大人の社会科見学inグランフロント大阪ナレッジサロン

 

昨日はサービスグラント主催の「大人の社会科見学 in OSAKA 特別版」に参加してきました。

プロボノのホントのところ
経済、環境、福祉・・・私たちの身の周りにある、知っていそうで知らない様々な社会問題。その”ホント”のところはどうなのでしょう?社会問題の最前線で活動にあたるNPOなど各分野のスペシャリストをゲストに、その深い知識と洞察を得て、みんなで「楽しく」「まじめに」”ホント”のところを見つめる、目からウロコの「大人の社会科見学 in OSAKA」。今回は大人の社会科見学 in OSAKAの特別企画として、これまでにプロボノワーカーが支援した団体の中から国際交流、音楽、スポーツ、地域福祉など異なる分野の5つの団体にお越しいただくスペシャル企画となっています。5つの団体には、日頃の活動を紹介いただくことに加え、プロボノによる支援の成果や団体の未来について、プロボノワーカーとともに、ブースセッションを繰り広げていただきます。プロボノの主役であるNPO、プロボノワーカー 、両者のリアルボイスを一気に聴けるソーシャルな午後を過ごしてみませんか?

今回登壇した団体は、サービスグラントでプロボノ支援を受けたことのあるレインボーチルドレン、音楽サポートネット音結バスケノワ伊丹、 西山田ふらっとサロン、 SASAE愛太子 の5つです。

参加者は既にプロボノワーカーとして経験のある方、これから登録して活動しようという方、総勢30名ほどの皆さまでした。

第1部は、5つの団体よりそれぞれ15分程度の団体紹介タイム。レインボーチルドレンは1番目の発表です。

 

久しぶりにステージでマイクを握って緊張しましたが、キーナンバー「101」について説明しました。101はレインボーチルドレン奨学金でインドの大学に通う奨学生の数です。

そして、昨年の春までの半年間で受けたプロボノ支援について、概略を説明しました。

皆さん真剣な面持ちで聞いてくださっています。

隣ではトークの内容に合わせて、みーにゃんさんが模造紙にまとめていってくださいました。

第1部の内容がこちらです。聞きながらライブで記入された内容は、かわいいイラストと視覚化された情報でまとめられました。すごい!

そして、こちらは第2部です。ブースセッションを2回転する構成で、5団体の内2つを選んで聞きに行けるという仕組みでした。

第2部は、実際にレインボーチルドレンを支援くださったプロボノチームを代表して渡辺さんが司会を務めてくださいました。

第1部で参加者の皆様からいただいた質問票をもとにしたQ&Aコーナー、プロボノワーカー視点での渡辺さんからの質問、第2部に集まってくださった皆さまからの質問に答えていく形式で、第1部より掘り下げた内容になったと思います。

左から北條(副代表)、石川、渡辺さん、三村(副代表)

実はみーにゃさんが第2部もずっと模造紙を書き続けてくれました。下半分は第2部のQ&Aがすべて詰め込まれて隙間がない状態になりました。みーにゃさん、ありがとうございました。模造紙は記念に持ち帰りました。そして渡辺さん、司会進行ありがとうございました。

~参加者アンケートより

参加者A さん
 すごく勉強になり、皆さんにエネルギーをもらい、みんな思っていることは同じで、力を集めるとこんなことができると勇気をもらいました。ありがとうございました。また参加したいです。

参加者B さん
どのような形でプロボノというものが取り組まれているのか、知ることができてよかったです。

今回はレインボーチルドレンにとってもプロボノ支援の内容を再確認するいい機会となりましたが、参加者にとっても実際にプロボノ支援を受けた団体の生の声を聞ける機会となり、お互いにいい時間の共有ができたと思います。

自身の知識・経験・技能を社会貢献に役立てていこうというプロボノワーカー(とこれからという卵の方も)と、そういったリソースが不足しがちなNPO等のマッチングが、今後もサービスグラントを通じて沢山実現していくことを願ってやみません。

近いうちにまたレインボーチルドレンでも新たなプロボノチームを結成したいと思います。その際はよろしくお願い致します!

 

Be The Change Project 2018感想(はん)

 

大阪大学外国語学部 陳 達尔罕夫

今回の12日間のスタディーツアーを通して、改めて自分と向き合うことができました。
自分と向き合うきっかけを作ってくれたのは大きく3つあります。
一つ目は、一緒に6回の事前研修を行い、12日間行動を共にした日本人学生です。一からワークショップを自分たちで作るというとても大変なことをする上で何度もチームビルディングを繰り返したり、ワークショップがより良いものとなるようにインドへ行く前の一週間は毎晩毎晩電話ミーティングを繰り返していました。この仲間たちとの協力や対話などを通して自分がチームにおける役割はどのようなもので、自分のいいところはどこか、自分がもっと改善させなければならないことは何かをしっかり考えることができました。インドで過ごしていた時も、様々なテーマについてお互いの考えを共有したり議論したりすることができ、たくさんの刺激を受け、もっと精進していこうと決意しました。

二つ目は、ダラムサラで出会ったチベット人奨学生たちです。彼らと過ごした時間は半日ととても短かったのですが、話し合った内容は今回の12日間のスタディーツアーの中でも最高に充実したものでした。個人的なことでいうと、アイデンティティの形成という部分で僕の境遇はチベット人奨学生とどこか似ていて非なる部分があり、互いが自分の考えを伝えることによってより広い視野、もしくは考え方というものを見つけることができました。


三つ目は、スラムで出会った子供たちです。スラムをみた正直な感想は、自分だったらここでは生活できない、ということです。しかし、そんな劣悪な環境下でも子供たちは笑顔で過ごしていました。そんな子供たちをみて、幸せとは何か、を考えました。今もまだその答えは見つけていませんが、自分が今過ごしている環境が何一つ当たり前だなんてことはなく、常に感謝の心を持って生活していこうとおもいます。


最後に、このような貴重な体験をするにあたり、協力してくださった全ての皆様に感謝です。ありがとうございました。

 

 

Be The Change Project 2018感想(ねね)

 

国際基督教大学ICU 小山寧々

ねねちゃん、なんでインド行ったの?

インド楽しかった?やっぱり毎日カレーなの?

日本に帰ってきてからの周りの反応はだいたいこんな感じでした。私にとってのインドで過ごした日々は、楽しいという言葉だけでは表しきれない密度の濃ゆい時間でした。そしてもちろんカレーばっかり食べてたわけでもありません。(笑)

空港に着いてホテルに向かっただけの1日目。ただそれだけでも日本で生活していて当たり前だと思っていたことがどんどん覆されました。一歩空港を出れば野犬に囲まれて、バスに荷物を積んでもらおうと思ったらスーツケースが車体の上に積まれロープで縛るだけでバスが出発し、ハイウェイはまるでカーレースみたいに速度制限なんて誰も気にせず目まぐるしく車線変更が繰り返され、あちこちでクラクションが響きます。「何これ面白い!」と笑ってしまったのを覚えています。

そしてもう一つ衝撃的だったのがスラムツアーです。もうすぐ日本に帰るという行程の終盤でなんだかインドを知った気になっていたところで、はっとさせられたのがスラムの子供たちとの交流でした。日本の小学校の教室の1/4以下の部屋に机も椅子もなくぎゅうぎゅうに座って、それでも「勉強好き!」という屈託のない笑顔に溢れていました。子供たちが披露してくれた英語の詩の暗唱からもその気持ちは存分に伝わって来ました。インドのスラムなんてこのツアーじゃなきゃ二度と来なかったかもしれない場所で、訪問を歓迎してくれる人がいるということに心がじわっと温まり嬉しくなりました。それと同時に自分がいかにこういった事実に対して関心を持たず目を瞑っていたのかということにも気がつきました。

このプロジェクトの目的は「変化の中心」に自分たちがなることでしたが、インドという環境に身を置くことで、開発が進み発展している、まさしく変化の中心であるインドを知ることができたと思っています。

知るという観点で他に達成できたことは、「チベット人奨学生」を知るということです。

ワークショップ作成の段階でチベット人の奨学生はこんなことを考えているこんな人なのではないか?というペルソナ作成を行ってきました。しかし、既に彼らのことを知っているレイチルスタッフの話やレポートだけから実際の人物像を想像するのは難しく、渡航するまではしっくりこなかったのも事実です。

ワークショップ当日に本番の会場で準備している時もその気持ちは変わらず、本当に楽しんでくれるのだろうか?という不安の方が大きくありました。しかし、一度ワークショップが始まってしまえば今までぼんやりとチベット人奨学生という括りの中の一人だったのが、彼は夜静かな中で詩を読むのが好きな男の子、彼女はおしゃれが好きでメイク上手な女の子と言った風にその個人を知るようになりました。

ワークショップでの「どういう時に幸せを感じる?」といった対話や、休憩時間にした何気ない会話を通して、それまで想像もつかないくらい遠い存在だった一人一人のチベット人奨学生が身近なものになっていきました。お気に入りの口紅の話や恋人に会いたくて寂しくなる話をきいていると、すごく直感的に同じだなあと感じました。

またそんな中で聞いた彼ら一人一人のチベットへの愛国心やダライ・ラマ法王への尊敬の気持ち、平和を追求する姿勢にはその志の高さに驚きもありました。「チベットのために、平和のために働いていきたい」という彼らの考えの根底にはダライ・ラマ法王の教えというものが深く根付いているのだと知りました。

そして、この「ワークショップを作る」という面で関わって来た日本人学生チームのみんなとの出会いもこのプロジェクトを通して得た大切なものです。

当初関西の大学生が対象だったところに、私が加わらせてもらったのをきっかけに関西外の学生も含めプロジェクトを進めることとなりました。地理的にも離れていて、お互い忙しい大学生活の合間を縫ってミーティングを重ねて渡航前の準備をして来ましたが、実際にインドに着いてからこんなにも密な関係になるとは予想していませんでした。「ワークショップを自分達でまず試してみよう!」と言って何時間も部屋で一人一人の生きがいを探し出そうとしたことや数日に及ぶ決起集会、そしてインドでの全行程を共に過ごしたことで上手くいかなくて悔しかったことまで含めて理解し合える関係になれたのだと思います。

レイチルのスタッフも学生も、インドに来たことやこのプロジェクトへの参加理由は様々だと思いますが、色んな想いを持った人が集まってこのチームになったのだと思うと、「呼ばれて行く国、インド」が何を表しているのか少しだけ知れたような気がします。

私の参加を快く受け入れてくださった石川さんをはじめとして、このプロジェクトに関わってくださった全ての方々に感謝の気持ちでいっぱいです。

知らないことを知りたくて渡ったインドから帰って来て、まだまだ知らないことは山ほどあると気がつきました。そして、ダラムサラの透き通る青い空やデリーの夜に響くクラクションと駆け抜けるときの風の涼しさ、スラムに向かうために渡るの柵も踏切も無い線路のように自分が知ったことは誰かに伝えていかなければという気持ちも芽生えました。

もしこれを読んでインドに呼ばれたような気がした方、次はあなたの番です!

 

Be The Change Project 2018感想(あすか)

 

北海道大学歯学部 豊福明日香

 「生きる」とはなんなのだろう。なぜ「生きる」ことに意味を見出そうとするのだろう。自分をここまで「生かし」続けさせたものとはなんなのだろう。チベット亡命政府の元を訪れ、亡命してきたというチベットの学生と話し、またスラムを含めたインドのさまざまな場所と出会いそこに居る人々と出会う中で、どうしてもこれらの問いに向き合わざるを得なくなった。日本で何一つ不自由のない暮らしを送る一介の学生に、これだけ「生」のリアルさというものを痛感させ、かつその常識や当たり前に疑問を投げかけるほどに、インドという国はあまりに多様でカラフルで、チベットという「国」の人々はあまりに特別で、もし人間のイデアというものが存在するならイデアに近い人間のようにもみえた。
尤も、彼らには、彼らの在り方が当たり前であって特別だとかそのような意識がほぼ無いことは承知しているのだが。
ここでは、あくまで私が見たのはほんの一面に過ぎないことを念頭に置きながらもチベット社会そしてインド社会から、「生きる」姿というものをつらつらと書きだしてみる。


チベット人が生きる糧としているものは輪廻転生をもとにした宗教観と非常に優れた宗教的指導者であるダライラマの存在という精神的支柱であり、生き続けるという意志と自分の存在を支えているものに、あらゆる命が身近にあり、その命の中で自分がつながり生きるという生のリアルさ、インド社会の多様性と寛容性があると思う。
まずそのなかのひとつ、生のリアリティとはなんなのか。私が今考えているものとしては、今の自分を成り立たせてきたもの・人・場所などあらゆるものへの自覚的な実感である。例えば、ダラムサラで生きるチベットの人には、自分の命があるのは他の生きとし生けるものをいただいているからであり、地球と一つの生き物としての自分、命のつながりへの圧倒的な認識があると思う。道で野菜を売るおじちゃんの斜め向かいでは、鶏の首を落とし羽をむしりその肉を切り売りする人がいる。その鶏の羽毛が物凄い勢いでもうもうと舞い散る中、一方では魚をそのままの姿で並べて売るお兄さんがいる。小さい子供から大人まで、自分が何を食べているのか即ち何によって自分の命がつながれているのか身体の感覚として解っていて、だからこそ生きることが生きることとして輝いているようにも感じた。
また、家族や隣人との濃い結びつきや場所としての土地、家、地域社会は、自分を構成する大切な一ピースでもあり自分がそこに存在すべき役割でもあり安心できる居場所でもあり、なによりそれは自分を確かめる輪郭でもあるのかもしれない。地球という球体のほんの一部の点であるインドのダラムサラという場所で、当たり前のように誰か大切な人がそこにいて必要とし必要とされる、勿論凄惨な歴史によってそれがもう今では叶わないチベットの人も本当に多いけれど、だからこそ、そのひとの一人ひとりの存在の有難味と感謝を染み入るように心の奥で掴んでいるようだ。
逆説的であるようだが、生のリアリティというものを抱えながらも、確固たるアイデンティティを持ち誰にも揺るがされないような自分の強い信念を軸にしながらも、チベット仏教の輪廻転生を基にした価値観・世界観により、彼らはこの世界の何かに固執するということがないようにもみえ、淡々となすべきことをし、生きるということを全うしている。幸福や平和といったものが自分の内なる穏やかであたたかな泉源によって実現しうるものであるとか、今この瞬間の次に自分がここにいるなんて保障も確証もないという、私には到底想定もつかなかった感覚を持って毎日に臨んでいる人もいた。固執がないからこそこれまで存在し今存在するものに対して愛があり慈しみがある、とも言えるのかもしれない。またそんな彼らチベットの友人を受け入れるだけのインド社会の多様性と寛容性が、彼らがここで生きる支えとなっているようにも思う。宗教という観点から見ても、インドのコミュニティは自分と異質なものを排除する精神はなくむしろそれを包み込むものが多いという。例えば村のほとんどがクリスチャンでたった3家族だけがムスリムだったとしても、決して少数派の人が恐怖に怯えることはないとダライラマも言っている。人種も宗教もあらゆる違いがそこにあるだけという多様性のあり方、清濁伏せのむカルチャーと環境は、きっとそこに生きる人々の心を癒している。


ここで冒頭の問に戻ってみたい。私が「生きる」という行為を、息を吸うように当たり前に自然なものとして漠然と考えていたのには、自分が生を脅かされない環境で何かを欠くこともなく豊かさの恩恵に浸りきっていたから、ゆえに世界の生生しさにも目を逸らしていたから。一方で同じ「生きる」という行為を、独自の宗教的世界観で意味づけしながらも、圧倒的にその日常が非日常の刹那さを帯び、まわりを慈しみ過ごす人がそこにはいた。自分を生かし続けるものに対して自覚的であるのが後者で、自覚にいたらないのが前者である。そしてきっと生きる自分の存在意義なんてものは、どんな宗教かに関わらず、それがどんなに大切でも大切でなくても、知性である人間が意味づけした世界の中でしか存在しないのだと思う。それでもどうしてもきっと人間は自分の存在そのものを確かめたくて、人と世界とあたたかく繋がりたくて、意味を探し求めるのだろう。
ただ地球上の他でもない“この場所”に“人間として”生まれてきた。それが生きるということをシンプルにも、途轍もなく複雑にもしている。インドで出会ったチベットの人びとを見て改めてそう思った。私も生きることから逃げずに生きたい。

 

Be The Change Project 2018感想(しらたん)

 

立命館大学国際関係学部 白井 莉奈子

日本に帰国して7日間。動けない、寝られない、食べられないという三重苦に悶えた日々が終わり、ようやくインド渡航を振り返ることができる状態まで回復しました。


インドと言えばデリー。そう、デリー。私の体調不良の元凶となったあのレストランがあるところ。ディナーを食べながら見下ろした景色は奇妙だった。店から漏れる白い光を頼りに車が横行し、野犬が走りまわり、それを縫うようにありとあらゆる布を身にまとった人間が地を埋める。そしてクラクションがBGMと化して、澄んでいるとは到底言えない大気に溶け込み、夜の空に吸い上げられてゆく。私はふと気になって夜空を見上げてみる。やはりこのまちでは満点の星空を間違っても望んではならないのだと再認識させられ、意識をもう一度下に戻す。さっきそこにいた人なんてもうどこかに行ってしまっていた。このまちは動くのだ。動き続けている。今見ているこの景色だって一秒後には様相を変えて、もう二度と見ることはできなくなる。それなら一瞬でも多く、一秒でも長くこの光景を目に映したい思った。誰もまさか自分が見られているなんて気づいていないんだからいいでしょ?と自分自身に言い聞かせ、何か見てはならないものを見たかのような罪悪感を打ち消す。それが私のインド最後の晩の過ごし方だった。そしてこの情景はこれから私を無意識下のうちに蝕んでゆくだろう。どんどん、どんどん。なぜか直感でそう感じた。


盛大な拍手が会場いっぱいに鳴り響いた。目の前では獅子が舞いを繰りひろげている。4日前、私はダラムサラにいた。チベット亡命社会の中心地である。この日は、法王さまの科学会議に合わせたチベット文化にまつわる舞台があった。不覚にも私は芸術に感動してしまった。瞬間、祖国を離れたチベット人奨学生の顔が頭をよぎり、東方医療の解説の女性の声が耳を貫き、長時間の夜行バスを降りた後のサラッとした空気が頬を掠めた。するとなぜかそれまで“あたりまえ”に捉えていたことがとても綺麗なことに思えた。社会を突き動かしているものは他でもなく人間の感情だということ。そしてその感情のはけ口の総体が今の世の中なのだということ。政治も経済も、宗教も、建築も医学も、人間の欲望や情動、理性によって醸成される。人間の感情によって創られ、人間の感情によって破壊される。そうして創造されたものはどれだけ醜い感情で塗り固められていたとしても、感情に忠実だと言う点では何よりも美しい、そんな気がしてならなかった。

 

いま、重なってふたつの記憶が蘇る。

もしかするとデリーで見たあの混沌とした世界は、暗に人間の美しさを示していたのかもしれない。

 

 

私は、
いかに美しく生きられるだろうか。

 

Be The Change Project 2018感想(あやか)

 

立命館大学 経済学部 新道彩加

 私がこのプロジェクトに参加したきっかけは、大学でお世話になっている先生から紹介してもらったことでした。初めは、「インドに行ってみたい!」「世界の教育がどうなっているのか知りたい!」という自分の好奇心に動かされ、チベット問題に関して深く理解していない状態で参加が決定しました。しかし、国内での研修と現地での体験を通し、チベットの人たちが抱えている様々な思い、チベットの伝統を守り続けるための政府の対応を知り、日本の生活の中では決して分からない数多くの貴重な経験をすることができました。
またチベットに関すること以外でも、現地の学校訪問やスラムのツアー、デリー市内の観光など全てが有意義な経験となりました。

1 日本チベット学生会議を通して

このプロジェクトのメインであるワークショップを通し感じたことは、生まれた場所や社会的な背景が違っても共通する点は多いということです。サラ大学では「平和」とは何かについて考えました。私たちの班では、お互いが認め合う姿勢をまずは持つことが大切だということに対してみんなが共通認識を持っており、平和構築のために必要なことについては共感し合える点が多かったです。
ワークショップを通し驚いたことは、チベットの学生が普段から社会の変化に関心を持ち、幸せな暮らしをするために自分は何ができるのかについて具体的な意見を持っていたことです。私は日本人として「国」があることが当たり前だという感覚で生活していましたが、チベットの学生と交流することで、これまで当たり前だと思っていたことを考え直すよい機会になりました。
最後に、チベットの学生が思っていた以上に日本に関心を持ってくれていたことがとても嬉しかったです。よくスマホなどで日本のアニメを見ているらしく、班のみんなが積極的に日本に関する質問をしてくれました。ワークショップの時間以外での交流も楽しかったです。

2 現地の学校訪問での気づき

ダラムサラのチベット人の小学校とデリーのスラムスクールの訪問も忘れられない体験でした。ダラムサラでは質の高い教育が行われていたことに驚きました。例えば、小学生で既に4カ国語を学んでおり、英語に関しては子どもたちが私以上に流暢に話していました。また、生徒と先生の距離が近く、生徒のちょっとした疑問に先生が優しく丁寧に答えている姿が印象的でした。子どもたちに「勉強することは好き?」と私が聞くと、みんな元気よく「yes!」と返答してくれて、主体的に学ぶ姿勢があり、日本の教育でも参考にできる点が多かったように思います。


デリーのスラムスクールでは、子どもたちが出会った瞬間、明るい笑顔で話しかけてくれました。小さな教室では、子どもたちが歌を歌ってくれて、これまで私は「スラム」という言葉に対しマイナスなイメージを持っていましたが、その印象がこの訪問を通して変化しました。しかし、学ぶ環境に関してはやはり日本とは大きく異なる部分は多く、子どもたちの「学びたい」という意欲が、大人の都合や経済的な問題によって奪われてしまうことには疑問を持ちました。20歳のスラムスクールの先生との出会いもあり、同じ教師を目指すものとして、彼女のように子どもを心から大切にできる教師になりたいと思いました。

3 インドという国について感じたこと

インドに到着してからは、驚きの連続でした。まず大気汚染で街中がくもっていたり、常に車のクラクションが鳴り響いていました。みんな運転が荒く、車線はあってないようなものでした(笑) 海外に行くとこれまでは、「日本に帰りたくない」が口癖でしたが、今回は「日本に帰りたい」という気持ちが出てきてこれも新たな経験でした。しかし、ダラムサラでは、ヒマラヤ山脈などの自然に囲まれて、日本とは違った環境で過ごせました。想像以上にカオスな国でしたが、異文化体験という意味では最高の国でした。

4 多くの人との出会いから得たもの

このプロジェクトでは、インドの人々、チベット人学生、政府の方々、さらにはダライ・ラマ法王などと自分とは全く異なる生活環境で暮らしている人との出会いが多く、そのためその人たちの持つ様々な価値観に触れ、視野を広げることができたと思います。しかしそれだけではなく、一緒に参加したメンバーとレインボーチルドレンのスタッフの方々との出会いも私にとっては大切なものでした。
メンバーのみんなはそれぞれが自分の将来に夢を持ち、それに向かって今何ができるのか考えており、たくさんの刺激を受けました。今回の参加の動機は違っても、みんなと自分の持っている考えや意見を話合えたことは貴重な時間だったと思います。そして、世界をより良くするために活動を行っていらっしゃる、石川さんをはじめレインボーチルドレンの方々にも大変お世話になりました。今回のプロジェクトでの学びは、どこかで必ず還元していきたいです。そして、また何らかの形でレイチルに関わっていけたらと思います☺

 

Be The Change Project 2018感想(かず)

 

大阪市立大学 法学部1年 中山一仁

1.このスタツアのメインテーマである日本チベット学生会議について

日本チベット学生会議では、サラ大学で様々な学校から来るチベタン学生と、そしてデリー大学の学生たちとワークショップを行いました。日本学生はサラ大学チームとデリー大学チームに分かれて、別個にワークショップを企画しておりました。私は、デリー大学チーム所属でデリー大学にてワークショップを運営する予定だったのですが、ワークショップ当日に集団食中毒にかかり、当日はホテルでずっと寝込んでいました。サラ大学のワークショップは参加できたのですが、肝心の自分たちデリーチームのワークショップに参加できなかったので心残りです。
しかしながら、サラ大学でのワークショップは本当に自分にとって刺激的でした。『平和』についてお互いの平和観や、平和の理想像のようなものについてディスカッションしました。私が、やはりここでチベット人学生達から学んだものは、“Without hurtingothers, we should change our own mind.”ということ、つまり他者を責めたり、傷つけたりするのではなく、まずは自分の心、行動を変えなければならないということです。私たちは、何か自分にとって都合の悪いことが発生すれば、ともすると他人を責め、傷つけてしまいます。しかしそこでひとまず考えてみるべきなのです。自分に責任や過失は無かったのか。そのような思考プロセスを持てば、人間関係の摩擦をなくし、あるいは最小限に抑えられることもできるのではないでしょうか?このような考え方は、チベット仏教と親和性が高い様子で、一緒にディスカッションをしたチベット人学生たちも仏教観を持っていて、信仰が厚いように見受けられました。

2.リンポチェの説法

リンポチェ(Rinpoche)という言葉は傑出した仏道修行者に与えられる尊称であります。今回のスタディーツアーの活動の中で、タムトゥクリンポチェという方に説法をしていただきました。既述の仏教観もお話になられていました。『宗教』について彼は、「ダライ・ラマ 14 世も語るように、我々一人一人の人間には異なる宗教が役に立っていて、精神的な支柱となっている。それならば宗教は共存し、尊重しあうことが良い。その個人の興味・関心にあった宗教を選べるように『宗教』は存在する。」とお話になられていました。全くその通りだと私も思いました。世界には『宗教対立』というものが未だ存在します。信じる宗教、神が違えば思想規範であったり、行動規範であったりというものは差異が生じうるものなのですが、そこで私達は、異なる宗教に対面したとしても、否定ではなく肯定の姿勢で対話に臨むべきなのだと感じました。個人的にリンポチェが語られる仏教観に深く共感致しましたので、完璧に彼の発意に沿えていないかもしれませんが、もう少し彼のお説教について記述させて頂きたいと思います。「仏教は苦しみからの解放法を教えるものであり、どうすれば幸せになれるのかを教えるものである。そして、1…体(真)、2…言葉(空)、3…心(意)の三つの行において善い行いをすることが肝要である。自分の幸せをまず実現しようとするのではない。他の者の幸せを実現しようとすることで、自分の幸せが堆積していく。」。私はこの彼の言葉を聞き、これからの日常生活に活かそうと考えました。曲解してしまっているかもしれませんが、《自分の幸せ》の実現の為に《他の者》の幸せを実現しようと邁進することを心に留めて、これを己の価値基準の一つにしていきたいと考えています。

3.スラム街にいた生徒や子供たちと出会って

現地スラムで、子供たちのいる学校へ行き、沢山の元気な子供たちに出会いました。彼らは小さい教室に 30 人程度が一緒になって授業を受けていて、私たち日本人学生に会うとまず自己紹介をして下さいました。それもオリジナル(?)ダンス付きで自己紹介をして下さりました。とても可愛かったですね。また、私たちに非常に興味を示してくださり、私にも『好きな教科は何?』だとか、『あなたの好きな食べ物は?』等などたくさん質問をして下さりました。あまり子供たちとお話をする時間がなく、その場を出発してしまったのですが沢山聞きたいことがありました。『あなたの夢はなに?』、『この学校をどう思っている?』、『もっとこうあって欲しいなということはある?』等など、もっと彼ら彼女らの内面に耳を傾けたかったです。彼ら彼女らはとてもその場所で活き活きしているように思い、だからこそ何か私たちが介入することは少し違うかなとも思いました。確かに、教員の数や、教室の環境など改善すべきところはありました。しかし、彼らにとって今の環境が思い出の学び舎であり、“故郷”でもあると感じ、そこに第三者が介入して変容せしめることはしたくないなと思いました。重ねて述べることになりますが、彼ら彼女らが何を感じ、何を思っているのかをもっと知りたかったです。

4.まとめ

食中毒になったことも含め、インド(チベット)で見た景色、出会った人々は私にとって刺激的で今後の私の生き方に強く影響を与えるものであったと思います。
レインボーチルドレンの皆様、そして資金を提供してくださった皆様、そして一緒にインドに渡った日本人学生チームの皆様、貴重な経験をさせて下さり誠に感謝し申し上げます。

 

Be The Change Project 2018感想(すみと)

 

宮畑 澄人

 呼ばれていく国インドと言われていますが、僕も例に漏れず、気づけばインドの地に降り立っていました。インドについて、特にいいイメージを持っていたわけではありませんが、飛田さんに「インド行く?」と聞かれ、二つ返事で「行きますわ」の言葉が出て来ました。今思えば、いつも優柔不断な僕としては、不思議な瞬間でした。
そして、実際に行ってみれば、心の底から本当に行ってよかったと思えることばかりでした。その中でも特に印象的だった、サラ大学ワークショップとスラムをピックアップして書きます。

ーーサラ大学ワークショップ

今回、学生でもなければ、英語も話せない僕は傍観者として離れて見ていようと思っていましたが、これも何かの運命か、僕もある1チームに参加することになりました。そこには参加して見ないと分からないことが詰まっていました。
まず、僕のチベタンへの勘違い(悪い言い方をすると差別心)が浮き彫りになりました。チベタンはどうしても入ってくる世界の情報が制限されていてあまり知識がなく、議論の幅が狭いのではないかと思っていました。しかし、実際に話してみれば、バックグラウンドの知識量も非常に多く、それを表現する能力、独創的な発想力、それを表現する言語能力(人によっては、チベット語、英語、中国語、ヒンドゥー語を話せるというのにもビックリ)を併せ持っていて感心を通り越して、気づけば僕は肩身が狭くなっていました。(笑)


考えてみれば、ここにいる奨学生達は命からがら亡命して、家族とも離れ離れになって、その中で強く学びたいという気持ちを持って大学に通っているのだから、必死に情報も仕入れるだろうし、アウトプットする力も鍛えているだろうと納得できます。また、これが石川代表から聞いていた、チベットの教育のレベルの高さなのだと体感しました。
あとは、命の考え方の違いにも驚きました。チベタンは人生50年が基準であり、明日もあるとは限らないと考えているようです。明日や未来があるのが当たり前と思える日本人は恵まれているという考え方もできますが、裏を返せばだからこそ「今」に全力を尽くせない原因でもあるのだと感じました。

ーースラム

スラムは僕がインドで一番楽しみにしていて、実際に一番印象に残った場所でした。僕は、明確にスラムで何かをしたい・知りたいと思っていた訳ではなく、折花を子供達にあげて、喜んでもらいたいという漠然とした思いでした。スラムの方や子供達と会うまで、僕の中にスラムの人たちは「恵まれていない人」というイメージがありました。なので、少しでも笑顔になってくれればという思いでした。しかし、会ってみれば子供達の元気さと曇りのない瞳と笑顔に圧倒されてしまいました。僕が折花をあげると想像以上にみんな喜んでくれて、「ほしい!ほしい!」とそこら中から手が伸びてきました。集合写真を撮るときも、子供達は折花を掲げていてくれて本当に嬉しかったです。僕があげたはずなのに、言葉で言い表せられない何かをもらったような気分でした。


僕は、あの笑顔と喜びようを見た後、対極に日本人の顔を思い浮かべました。もっと物が豊かにあって、エキサイティングな遊び道具や遊び場を持っている国民なのにあんな顔をしているのかと。スラムの子供達は生と死の狭間で毎日暮らしているのに、キラキラした目をしていて、毎日安全に暮らせている日本の子供達は暗い顔をしている。その様子を目の当たりした瞬間、僕は何が幸せなのか分からなくなりました。これを書いている現在でもモヤモヤしています。インドで特大の人生のテーマをぶつけられた思いです。インドに行くまでにも、このようなテーマで考えたこともありましたが、現実に目にした後では、このテーマの重みは比べられないものになりました。インドという地で、今後ずっと意識すべき宿題を頂きました。

 

ーーまとめ

インドでは、毎日刺激的で、貴重な体験をさせていただきました。ダライ・ラマ法王とお会いして写真を撮れたり、チベット奨学生と交流できたり、チベット医学を知れたり、センゲ首相やリンポチェから直接お話を聞けたり、ノルブリンカでチベットの伝統工芸品やそれが伝承されていく様を見たり、デリーではスラムへ行ったりと、普通の旅行やバックパッカーでは体験できないことばかりでした。偏に、石川代表をはじめ、レインボーチルドレンの方々が積み重ねて来られたものなのだと感じました。このような貴重な体験をさせて頂き、心より感謝しております。本当にありがとうございました。
あと、インド人の国民性を表すような、ダラムサラのインド人タクシー運転手が連呼していた、「No problem. It’s India!」が印象的でした。日本で多少困ったことがあってもこの言葉を思い出そうと思います。「インドに行って価値観変わった!」とあまりベタなことは言いたくなかったのですが、今回の体験は間違いなく今後の人生に影響してくるだろうと思います。

 

Be The Change Project 2018感想(なかしー)

 

京都大学法学部4年 中嶋一揮

今回のBethechangeプロジェクトで学んだことを記したいと思います。
2週間インドで過ごしたこと、そこで得た様々な経験は本当に新鮮で、書きたいことがたくさんあるのですが、ここでは大きく2つに絞って述べたいと思います。

①チベット仏教の精神性について

恥ずかしながらこれまで仏教について深く学んだことが無く、今回のスタツアでリンポチェのteachingやダライ・ラマ法王と世界中の科学者によるMind&Lifeに参加させて頂き、初めてチベット仏教について考える機会がありました。チベット仏教はインドから直接伝わった仏教であるため、日本社会に行き届いている仏教的価値観とは大きく異なることが多く、自分にとって納得感のある教え、なかなか心の中で上手く咀嚼できない教えが混在しているという印象を受けました。
リンポチェが仰っていたのは「日本人は日々急ぎすぎており、内省の時間が無く、心の平穏が無い。物質的な喜びを求めすぎているため心が満たされることが少ない」という趣旨のものでした。本当にそうだと感じていて、私たち日本人は資本主義的価値観に知らず知らずのうちに内包され、真の喜びを得にくくなっています。
皆真の喜びを得て生きたいし、仏教の教えを信じると「心の平穏が得られる。苦しみから逃れられる」と言います。もし本当にそうなら、信じて生きたいものです。
しかしそのために、煩悩から解放されるための修行を行うということについて、確かにそうすべきだけど、そのステップに障壁が大きいと思いました。まず最初に思ったのが、仮に人間100年生きるとして、煩悩を滅するのに80年かかるとしたらその人生は幸せなのか?ということでした。しかし仏教の考えからするとこれは完全に間違いです。仏教の教えでは、人は「輪廻転生」するので、現世で煩悩を滅し善く生きれば、人は再び生まれ変わり、来世で自身の心に平穏が訪れます。これは非常に不思議な感覚です。日本人からすれば違和感があります。もし生まれ変わると信じていればお墓は作らないし葬式もするか分かりません。
一方、無下に輪廻転生を否定することもできません。論理的に正しいとも言えないし、論理的に否定することもできません。
ただ、輪廻転生の考えに立てば、幸せを長いスパンで捉えることになるので、先程私が持った疑問は解消されるので、現世で修行を続けることには納得感がありました。輪廻転生についてはもっと勉強したいし、仏教を知るヒントが隠されていると思いました。
以上、個人の人生に紐づけて仏教について考えてみましたが、もっと社会に、世界における仏教の必要性についても深掘らなければならないなと感じました。

②スラムで感じた「小さな経済圏で生きる」ことについて

デリーでスラム街を案内して頂きました。そこで学んでいる子供達からも感じたことが多かったのですが、スラムで成立していた一つの社会のようなものに大きく興味を持ちました。訪れたスラムの一つにはかなり多くの人が住んでいて(失念したのですがおそらく1万人以上)そこでは食品も日用品も売っており、散髪屋も電気屋もありました。豊かさこそ無いですが、そこには確かに一つの社会、経済圏が成立しており、住民達は生きていくことができています。(病気・公衆衛生・犯罪・公害など問題は山積みではありますが)
ここの人々は、先進国における物質的豊かさ・成長・成功などの資本主義に規定された価値観で生きている人よりも幸せと感じているかもしれない、とまで思いました。(先程の仏教的価値観とも繋がってますね)
だから日本人もそう生きるべきだとは思いませんが、今後少子高齢化で人口が減少し、高度成長期のように物質的豊かさだけを求めているだけで幸せになれる時代は終わっている中で、一人一人が幸せだと感じられる社会の設計が重要で、具体的には「東京に行く」とか「タワーマンションに住む」とかが幸せだというのでは無い社会の方が皆生きやすくなるだろうと考えるようになりました。
そのように個々の価値観が変容した社会であれば、その中で「小さな経済圏」が地方であれ都会であれ、コミュニティ内でいくつも設計され、今よりも幸せに生きる人々を増やせるのでは無いでしょうか。

以上感じたことについて記しました。この他にも、チベット人学生とのダラムサラでのワークショップでたくさんの気づきがあったことや、ダラムサラのタクシーで携帯を紛失し、なんと返ってきたこと、デリーで食中毒に感染し、半年間作ってきたワークショップの本番に参加できなかったこと波乱万丈ありましたが、自己内省を怠らず行うと共に、これも良い経験と捉え、人生に活かしていきたいです。

最後にこのような経験をさせて頂いた、石川さんを始めとしたレインボーチルドレンの皆さん、一緒にツアーで共に過ごした個性豊かみんなに感謝を述べたいと思います。
本当にありがとうございました。
今回のツアーはクラウドファンディングで支援して下さった方々やレイチルの皆さんのお陰で参加出来たのであって、これらの投資を将来的に参加者が何かしらの形で社会に還元しなければならないと考えています。
ここで得た学びを忘れず、次のステージに向かって頑張って行きます!

 

Be The Change Project 2018感想(かれん)

 

ストーニーブルック大学経営学部卒業 松本佳恋

4月から社会人になるにあたり、今しかできないことをしようと思い選んだのがBe the change projectの参加でした。渡航前から色々な噂を聞いていたインド。その中でも惹かれたのは「何が起こるか分からないのがインド」という言葉。アメリカの大学を5月に卒業してからバイトばかりの平凡な日々を送っていた私は刺激を求めてインドに行きました。

滞在した二つの街、ダラムサラとデリーはとても対照的な街でした。空気が綺麗で毎朝ヒマラヤ山脈をみて1日をスタートできるダラムサラ。道路は常に渋滞でクラクションが止まらないシティらしさが満載のデリー。
これまで神戸・大阪・ニューヨークと都会での生活が中心で都会を好んできた私ですが、デリーから夜行バスで12時間乗って着いたダラムサラは、インドだというのを忘れてしまうほど居心地がよかったです。

 

何が起こるか分からないインドでは実際、帰国前日にほぼ全員でお腹を壊すと言うハプニングがあり、「これがインドか〜」と最終日に実感しました。と共に、それ以外は特に大きなハプニングも個人的な大きな変化もなかったのが正直な印象です。4月からの日本での社会人生活に不安と疑問を持っていた私は、インドへ行くことで何らかの答えを見つけようとし、インドに勝手な期待をしすぎていた・インドに求めすぎていたのかもしれません。

 

ですが、たくさんの刺激と学びはありました。
一つは社会人になっても一生学び続けたい、もっと勉強したい!と感化されたことです。
私は勉強がしたくて海外大学を進学先に選びました。そして実際入学から卒業までの3年間、暇があれば勉強をする毎日を送っていました。ですが3年間勉強した内容にはチベット難民が登場することはありませんでした。レインボーチルドレンとの出会いがなければ、チベット難民について知ることもチベット人に出会うこともなかったと思います。そう考えると自分の持っている知識はまだまだ少なく、世界の現状をまだまだ自分は知らないのだと実感しました。自分が知らない世の中についてもっと知りたい。今まで興味を示してこなかった難民問題や発展途上国についてもっと勉強したい。もっといろんな国に行って自分の目でその国のリアルを知りたい。そう強く思うことができたのはわたしにとって大きな収穫だと思います。就職してからは今まで以上に視野を広くもち、忙しいのを理由にすることなく様々なイベントや勉強会への参加を積極的に行っていきたいと思います。

もう一つは就職して企業に所属しても「ただ毎日仕事に行って帰るだけの社会人」になるか、「誰かあるいは何かに変化をもたらすことのできる社会人」となるかは自分次第だということへの実感です。
アメリカの自由でユニークさが受けいれられる環境が居心地よく、日本帰国前から日本で働くことに関してネガティブなイメージを持っていた私。日本のルールだらけの就職活動に違和感を持っていた私。そんな私は日本の教育を変えたいと思いながらも(言いながらも)、最終的には卒業後の進路に日本のメーカー企業を就職先に選びました。たくさん考えて今の自分に一番良い道を選んだと内定を受諾した時は思っていましたが、時間が経つに連れて大学院への進学を決めた友人をうらやましく思ったり、他にもっといい選択肢があったのではと他の何かを探したりする自分がいました。そんな中でチベット奨学生とレインボーチルドレンを運営されている石川代表に出会うことができました。
ワークショップで出会ったチベット奨学生は皆、自国への愛と思い入れがすごかったです。「チベットのために」というフレーズを彼らから聞く度に自分の日本に対する思い入れとの差を感じました。毎日を大切に、そして前向きに生きている彼らはきっとチベット社会に変化をもたらすリーダーとなるのだろうなと思うと自分は日本のためにあるいは世界のために何ができるのかと考えました。
そして石川代表がチベットで大きな変化を与えているのをダラムサラでの教育省訪問で感じました。仕事と同時並行でNPOを立ち上げ、今では奨学生100名をサポートするまでになったレインボーチルドレン。石川代表を見て、就職先と関係ない分野であっても、企業外でも、自分にも社会を変えるためにできることがあるはずと思うことができました。
自分に何ができるのかまだまだ答えは見つかっていませんが、就職することを理由に何かを諦めたり、制限をつけたりする必要は全くないとこのタイミングで再確認でき本当によかったです。

Facebookでたまたま見つけて知ることになったレインボーチルドレンでしたが、あの時駄目元で石川代表にメールをした半年前の自分を全力で褒めたいと思います。それだけ自分にとって価値のある12日間でした。4月からは新しい場所でレインボーチルドレンと今回のBe the change projectで出会った人たちとのご縁を大切に自分らしく頑張っていきたいと思います。