彼にありがとうって、もう一度言いたい。


 

東京支部長 三村優子

【holi編】

昨年秋のスタディツアーの記憶も新しいまま、2度目の渡印となった春のスタディツアー。
はじめてのインドが、わたしにとってIncredibleなことの連続だったのに対して、
2度目のインドは、その喧騒さえ裏腹に、なんだか「また帰ってきた」ような穏やかな気分になった。

ツアーの初日を除いてはー。

ツアーの最初のビッグイベントはHoli。
誰彼ともなく色粉や色水を掛け合い、『Happy Holi!!』と抱き合うこの春のお祭り、、、と聞くと、
なんだかほのぼのと楽しいイベントのように思える。

が、わたしは事前にツーリストや女性にとってはいかに危険な側面を持っているかを友人から重々聞かされていたので、今回ツアーのメンバーでの女性代表としては、口を挟まずにはいられなかった。

そうして念には念を入れて、組んだはずのマトゥラーでのスケジュール。
も、こうしてここインドでは脆くも『予想外』の出来事というのは次から次へと起こるわけで。

詳しくは割愛するが、
大量の何か良からぬ匂いのする色粉と、色水をほぼ無抵抗で全身に浴び、
目も開かない、息もできない、
魂を抜かれたような半ば茫然自失の状態で、帰還したあとも、その夜は悪夢にうなされるというオマケつき。

そんな危険なことわざわざ経験する必要なかったのでは?という声が聞こえそうだ。
確かに、それを知って自ら志願したわけではない。
むしろそうなることを想定して避けるためのスケジュールを組んでいた、にも関わらずだ。

あとから、思ったこと。
必要ない体験はやっぱりしないのだよ、ということ。

このHoli、元々は春の収穫を祝うためのお祭りなのだが、家に入ってくる悪魔祓いの意味もあるのだという。
『わたし』という入れ物のなかに、わたし自身が無意識に『良くないこと』として閉じ込めているなにか、それらをこの伝統的なビッグフェスティバルを通して、根こそぎ引き摺り出されたようなそんな経験だった。

そんなHoliは、もちろん初めての経験だったのだけど、わたしが初めてインドを訪れる半年ほど前に、すでに夢でHoliに参加している夢を見ていたのだ。
ただしそれは、もっとほのぼのとしていて、子供のわたしが、夢のなかでのお友達と一緒に、色水の入った水風船をぶつけ合ってはしゃいでいる、というものだ。
実際には、水すら入っていない空っぽのバケツをぶつけてくる子供までいて、痛い目にあったわけだが、
そんな中でも忘れられない一期一会があった。

サングラスを忘れたわたしは、寺院に向かうストリートのものの数10m歩いた時点ですでに目の中に粉を入れられて目が開けられず悶絶していた。
追い討ちをかけるかのように次々と知らない誰かが突然わたしの顔に力一杯粉を擦り付けていく、、見えないので怖い。
そのとき、すっとわたしの左肩を誰かが抱いた。このときもはや無抵抗。誰かなんて考える余地はない。
霞む目でなんとかツアーメンバーの姿についていく。
誰かが近寄って来ようとすると、左肩の手がグッとかばうように強くなり、聞き慣れない少年の声で『やめておけ。目が見えなくなっているんだ!』そんな感じのことを言っている声が聞こえた。
『目が痛い』とその声に咄嗟に伝えると、『水で洗うかい?』と返ってきた。
信用できないから、『いらない』と返す。
その手が引き離されたのは、ガイドのサージャンがリキシャに乗り込むのを指示したときだった。
リキシャが動き出す瞬間、『マダム!マダム!』とさっきの声が聞こえ、やっと視力を取り戻してきた目で声の主を見る。
綺麗な目をした10代後半くらいの少年だった。
『マダム!ドンミスユアモバイル!』
指差す方を見ると、リキシャの座席にわたしのカバンからスマホが落ちていた。
『テンキュー』一言だけ無表情で返すと、彼は笑顔で手を振っていた。

その後、寺院に続く道でもみくちゃにされ、再三に渡る色粉色水の洗礼を受け、
結局寺院にも入れず少し高くなった道端のコンクリートに避難して身を潜めて私たちは座っていた。
わたしは日本でも満員電車など人の混み合う場所で過呼吸を起こしやすいので、
過呼吸が出ないように必死で息を殺していた。
すると、スッとわたしの左隣に誰かが座った。ふと見るとさっきの少年。
まさかの再会。
『ユアモバイル イズ セーフ?』
『・・・イェス。テンキュー。』
黙ったまんま、彼は座ってわたしを見ている。
『・・・フェアラユー フロム?』
『ジャパン セ』
『ジャパン・・・オーケー』
それ以上は何も語らない。
ただ隣で座っているだけ。
混沌の中で、その時だけ周囲の音が遠ざかり、静かで穏やかな空気が流れていた。
とても不思議な感覚だった。

すぐにガイドのサージャンの指示でまたわたしたちは動きだす。
『テイクケア』
『テンキューバイ』

誰も信用なんかできないと思っていたときに出会った、ほんとのほんとに一期一会。
彼の名前すら聞けなかったけど、
今でもハッキリと瞳を覚えている。
こんな時だからこその、忘れられない出逢い。
彼にありがとうって、もう一度言いたい。

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