

そのポカラで今回は2つのチベットキャンプ(居住区)を訪れました。

”Tashi Palkhel Tibetan settlement” と ”Tashiling Tibetan settlement” です。 ”Tashi Palkhel” は街中から離れたHemjaという地域あり、”Tashling” はポカラの市街地の南にあります。

観光客を積極的に呼び込もうとしていて、ポカラの観光スポットの1つになっています。チベットの方の生活が見れたり、チベットの民芸品が買えたり、チベット難民の歴史が見れるようになっているオススメの場所です。みなさんポカラに来たら是非訪れてください!!

 

さて、最初に訪れたのは ”Tashi Palkhel Tibetan settlement” です。

ポカラの市街地から離れたHemjaという地域にあり、ポカラ街中より標高が高いです。セティ川が近くを流れていて、気持ちが良い所です。

セティ川が近くを流れています。

 

ただ、こんな場所にチベット人居住区があったなんて全く知らなかったです。

僕も以前、何度もこの前の道を通り過ぎていたのですが、全く気づかなかったです。ただよく見れば、チベット文化が感じれらる建物が建っていました。

居住区の入り口?わかりずらい。。

 

ここには約650名のチベット人、150の家族が住んでいます。

チベット寺院、市民の集会所、コミュニティの事務所、小学校があります。チベット難民のみんながここで集まって生活しています。観光地として、民芸品売り場やカフェなんかもありました。

チベット寺院の入り口。

 

チベット人コミュニティの事務所。

 

チベット人の小学校。

 

観光客用?のカフェ。

 

チベット人の集会所。

 

民芸品売り場。

 

民芸品を売って自分達の生活費を稼いでいます。

 

週一回ここでお祈りをします。

 

お祈りの場所からの景色。チベット寺院が見れます。眺め最高です!

 

 

このチベット居住区の人達の生活はとても厳しいです。

小学校は居住区の中にあるのですが、中学高校はポカラの街中の学校へ行っています(車で45分はかかります)。

そして、大学となるとネパール国内では行けず、インドに行くしかないのです。

ネパールでは高等教育を受けれません。

インドへ行くとなると費用も大きくかかってしまい、ますます苦しい状況です。

あとで紹介するペマさん(レインボーチルドレン奨学金3期生)のお姉さんはネパール出身ですが、インドの大学行ってました。。

なるほど、こういう状況なんだなと改めて感じました。

 

さらに難民であるチベットの方々は仕事にほとんど就けず、働く機会がないのです。

自分達の村で野菜を作ったり、鳥を飼ったりして食料を調達してました。

他には、自分達で民芸品を作って売っています。

ただ、この ”Tashi Palkhel” は観光地であるポカラの街中とは違い、ここには観光客がほとんど来ません。そのため民芸品の売り上げもよくないそうです。

僕がいた時も僕をのぞけば観光客は3人だけでした。。。

 

大道路から見える ”Tashi Palkhel” チベット居住区にある建物。

 

それでは、もう1つのチベット人居住区 ”Tashiling Tibetan settlement” へ行ってみたいと思います。

その②へ続く

 

 

奨学生のその後レポート。Tsering Tharchinさん(4期生)

 

レインボーチルドレンの元奨学生。Tharchinさんです。

JNU(Jawaharlal Nehru University)で中国語を専攻していました。2019年5月に修了。詳しくは奨学生レポート(http://rainbowchildren.holy.jp/archives/7667)をご覧下さい。ちなみに今もJNUで勉強しているTenzin Daselさんとは友人です。

 

今(2019.8.18時点)は大学時代から続けていたラジオ局の仕事と中国語の翻訳の仕事をしています。翻訳の仕事はチベットで起こっているニュース(中国語)を翻訳して、インド、チベットの人に伝えています。

 

そして8月26日(2019.8.26)の週からは台湾の大学へ留学です。中国語をさらに勉強します。1年間の予定ですが、可能なら延長してPhD(博士)を取りたいと思っています。もっと中国語、中国文化を理解したいそうです。

 

奨学生レポートにもある通り、Tharchinさんはチベットの権利を取り戻すために頑張っています。「壁は高いけど、ずっと立ち向かっていくつもりです。」と言ってました。6月にはTibet action instituteというアメリカのNGOが開催する活動家のためのワークショップにも参加し、研修を受けました。

 

活動家なので、最近の日韓関係に関するニュースだったり、スーダンの緊張状態、アフリカにおける中国の存在感など、、、色々知っていてすごいと思いました。

 

JNUの大学にも中国人がいると思うのでどうしてるんだろうと思い聞いてみたら、、

「まず彼らは政治は関係なく友達です。“今日は政治を抜きにして喋ろう”といったこともありました。そして、少しずつチベットの現状のことも話していきました。最初はチベットのことはあまり理解してもらえませんでしたが、徐々に理解してくれるようになりました。」



素晴らしい姿勢!なるほど、と思いました。人と人同士は仲良く。そして活動家として、チベットの権利のために動き続ける。良い活動家です!

 

大学生の時の想いそのまま、自分の目標に向かって突き進んでいます。カッコいいです。このまま負けず、その姿勢を貫いていって欲しいと思います!!

まずは台湾で頑張れー!!!!

 

 

【Be the change project-学生たちは今-】③ 〜関家紗愛(さえ)〜

「”Be the change project”に参加させていただいた関家紗愛です。
このプロジェクトは、私に一歩踏み出すきっかけを与えてくれました。
プロジェクト参加時には、何かにつけて二の足を踏んでしまうことが多々ありました。 
プロジェクトメンバーと関わったり現地でチベットの大学生など様々な方々と関わり貴重な経験をさせていただく中で、今あるチャンスを逃さず最大限活用することの大切さを改めて感じました。
またプロジェクトは、NPOやNGOによる支援先の顔が見えた支援のあり方を知るきっかけにもなりました。


インドから帰国後は、国連フォーラム主催パプアニューギニア・スタディ・プログラムに参加しパプアニューギニア へ渡航しました。
プログラムではメンバーとの議論や現地渡航調査を通して、政治・経済・環境・教育・文化など様々な側面からパプアニューギニアが抱える課題とそれへのアプローチ方法を考えました。
またそのプロセスを通して、国際協力のあり方を再考しました。
私はこのプログラムを通して、健康はあらゆる分野に関わることを実感し、将来は国際機関で人々の健康増進に関わりたいと考えるようになりました。
将来への第一歩として、来年から東京大学大学院国際保健学専攻で人類生態学を学びます。
人類生態学とは環境と人間の相互関係から人間の健康を捉える分野で、人間集団の生物学的適応と文化的適応について研究します。


私がこの分野に出会ったきっかけは、パプアニューギニアへの渡航時に知った、低タンパク適応の研究です。パプアニューギニアには、タンパク質摂取量が不足した食生活にも関わらず、筋肉質の人が多く暮らしています。
この研究を知り、人間の適応能力に強い興味を持ったのと同時に、将来国際保健分野で活動するにあたって、適応の観点から人々の健康を考えられるようになりたいと考えました。
大学院では腸内細菌と感染症について研究しようと思っています。

実は私が感染症に興味を持ったきっかけの一つは、インド滞在最終日にメンバーが食中毒になったことです。
このようにどこで何がどう繋がるか本当にわかりません。今後も目の前のことに正面から向き合い、人との出会いやチャンスに感謝して、変化に柔軟に対応しながら成長していこうと思います。」

 
 

【Be the change project-学生たちは今-】② 〜美並立人(りゅうと)〜

「Be the change projectに参加させて頂いた美並立人(みなみりゅうと)です!

今思えば、このプロジェクトに参加したことが全ての始まりだったと感じています。
プロジェクトに参加していた当時、事前準備のプロセスや現地でのワークショップを進める中で、自分の能力の低さに嫌気が差していたのを今でも鮮明に覚えています。しかし、日本人学生のメンバーやスタッフ、インドでの様々な経験のおかげで自分に足りないものを見つめ直すことができました。

インドから帰国後、フィリピンへの留学、ブロックチェーンを扱うIT系会社での長期インターンを経て、現在、フランスに交換留学生として滞在しています。
このようなインターンシップの業務やフランスの学校でのグループワークで、チームワークの大切さや自分の意見を積極的に発言する重要性など、
Be the changeプロジェクトで学んだことが非常に役に立っています!

そして何より、もっと自分の知らない世界を知り、たくさんの人達と話してみたいと心から思えるようになったことが、プロジェクトに参加した1番のメリットだったと感じています😊

今後は、日本またはイギリスの大学院に進学するか、企業に就職するか決断できずにいますが、将来の自分のしたいこととしては、主に2つあります。
1点目は、テクノロジーを駆使して日本、または海外の不平等の解決に貢献できる人材になることです。
2点目は、インドのダラムサラに行ってもう一度モモを食べることです🍖

Be the changeプロジェクトに参加して得た出会い、インドでの経験は自分の人生の中で間違いなく忘れられないものになると感じています。

いつか、またプロジェクトに参加した日本人学生やレインボーチルドレンの皆さんとお会いできる日を楽しみに、プロアクティブに挑戦し続けていきたいと思います😊

 

【Be the change project-学生たちは今-】① 〜松本佳恋(かれん)〜

 

「Be the change projectに参加させていただいた松本佳恋です!寛大な上司・先輩方に恵まれ、気づいたら社会人になって1年8ヶ月がたっていました。

インド帰国後すぐはどんな変化を社会にもたらしたいか分からなかった私ですが、日本で働き出しその答えが見つかりました。
今の私が実現したいことは「日本をもっといろんな人たちにとって居心地のいい住みやすい国にする」です。マイノリティとして、女性として、帰国子女として、外国人として。日本が色んなバックグラウンドや個性を持った人にとって居心地がいい!と思えるような国にしたいです◎

 

その実現に少しでも近づくため、今私は化学メーカーに働きつつも企業外で自分のできることを見つけて関わらせていただいています。
ライターとして日本の現状や個性を大事に日本で活躍している人、様々な働き方などについてメディアで発信したり✏️
朝活イベントや米国大使館主催のサミットなど様々なイベントにも参加し、たくさんの人に出会うことで新しい価値観をインプットしたり☕️
年明けから内閣府主催の青年の船というプログラムにも日本代表青年として参加させていただくことが決まりました🚢
船上では日本文化を何か伝えたいと思い、現在つまみ細工と水引でのピアス製作に忙しくしています。
240人の参加青年と船で共同生活にワクワクがとまりません☀️

 

Be the change projectで得た気づきの一つに、
“就職して企業に所属しても「ただ毎日仕事に行って帰るだけの社会人」になるか、「誰かあるいは何かに変化をもたらすことのできる社会人」となるかは自分次第だ”ということがありました。
正直、このまま今の会社で働き続けるのでいいのか、社外活動に力を入れる前に社内でやるべきことがあるのでは、と思うこともあります。
が、「誰かあるいは何かに変化をもたらすことのできる社会人」で居続けたいと思い、自分ができることから取り組めたらと思っています。
そんな大切な指標をくれたレインボーチルドレンには感謝しています。」

 

奨学生のその後レポート。Pema Bhutiさん(3期生)

 

今回は元奨学生(卒業生)のPemaさんに会いました。

ペマさんは2018年春に大学を卒業するまでデリーの医療系の大学で勉強していて、2014-2018間のレインボーチルドレンの奨学生ミーティングに何回も参加してたり、ネパールでのプロジェクトのきっかけになったりと、とってもレインボーチルドレンと繋がりが強い学生です。詳しくは奨学生レポート(http://rainbowchildren.holy.jp/archives/7665)を見て下さい。


卒業後、PemaさんはVihar州で看護師(助産師)として働いてます。インドの政府とNGOが実施しているプログラムで働いています。Vihar州では安全に出産できる確率が低く、母子が危険がさらされることが多いそうです。そのため、Vihar州の母親たちが安全に出産できるように、Pemaさん達がVihar州内の看護師を指導しています。このプログラムではチベット人はPemaさんだけで、他はみんなインド人です。

 

「来週、帰ったらすぐ、看護師全員が集まるミーティングあるんです。」

「このプログラムはうまいっていて、他の州でも実施することになるかもしれません。」

「Vihar州内の30のDistrictに看護士師を各2人派遣して、60人の看護師が働いています。」

「Safe delivery っていうアプリを使ったり、他にも色んな教材を使って安産のための教育をしています。指導レポートを書いたり、大変です」

話していて、なんかとても充実して仕事をしているんだなと感じました。

 

日本の援助で実施している似たようなプロジェクトを他の国で見たことがありますが、インド自身でこういったことを実施しているのを聞いてすごい!!と思いました。そしてインドの社会問題を解決する活動に貢献しているPemaさん、すごいと思いました。

 

将来的にはチベット政府の保健衛生部門に所属して、チベットの人々の保健衛生関係を改善していきたいと思ってるそうです。

 

 

レインボーチルドレンについても

「レインボーチルドレンには感謝してます。レインボーチルドレンのおかげで今の私はここにいることができてます」と言ってくれました。

 

こんな素晴らしい活動をしているPemaさん、これからも頑張っていって欲しいです!!

 





Facebookページでは動画でこのことを紹介しています。こちらもご覧ください。

奨学生FILE. Tenzin Dasel(6期生)

 

Tenzin Dasel さんはJNUの修士2年生です。今まではデリー大学の学生ばっかりでしたが、今回はJNUの学生です。JNUはJawaharlal Nehru Universityの略で、インドの初代首相Jawaharlal Nehruさんの名前をつけた大学です。

Tenzin Daselさん。とJNさんの銅像

 

今回は大学構内で話を聞けました。僕も協力隊時代にタンザニアの大学で講師をしていたので、大学には興味があるんです(笑)。

JNUは非常に大きい大学で、入り口から講義棟まで行こうとすると、20分くらいかかりそうでした。大学内は緑が多く、静かで、まるでデリーにいる気がしない、大学外部の喧騒が嘘のように静かで良いところでした!大学内に学生の寮や職員の社宅もあります。さらに食堂や食料品・日用品のマーケット、理髪店も何でも揃っていて、大学内で生きていけると感じました。

 

Tenzin Daselさんも「食料もここで買えるので大学外部に行くのは稀です。」と言っていました。こんな静かで落ち着ける処なら、外部には中々行かないなーと思います。ほとんどはインド人の学生ですが、外国人留学生もいるそうです。ヨーロッパの人や韓国人、中国人が多いそうです。確かに大学内を歩いている時に、東アジアの顔の人をたくさん見ました。日本人も少しいるそうです。

 

Tenzin Daselさんの専攻は韓国語です。linguistic、literature、韓国の文化、歴史の授業があります。授業では、記事を翻訳したり、韓国の歴史、文化について、学生同士で議論したり、レポートを書いたりしています。次のセメスターでは卒業課題があり、自分でテーマを決めて、それについてレポートを書きます。今考えているトピックは韓国とチベットで似た語り歌のスタイルがあるらしく(1人が太鼓を叩いて、もう1人ストーリーテリングする?)この語り歌の共通点と差異について調べようと考えているそうです。「毎月テストがあるし、期末も試験があり大変です。」と言ってました。

またE-classというのがあり、韓国にいる教授が遠隔でリアルタイムで授業をしてくれるそうです!!コーセラとかは聞きますが、遠隔でリアルタイムで授業受けれる、、そんなシステムがあるなんて凄いと思いました。

学部もJNUで韓国語を専攻し、その頃は韓国語のWriting, Reading, listening, speakingを勉強していました。



「授業後はジョギングをしています。あと宿題をします。料理が好きで、夕食は自分でチベット料理を作って、週末はインド料理なんかも作っています。食料品は大学内のマーケットで買います。」

 

JNUでチベット人のユニオンがあり、年2回交流会?みたいなものがあるそうです。チベット料理を作って、チベットの伝統の服を着て、チベットの楽器を演奏するそうです。

他にもインド全土からチベット人が集まり、インド人、チベット人の有名な人から、現在の法律、政治体制を話しを聞き、今チベット人がぶつかっている課題を共有して、解決策を議論する会議やワークショップをJNUで開催してるそうです。Daselさんはその会議のオーガナイザーの1人だそうです。

こういったチベット人同士が交流するためのイベントがあるのは凄いと思いました。難民としてインドにいるからこそ、こういったイベントを開催し、自分達の文化を確認したり、チベットの人々の状況を改善していく活動をみんながしているだなと、、思います。

Daselさんは卒業後、韓国かインド系企業で韓国語の翻訳、通訳家として働くつもりです。DaselさんはIC(インド政府からチベット難民に発行される身分証)を持っていて、これがあれば、インドの民間企業で働けるし、一部の外国にも行けるそうです。その後はチベット仏教の修道院でチベット仏教について勉強し、最終的にはチベット仏教の僧侶達の言葉を正しく韓国の人々に伝えられる翻訳・通訳家になりたいそうです。

「ダラムシャーラにいた時、多くの韓国人が寺院を訪問し、話を聞いている場面を見ました。でも単に通訳できている人はいても、双方の文化、考え方を理解して正しく通訳できている人はいないのではないかと感じました。私はチベットと韓国文化を深く理解して、正しくチベット仏教を韓国の人々に伝えられる存在になりたいと思っています、こうすることでチベット文化に貢献したいと思っています。」

 

Daselさんは、8歳の時にチベットからインドへ亡命してきました。Daselさんがより良く勉強、生活ができるよう、家族が送りだしたそうです。家族はみんなチベットでDaselさんだけがインドに来ました。こちら(インド)に親戚もなく、亡命してからはTCV(チベット子供村:チベット人学校のひとつ) Gopalpurでずっと生活をしてきました。「私がTCV Gopalpurへ通っていた時は同じような境遇の人がたくさんTCVにいました。最近はチベットからインドへ亡命してくる人はほぼ皆無で、元々インドで生まれたチベット人(二世三世)がTCV Gopalpurに多く通っています。」

 

「亡命してくる時も苦難なくこっちに来れましたし、小さい頃はTCVで友達と一緒に楽しく生活してたので、何の問題もなかったです。大きくなるに連れて、自分の状況の大変さを理解してきましたが。。。」

「両親とは大学1年生の頃、初めて話をできるようになりました。それまでは携帯がなかったので、連絡が取れなかった。今は毎週土曜日が家族と話しをする日です。」

「できるだけ早く、チベットを訪れ、両親に会いたいなと思ってます。将来に何があるかわからないので。」

 

Daselさんには、チャイとサモサをご馳走になりました。「ここの食堂のチャイはとても美味しいんです!」とめっちゃ薦めてくれました。JNUの中も案内してくれました。

帰りは入り口まで送ってくれました。そこにたどり着く道中もJNUの施設について、いっぱいガイドしてくれました。ありがたかったです。。

頼れる家族がインドにいなくて、会えない中で、言語のエキスパートになるべく、勉強を頑張ってる。さらに自分がチベット文化に貢献できることを考えながら、頑張っている。

ホント、頭が下がります。スゴイ人でした!

 

話しを聞かしてくれて、ホントありがとうございました。僕も頑張ろうと思いました!!

 

 

奨学生FILE. Tenzin Dhondup(6期生)

 

今回話を聞いたのはTenzin Dhondup君です。デリー大学のRamjas Collegeで歴史を専攻しています。

「歴史の中でも恐竜時代のことが好きです。旅行も好きなので、様々な場所で化石を発見できたらいいと思います。将来は歴史の先生か講師として、歴史に携われる仕事をしたいと思ってます。」

 

Dhondup君はTenzin Lhundup君の親戚です。

またLhundup君、Tenzin Passangさん、Tenzin Wangden君と高校の同級生。

そして、Delek Wangyal君と同じ大学です!!

、、、と以前に話を聞いた学生達と色々繋がりがありました!!

なので僕と会った時、「Lhundupから話を聞いてます」と言ってて僕のことは知ってました(笑)。

 

Tenzin Lhundup君と同じく日本のマンガ、アニメが好きで、ナルト、ワンピース、刃牙、黒子のバスケ等を見ています。

 

「Lhundupは音楽屋で、僕はスポーツマンです!サッカーとバスケットボールをしています。さっきまでジムに行って体を鍛えていました。サプリメントも取っています」

Lhundup君もやってましたが、体を鍛えるのはどこの国の人も好きなんだなーと思いました。タンザニアの人も筋トレをやっていたのを思い出しました。Dhondup君、、、確かにガタイが良いです。

 

「休日はサッカーやバスケをしたりTVゲームをします。TVゲームはサッカーゲームをやっています。」

「小学校の頃からサッカーをずっとやっています。ポジションはCBです。高校の時はキャプテンやっていました。州の選抜に選ばれたこともあります。今、大学の授業後はサッカーをやっていて、週末は試合です。負けた方がグランド代を支払うルールなので、みんな勝ちに行きます(笑)。あと今年、もしかしたら僕はチベットのサッカー代表に入れるかもしれないです。」

 

―“すごい!!!じゃー、もしかしたら、海外のプロリーグで活躍できるかも”と聞いたら、、、

「僕達はパスポートを持ってないので、プロリーグには参加できないです。インドのプロリーグに出場するにも市民権が必要なので、難しいです。僕達は働きながらサッカーするしかないです。。」

と言われびっくりしました。




「サッカーワールドカップは国を持つ人が参加できる大会です。僕達は国がないのでチベット代表としてワールドカップには出れないです。しかし国を持たない人たちが集まって、大会を開いています。もし代表に選ばれたら、この大会に参加できて、海外に行けるかもしれないです。」

国を持たない人達で開催するワールドカップの話は聞いたことありましたが、、直にその話を聞くとは思わず、、びっくりしました。

 

「地元はBir(Himachal Pradesh州) です。家族は父母、祖父、妹がいます。地元に帰っているときは、ツアーガイドみたいないことしてます。僕の地元Birではパラグライダーが有名です。ぜひ来て下さい!!ガイドします」




サッカーはどんな人にもチャンスを与えるスポーツだと思ってました。南米やアフリカの貧しい人たちがサッカーで成功を手にする話を聞きます。アフリカにいた時、サッカーで成功しているエトー、ドログバは国に関係なく、アフリカの人々の人気者、希望、英雄でした。どんなに貧しくてもサッカーは世界中の人にチャンスを与えてくれるもの、と勝手に思ってました。でもチベットの人はパスポートがない、海外でプロサッカーできない。ワールドカップに参加できない。チベットの人々の困難をあらためて感じました。

でもDhondup君は元気で、ガタイのある(笑)学生で、サッカーを楽しんでいました。是非代表に選ばれて、活躍して欲しいです!!すごい良いガタイをしてたので、良いCBだと思います!!

 

 

奨学生FILE. Tenzing Dechen(6期生)

 

Tenzing Dechenさん。とても流暢な英語で、たくさん語ってくれました。デリー大学のGargi Collegeの2年生で英文学を勉強しています。Gargi Collegeは南デリーにあります。チベット学生寮から通うと遠いので、別のアパートから通ってます。

「英文学ではルネッサンス時代等の古典英文作品を読み、その作品の重要な点、その時代背景などを勉強します。自分で詩を考えて、学内雑誌に投稿するというワークショップもあります。1年時は一般教養として政治学と心理学も取っていました。私はこの英文学をあまり深く考えずに専攻しましたが、実際に専攻すると、英文学は自分で著者の考えることや背景など深く調べていくことが必要だとわかりました。私はこの深く調べる活動が好きで、自分に合っていると感じています。今大学ではストライキが起きてます。講師が講義をボイコットする時があり、講義が一日ない時あります。」

 

「私はMussoorie出身です。家族はみんな元気で、曾祖母は今96歳です。兄弟は弟1人と妹3人います。高校はチベット人学校ではなく、Mussoorieのイングリッシュスクールに通っていました。授業はチベット語でも、ヒンドゥー語でもなく、英語で行います。インド人も私達チベット人も英語を使います。なので、私は英語が上手にしゃべれます。」



「卒業後は修士でジャーナリズムを勉強して、将来はジャーナリストになりたいです。時事問題を扱っていきたいです。インドでは犯罪が多いです。これらの問題について色々と調査していきたいです。」

 

「1年生の時はイベント企画・運営などをするサークルにいましたが、今は忙しくて入っていません。休日は絵を描いたり、本を読んだりして過ごしています。あとたくさん寝ます(笑)」

 

「前回の長期休みではNDTV(インドのテレビ局)でインターンシップとして働いていました。ファッションスタイリストをしてました。テレビ出演者の服を買いにショッピングモールに行っていました。NDTVの人々がどのように仕事をしているかを体験することができました。将来的にこの業界で働きたいので、とてもいい経験になりました。ただ、今は時間がなくできません。データ入力など、家でもできるインターンシップを探しています。あと貧困層の支援をしているNGOでインターンシップをしたいとも思っています。私は時間を大切に使いたいです。なんとなく過ごすのではなく、人を助けるなど、色んな経験をしたいです。」




Tenzing Dechenさん、他の学生とはまた違った雰囲気の人でした。良い意味で学生らしくない、社会人みたいな人でした。イングリッシュスクールやインターンシップなどを経験しているからかなと思いました。

「日本に行きたい」と言ってました!!ウェルカム(笑)!!




今回はMajnu ka tillaのLhasa coffee houseで話を聞きました。ただ、入り口の看板は違う名前だったのでTenzing Dechenさんは迷ってしまってました(笑)。